御本拝読「丕緒の鳥(十二国記シリーズ)」小野不由美

大人の成長物語

 夏休み、長編やシリーズものを一気に読むのが毎年恒例の自分内行事です。小学校の頃は怪談シリーズ、中学校の頃はドイルや司馬遼太郎。うん、年相応にかわいいでしょ。高校になると夏は夏期講習の思い出しかないな。
 大学生以降、よく読むのが「十二国記シリーズ」エピソード0にあたる「魔性の子」は中学生の時に読んでたんですが、その時はとにかく起こる事件の描写が怖くて、ファンタジーというよりもホラーだと感じてしまってしばらく封印。大学生の時に、あらためてエピソード1の「月の影 影の海」を読んで猛烈にハマってしまい、その当時(2005年ぐらい)に発売されてた分をこつこつ買い集めた次第です。
 で、やっと追いついて、リアルタイムに発売されたのが、「丕緒の鳥」。その時は私自身は療養まっただ中で、本書には随分励まされたのです。友達とかサッカーとか音楽とか、私を支えたり生へと引っ張り戻してくれたものはたくさんあるけど、「丕緒の鳥」も大きな一つ
 十二国記の主要キャラクターがメインの巻ではありません。短編集で、十二国記の世界観さえ合えばこれだけでも読める一冊。もう一つの短編集「華胥の幽夢」は、主要キャラクターや王と麒麟の関係性などがメインですが、その対になるような、こちらは所謂「モブ」になる名もない人たちの話。職人、官吏、裁判官、技術職など、こつこつ働く一般人(ともまたちょっと違うのだけれど、王や麒麟や宮の内の人たちとは違うという意味で)の奮闘や成長が描かれます。
 十二国記はもともと少女小説レーベルから出ていたし、今も「所詮はライトノベルでしょ」と言う人に会ったりもします。確かに、「月の影 影の海」や「図南の翼」だけ読むとそう言われるかもしれない(あくまで少女が主人公のファンタジーという意味で)。だけど、特にこの「丕緒の鳥」は、完全に社会派の小説群だしおじさんたちのお仕事小説とも言えるし、どちらかというと社会に出て色々揉まれて日々懸命に働いてきた大人にこそ響く気がします。
 大人になったって、仕事をしていたって、やっぱり生きている限り悩んだり立ち止まったりしている。それでも、体の成長には限りがあるけど、精神はどこまでも成長する。大人になるとそれも自分で乗り越えなくちゃならなくて、乗り越えた先が必ず正解や幸福というわけでもなくて、というなかなかビターな読後感の一冊です。
 

救いのある二編

 終わった後にすっきりするのは、「丕緒の鳥」「青条の蘭」。ものすごい難題や降り注ぐ困難に打ち勝った、「ふつうの人」(この場合、特殊能力や「主人公チート」がない一般の人たち)が、最後には何らかの救いや希望が見えるお話。努力したら叶うよ!みたいな結論でもなく、大人特有の「何を諦めるか」「何を優先するか」という非常に頭の痛い選択を何度も迫られる、そこからのカタルシスが心地よい。
 特に「丕緒の鳥」が、実はこの後の十二国記の本編にも書き方として大きく影響しているのではないかと思います。シリーズ中の主人公の一人である陽子が最後に登場するのですが、この話の構成自体が十二国記の世界観の象徴のような気がします。小野不由美先生が十二国記の、特に最後の「白銀の墟 玄の月」で多くの市井の人や王や麒麟とは関わりのない人たちを描いておられるのも、ここからつながっていくのではないかと。
 麒麟に選ばれた王が、最高権力者となって国を整えて運営する。しかし、その国で生きる人たち、市井の人たちがいなければ国は成立しない。だから、「国のはなし」は、「人のはなし」でもある。勤勉に悩みもがき生きている「ふつうの人」がメインで、王や麒麟は時に姿を見せる存在。
 私は、この「ふつうの人」が頑張って、何らかの形で報われてくれる本書が好きだし、歳を経るたびにその大切さが身に染みています
 

考えさせる二編

 「風信」は、悲惨な運命の少女が奮闘する話でもありますが、実は色んな見方ができるお話。少女の立場に立てば、安全圏で自分の仕事に没頭する人たちに怒ったりもどかしさを感じるのは当たり前だし、かといって無暗に体制や暴力に抗って成果が得られる可能性はとても低い。
 この話に出てくる人たちは、誰かしら自分と似た人を見つけると思います。責任や葛藤も含め、誰が正解で誰が間違っていてというわけではない。そこに時代や政治の流れという大きなうねりが加われば、とりあえず、その中での最善を目指していくしかない。十二国記本編とは、ある意味、真逆の論理で話が進むし結末に向かっていく。本編は、革命や改革や反逆がメインになってるので。
 個人的に一番思い入れがあるのは、「落照の獄」。何を隠そう、私、法学部法学科卒業なもので。このお話は、他の短編を含めても一番救いがないというか、結末が色んな人の絶望を含んでいて深い。もちろん、救われる人も大勢いるんですが。
 読むたびに、「じゃあどうしたらよかったのか」を考えさせられる話。そして、そうやって考え続けることがとても大事なんだと思わされる話。
 作中、登場人物たちは、みんな悩んでいるし考えています。それぞれの立場、主義のもとに。その様子も、事件自体や結末も、読むのは苦しいほど。
 私がこの話が好きなのは、「正義感は正義ではない」ということが貫かれていること。法律を扱うって、理不尽や不合理はたくさんあるんです。でも、正義感という感情では人は正しく裁けないし、それでは法がある意味がない。その辺の難しい葛藤を、よくこの短編にまとめられてるなあと、読み返す度に感服します。
 十二国記、シリーズのラストになる短編集のリリーズのお知らせから早三年。いつまでも、お待ちしております

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