御本拝読「喫茶とまり木で待ち合わせ」沖田円

ティーンと喫茶

 沖田円さんといえば、ティーンの小説。図書館勤めの反射神経か。ティーンの小説をきれいにまとめられる人は、本当にすごいと思います。性愛や大人のどろどろ抜きで、青少年のきらめきや葛藤を何作も描くのは、ひょっとしたら小説の中でも一番難しいのかもしれない。
 そして、喫茶店(カフェ)が舞台の小説も昨今ありすぎるぐらいにある。推理したり癒されたり、なんか、週に一冊はそういう小説が納品されてきてる気がするほど。そんな中で、たまたま手に取って良かった一冊。
 仕事柄兼趣味として、ティーン小説も喫茶小説も積極的に読む私。中には「それはちょっと無理が……」「これはあれのパク……オマージュが過ぎるのでは」というものも少なくない中、本書は一味違っています。
 いろんな事情を抱えた人たちが、ある喫茶店に立ち寄り過ごしていくオムニバス。一応、人物や舞台がリンクしたりはしているけれど、基本的にはそれぞれが独立したお話。ミステリーでも、苦痛や悲しみを癒されるわけでもなく、しいて言えば「気づき」のお話。

働くこと=生活

 さて、本書は一応「一般小説」のくくりになっていました。多分、各話の主人公たちが一人を除いて社会人で、その未成年の彼もちょっとした仕事を持つ「仕事と生き方」が裏テーマ(ってほどじゃないかも)だから、ティーンにはちょっと向かないということかと。
 けど、個人的には、本書は高校生・大学生くらいにも読んでほしい。沖田さんの筆致で丁寧に、かつ柔らかく、「働くこと」の矛盾や葛藤が描かれる本書は、プレ社会人のハイティーンの子たちにも読みやすいと感じたので。
 さて、社会人生活それなりに長い私にもじんわり染み入り、時に深く頷いた本書。何が一味違うって、典型的な主人公気質の人間が出てきません。母性を持てない(と本人は思い込んでいる)故に、離婚して娘と別居するキャリアウーマン。自分の趣味に自信が持てずに嘘を重ねる男子学生。目立たないよう、いわゆる「モブ」として生きる若い女性。仕事を衝動的に辞めてしまった青年。小学生の時、ある女の子に上手に接することができなかった男性……。
 そして、彼ら彼女らの物語に登場する重要人物たちの方が、他の物語なら主人公であろうという対比。主人公たちは、「働くこと」を触媒にして相手に関わったり考えたりすることで、自分で気づいていなかった気持ちや事実を静かに受け入れていきます。
 働かないと、生きていけない。そんな単純なことに付随する、大小様々で複雑な問題を、人は抱えることになります。特に自分が女性だからか、働く上での女性が直面しがちな問題の描写は、あまりもリアルで残酷です。そして、実は各人が抱える問題は、本書の本文中ではすっきり解決していないのです。
 それでも、生活は続きます。どんなに嫌でも明日が来る。その日々の中で、仕事ではない場所(あるいは、仕事がきっかけで出会った人や場所)で「自分の見方や考え方を少し変える」ことが、彼女たちを前に進ませる力になります。本書は、喫茶店が、そのための一つの装置として機能しているのです。

喫茶店の大人に

 さて、図書館に勤めている私ですが、実は公共図書館においてティーンの利用はどの年齢層よりも少ないと言わざるを得ません。多分、本当に受験勉強やスポーツで忙しくて図書館に来る時間も本を読む時間もないのだと思います。自分自身もそうだったから。
 あと、令和の今においては、ほとんどみんなスマホなりタブレットなり携帯ゲーム機なり、持ってますから。SNSやネットサーフィン、ゲームの方が刺激が強いし楽しいというのは分かる(と言いつつ私はゲームやらないしSNSでも人と全くやりとりしない主義なので、あくまで想像でものを書いてます)
 なにより、大人(ここでは特に親や通学途中に会うような社会人たち)が本を読む姿が少なくなっているのに、ティーンやこどもにいくら「本を読め」っていっても無駄だろうと、私は思います。大人が漫画やゲームを公共の場所で楽しんでるんだから、そりゃ子供もそうなるよ。良い悪いじゃなくて。
 しかも、毎年課題図書やティーン向きとして紹介されるのは、割と「訓示・教訓」本というか……「こうすべき」「こうしたら失敗しない」みたいな、ハウツー本みたいな気がするんです。小説にしても、なんかもう結末や話の筋が決まってて、登場人物や舞台だけが違うのばっかりになっちゃう。
 本書はまだ刊行されて一年余り。一見、学生や学校生活がメインの話じゃなくても、こういう本を読んで何かを学ぶ子は多いと思います。直接的ではなくても、多様性や個性を尊重する話が多いですし。
 喫茶店で、とりあえず一話だけ集中して読んでみる。スマホも触らず、友達ともつるまず、一人で。
 今書いてて気づきましたが、私が小さいころに憧れた「大人」って、こうだったかもしれません。一人でフラッと喫茶店に入って、静かにしばらく本を読んで。喫茶店特有の濃いしっかりしたコーヒーを合間に飲んで。煙草もたいていの喫茶店ですぱすぱ吸えてて。それが、とても落ち着いた、自分の世界をもった大人に見えていてカッコよかった。
 どういう大人になろうと個人の自由ですが、自分の家や部屋以外の外の場所で、自分だけの時間を静かに過ごせる人は間違いなく成熟しています。実はティーンの時に養うべきは、「どういう大人になりたいか」「どういう大人がかっこいいか」を考える力かもしれません。
 本書の登場人物たちは、みんな不器用で必死で、もがいています。スマートになんでもこなせわけでも、圧倒的なヒーローでもなく、みんな普通の人たち。きらきらした青春や壮大な冒険もよいですが、こういう小説こそティーンにも読んでもらいたいです。 
 
 
 

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