御本拝読「銀齢探偵社~静おばあちゃんと要介護探偵2~」中山七里

粋な銀齢コンビ

 来月、本書の文庫本が発売ときいて嬉しかったので。中山七里さんの「静おばあちゃんと要介護探偵」のパート2。中山さんの他のご著書にもれなく、こちらの主人公二人も、違うシリーズの登場人物です。作品発表順に読まれている方だと、この二人の結末というか行く末をご存じでしょうから、切ないというか感慨深いというか。
 パート1の舞台は主人公の一人・香月玄太郎の居住地である名古屋が舞台。事件の内容や話の流れも、どちらかというと玄太郎の比重が大きい感じでした。各話の最後にスカッとするというか、この暴走車椅子おじいちゃんの行動力に圧倒される一冊。
 本書は、舞台がもう一人の主人公・高遠寺静の居住地である東京。しかも、静の元同僚や家族が事件に巻き込まれます。本当の犯人や種明かしは、本当に最後の数ページであれよあれよと発覚していくのですが、その展開の速さや意外さたるや。この一冊は、読み応えガッツリでした。
 静は、日本で二十番目の女性判事。引退して尚、各地から講演や後進育成の要請が止まない、能力も人格も「かたい」人物。法や、人が人を裁くということが本書のキーである以上、どうしても全体の話のトーンは重くなります。
 一方の玄太郎は、たたき上げの名古屋の政財界の重鎮。いわゆる、地元の名士です。それも、建築および土建関係の商売で一代で財と地位を築いたエネルギーの塊みたいな怪物。常識や正義からは程遠い発想と手段で、事件を強引に自分で解決していきます。
 その無茶苦茶なエネルギーが、本作では本当に良いスパイスになります。本人がもともと脳梗塞による下半身不随、今回は大腸がんの手術まで経ているのに、その明るさと爆発力がまったく変わらず、それに静が心ならず救われている気がしました。
 銀齢、の題の通り、二人の主人公はともに立派な高齢者。静は八十歳、玄太郎は七十歳。世間一般では、もう現役を退き穏やかな隠遁生活でもおかしくない年齢です。しかし、二人は次々に事件に巻き込まれ(あるいは自分から首を突っ込み)、体力と知力をフルに発揮しています
 本作シリーズ、私が大好きな理由は、「二人がこの年齢だから」ということがあります。これが、働き盛りの三十・四十代とかならここまで煌めいていなかったかも。二人が、第二次世界大戦も子育ても経験した人生の大ベテランで、自らの職に誇りを持ちまっとうした人だから、こんなに面白いのだと思います。
 静は東京生まれの東京育ちの女性、玄太郎は生粋の名古屋っ子。ではありますが、二人とも気風が良く、粋なのです。江戸っ子の粋。それは、語り口や行動含め、二人の人柄や生き方が粋だからでしょう。

正義の反対は?

 本書では、一冊を通して「正しさとは何か」「裁くとは何か」というテーマがあります。正しいことは、本当に良いことなのか。裁かれる人間、裁く人間の思いとは。殺したり殺されたりする人すべてに「それぞれの正しさ」「それぞれの裁き」があります
 これを、論文やもっとシリアスな長編クライムサスペンスで描くと、とても長く重いものになるでしょう。そして、結末や結論に、必ずしも光や救いがあるとも思えません。正しさも裁きも、本来はそれほどに深く重たい澱のような複雑さを持っているから。本書では、もちろん決して軽くは扱っていないのですが(連続殺人事件)、読んだ人間にふわりと考えさせるという塩梅で終わらせてくれます。
 静と玄太郎は考えもやり方も非常に対称的ですが、その根本が似ています。特に玄太郎の方はそれを独自の嗅覚で分かっているから、安心して静を頼っているようにも見えます。むしろ、自分にはできない「正しさ」を、静に代弁・代行させている感すらあります。
 二人の正義は、決して相反するものではありません。ただ、そこに行きつくルートや、それを実行するツールが全く違うだけ。
 静の遵法精神、玄太郎の商才。二人のこの突出したものから生まれるコンビネーションで事件が解決されていく中で、法とも商とも関わりのない「人の心」が浮き彫りになっていくのです。
 

容赦のない展開

 さて、中山七里ワールドというか、本作も容赦なく主人公の関係者は亡くなります。いくら善良な人であろうが、主人公たちと親しかろうが、容赦なく殺されたり死を選んだりします。その冷酷な展開は、主人公自身も例外ではありません。
 そこが、中山七里ワールドの面白さかなと思います。肉体的というよりも精神的なダメージを負って尚、主人公たちが前に進み続ける困難さ。他の各シリーズの主人公や主要人物たちも大分クセの強い人たちですが、その内面に抱えた過去や傷はとても大きく深いものです。
 本シリーズは、他のシリーズに比べればかなりライト。玄太郎の破天荒さも、長年判事であった静にしてみれば煩わしいかもしれませんが、好々爺と言えなくもない。静も、もちろん苦悩や懊悩はあるのですが、そこは年の功。精神を病むほど沈んで泣き暮れはしません。
 各話のタイトルが、クリスティー作品の題なのもくすりとするし、ちゃんと本編を読み終えてからもう一度タイトルを読むとまた味わい深い。隅々まで、ミステリーへの敬意を感じる一冊です。


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