御本拝読「真鍋博 本の本」五味俊晶

静かな装画の神

 ミステリーやSFが好きな、昭和生まれか図書館育ちなら、絶対に見ている絵の数々。この本を休み時間に自分のデスクで開いていたら(本書は二か所、観音開きでパノラマになるページがあります。壮観。)、色んな人が「あ!その絵知ってる!」と覗いて行かれました。
 星新一さんや筒井康隆さんの本の表紙は有名ですが、「ミステリ・マガジン」はじめ、様々な雑誌の表紙も「これも真鍋さんだったのか!」と思うものばかり。本書、相当分厚いのですが、それでも、本当に各所にものすごい数散らばりまくっている真鍋さんのイラストレーションのほんの一部を厳選してピックアップされています。
 装画や挿絵のお仕事は、数が多ければいいというわけでも、ジャンルが幅広ければいいというわけでもありません。また、個性が強すぎて本の内容を邪魔するようでも本末転倒見た人の印象に残るインパクトと本の内容を端的に伝えて且つ引き立るテクニックが両立するからこその、素晴らしい仕事。
 私の中では、真鍋さんは神様のようなイラストレーターです。ご自身で書かれた著書もありますが、絵そのものが何よりも真鍋さんの言いたいことが詰まっていると思います。私はアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインも学生時代から大好きなのですが、彼らと似たスピリッツを感じます。
 そして、本書では真鍋さんとお仕事をされた編集者や装丁室の方々のインタビューや寄稿があります。その中で浮き上がってくる真鍋さんのお人柄は、大変几帳面で穏やか、物静か破天荒なアーティストのイメージは一切なく、期日や作家側・出版社側からの要望もきっちり守る仕事人
 今回、この本の編著者は島根県立美術館の学芸員の方ですが、これほど多種多様な数々の出版社の資料や人が全面協力してくれている本は他にないのでは。それができるのも、編著者の方の人望や本のコンセプトはもちろん、真鍋さんの仕事が絶対的な信頼を築いていたからだと思うのです。
 本当に仕事ができる人は、わざわざ人脈や信頼度をアピールしない。粛々と仕事を完璧に仕上げるだけで、ちゃんと周りの人間がついてくる。静かな職人である真鍋さんが、ますます神仏のような存在として映ります。

漫画との違いは

 そもそも、「絵が描ける」と、「漫画を描く」と、「イラストレーションを描く」は、似て非なるものだと思うのです。私も絵を描きますが、完全に後者。
 漫画は、コマ割りやセリフはじめ、自分の言いたいことや表現したいことを相手に伝えるために自分でゼロから足場を組んで構築するもの。その時に求められる力は、読みやすさであったり、話の展開や目を引くコマの作り方。美しい一枚絵を描けるずば抜けた画力よりも、そういうテクニックや経験の方が重視される気がします。加えて、他の人が思いつかないようなオリジナリティや発想力
 イラストレーションは、装丁や挿絵に使われるものであれば、まずその本や文章に寄り添うことから始まります。既に完成されているものを自分で解釈し、ネタバレやミスリードを起こさないような一枚絵を描くこと。自分の好みや手癖を排除し、本の中身を上手に美しくラッピングすること。それに求められるのは、理解力、読解力、自分の考察を踏まえて白紙の上に再構成する理系的な表現力
 絵を描ける人がどっちもできるかというと、そうではないと思っています。もちろん、どちらも素晴らしい人もいるけれど。漫画が得意な人が絵を任された本の装丁や挿絵って、どこかその人の他の作品の方を想像してしまったりして。どっちが良い悪いではなくて、向き不向き・好みの問題ですが。
 真鍋さんは、徹頭徹尾、イラストレーター。本書の膨大な作品群も、確かに同じ出版社の同じ作家さんのシリーズだと一定の統一性はあるものの、こうやって一堂に会した時にそのバラエティの多さに圧倒されます
 それは、本人の好みや手癖ではなくて、一冊一冊に真鍋さんが真摯に向き合って作り上げた「一点モノ」だから。と、同時に、オークションで売り買いされるような芸術作品ではなく、印刷して頒布されることを目的にした「販促物」として作られたものだから。
 漫画とも、芸術作品とも違う。装丁や挿絵というイラストレーションの道を拓き、地固めをしてくれた真鍋さん。敢えて本人の文章や詳しい来歴を省き、淡々と膨大な作品だけを集めた本書の作りがまさに、その人物を表しているようです。

線と色と白の妙

 さて、個人的な、イラストそのものについての感想。
 まず、数学の二次方程式のグラフや微分積分の軌跡にも似た、どこまでも感情を排除した線。シンプルで均一な線は、SFやミステリーと相性が良かったのも頷けます。その正しく整った線には過度な温度や圧がなく、静かな夜をも彷彿とさせます。
 印刷段階でかなり色についての指定が詳細だったという真鍋さん。その繊細な色彩感覚は、今も昔も群を抜いて特筆すべき鋭さ。ビビットな色の合わせ方も、パステルな淡い画面作りも、絶妙なバランスで成り立っています。
確かにこれは、数%の加減の違いで大きく変わるだろうなあ、と。
 そして、白の配分がめちゃくちゃ効いている!背景が白一面ということでなくても、画面中の数%の白が、絵そのものを引き締めている。たくさんの色、重なる線の中で、白という領域が、視線の止まり木になっているような。
 本書、大半はイラストです。淡々と、出版社と年月日と書名が書かれ続ける。なのに、一生かかっても読み終えられない気がするのです。どのイラストも、ことごとく計算されて、内容を咀嚼し、真鍋さんの手で練り上げられた作品。一枚一枚に込められた技術と考察が多すぎて。それを一冊で満喫できる、贅沢な一冊です。

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