御本拝読「るきさん」高野文子

普遍でカラフル


 高野文子さんの漫画「るきさん」、実は学生時代に読んだ時はピンとこなくて、三十代後半になって沁みてきた作品。作品が描かれたのは、1988年~1992年、バブル崩壊、平成に改元の頃。同じ頃(か、バブル崩壊直前)にわたせせいぞうさんの「ハートカクテル」が描かれていますが、こちらも今手元にあるので並べてみたら、この二つは真逆の作品だなあと思う。どっちも好きだということは大前提で。
 「ハートカクテル」の世界や人物は、まさにバブル期・昭和後期にしかない空気の中にある。だから、ノスタルジーや「エモさ」(使い方あってる?)を感じる。あの時代の、あの瞬間だからこそ生まれた作品で、あれをそのまま令和の現代では再現できない。憧れや理想の詰まった特殊な一瞬だ。
 一方、「るきさん」は、昭和でも平成でも令和でも成立し得る。いつの時代にもるきさんやえつこさんがいそうだ。もちろん、単語や背景にはそこはかとなくバブル期・バブル崩壊期の香りはする。習慣も、今ではなくなったものもある。が、推定三十代で未婚のワーキングウーマンであるるきさん(在宅)とえつこさん(OL)の緩い毎日と友情は、どの時代でも静かに存在できそうなのだ。
 「ハートカクテル」が、主に男女の恋愛やデートをテーマにした「ハレの」漫画であるのに対し、「るきさん」は徹底して独身女性の日常の一コマを見開きで淡々と描くだけである。実は両者には共通点があって、画面が「カラフル」なのだ。内容は真逆でも、その色彩感覚や着彩のセンスのすばらしさが非常に似たところにある。似ている、ではなく、両者ともすばらしいのだ。

ある意味SF的


 るきさんの日常は、ちょっと不思議。友人であるえつこさんが、(おそらく)都内のビル内で働くベテランのOLで、バーゲンセールや流行が好きで、ごくごく普通なのでその不思議さが際立つ。この不思議さは、SF的ですらある。
 最近流行りの「生きづらさ」ではなく、るきさんは自らの心のままに選んで、そうやって楽しく生きている。軽やかで、楽しそうで、時々ちょっと困って、独特だ。働き方も動き方も、宇宙人のそれに近い。
 そんなるきさんを、やわらかく地球に結び付けているのが、えつこさんだ。気が好くてお茶目なえつこさんは、時に突拍子もないるきさんに呆れたり驚いたり巻き込まれたりしながらも、時に嗜めたり時に考えさせられたり、楽しそうなのだ。その証拠に、二人はしょっちゅうお互いの家に上がり込んでいるし、よく一緒に遊びに出かけている。
 図書館や商店街や駅や職場、るきさんの出かける所は間違いなく現実の社会。迷惑をかけているわけでもなく、いじめられているわけでもない。ただ、どうしてか、るきさんはふわっと浮いている。静かに馴染んでいるし、本人も飄々としている。なのに、るきさんにとって「必要なこと」以上の温度を持たない
 えつこさんが出ていない時のるきさんは(出ている時であっても)、地球に観察にきた宇宙人の行動のようだ。マイペース、マイルール、マイウェイである。

ゆるい友情の形


 るきさんとえつこさんは、不思議な関係である。友人なのは間違いないのだろうが、おそらく幼馴染のような深い仲ではなく、仕事先で知り合ったようでもない。じっとりとした粘着質な雰囲気もなく、独身同士の身を慰め合っている感じもない。多分基本的にはお互い好きなようにしていて、気が向いたら一緒にいる
 女性の友情が長続きするコツは、相性、ただ一つだと思っている。もちろん、相手への礼儀や思いやりは必須として、どんなに心を砕いても上手にかみ合わないことはある。結婚や出産、キャリアの違いで、物理的・心理的距離が遠くなることは避けられないと言っていい。それらを超えて、一緒にいられる若しくは長く繋がっているには、まず個々が持つ好みや信条がはっきりとあって、その相性が良いか否かだけがカギである。
 個々の個性が似ている、ということは相性の良さとは関係がない。それは本当に奇跡のようなもので、まったく違う凸凹がうまくハマるような相性の良さがある。るきさんとえつこさんは、それである。
 互いに(おそらく)実家を離れて上京して一人暮らしの働く30代の独身女性。よく考えれば、二人の共通点はこれだけだ。生活スタイルも、勤めている先も、世間や社会へのアンテナの反応も違う。一つの物事に対する見方も感情も違うし、時に真逆と言ってもいい
 それでも、二人は仲が良い。さっぱりと好きを結んでいる。まさに、相性なのだと思う。
 お互いにお互いのことを「変だなー」「不思議だなー」と思いつつ、ゆるりと尊重し、助け合い、分け合い、笑っている。相手を捻じ曲げることも、自分を無理に合わせることもしない。この一冊の中に流れるゆったりとした安心感は、二人の相性の良さからもたらされた最高のファンタジーかもしれない。
 ラストシーンにも、それは描かれている。去っていくるきさんと、嘆くでも怒るでもなくさらりと受け止めるえつこさん。るきさんは何にも執着していないように見えて、ちゃんとえつこさんと繋がっている。ストーリー漫画ではないものの、これほどさっぱりと後味さわやかに終わる漫画は、稀有だ。そして、この二人のゆるい友情は、おそらくこの後もゆるく続いていくのだろう。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?