御本拝読「環と周」「きのう何食べた?22巻」よしながふみ

この気持ちを何と

 同日に発売となった、よしながふみ先生の漫画2冊。もうもう、感想を全部描こうと思ったらきっとnote記事30本分くらいになってしまうから、どうしても言語化したいところだけをピックアップしていきます。

 ※以下、がんがんネタバレします。

 「環(たまき)と周(あまね)」は、あるテーマを軸にした読みきり短編集。よしなが先生のこの形の一冊は十年以上ぶり(「大奥」「何食べ」もかなり長い間コンスタントに休まず……)だそうで、描いたご本人は勿論、出版社の方々の並々ならぬ意欲が伝わってきます。非常にやわらかい印象の表紙にもかかわらず。
 「きのう何食べた?22巻」は、テレビドラマのシーズン2放映記念で特装版にはドラマ現場レポやインタビューの載った小冊子が付きます。「何食べ」は私が大学生の時からずっと読み続けていて、レシピ本として台所に持っていくこともあって既に1~6巻はシミやヤケで割とくったり。いずれの巻も大好きですし、ほろりとする話はたくさんありますが、今回はぼとぼと泣くほどの話があったので。
 同人誌時代やR18の作品は未読ですし私自身がBLに造詣が深いわけではありません。けど、性表現・BL要素のない作品や「何食べ」のように「登場人物のパーソナリティーの一つとして同性愛者である」作品は多分ほぼ全て読んだと思います。正直、漫画にもあまり詳しくも情熱もない私が言うのは烏滸がましいのですが、そういう人間すらも長年の熱いファンにさせてしまうほどの漫画家さん。
 二冊通して、というか、よしなが先生の他の作品にも言えることですが、表現がすごく小説的。細かい書き込みや超絶技巧の絵力で圧倒するのではなく、淡々と人物・出来事の流れを描くコマ割りですが、その余白のとり方がとても絶妙。小説やエッセイで言う句読点・改行・段落がしっかりと漫画の中にある感じ。それも、昨今流行る会話やビックリマークだらけのもののようにすかすかな文面になるのではなく、すごくまっとうに丁寧に書き上げられたもののよう。
 私はよしなが先生の描かれる手の表現がすごく好きなのですが、特に「環と周」では、「大切な人(やもの)に触れるときの手」がクローズアップでよく描かれている気がします。時に、手が何よりもその人の気持ちを語っている。
 登場人物の感情を表す、といえば顔ですが、その表現もとても上手いというか、自然。普段の生活や日常のターンでのやや無表情気味な表情と、感情をこぼれさせる(よしなが作品においてはこの表現の方が合ってる気がする)時の表情の差。それがいい悪いじゃなくて、デフォルメもリアルさも強くないあのさっぱりとした絵柄だからこそ、そのこぼれた感情でこちらの感情が揺り動かされるというか。
 「大奥」で証明済みの通り、めちゃくちゃ頭のいい人が、めちゃくちゃ繊細な感性で、めちゃくちゃ綿密に漫画を描くとこうなる、を凝縮したような二冊です。

「環と周」

 「環」と「周」という名を持つ二人の人物が、性別や年齢や立場を変えながら転生して巡り合い続ける話。というと、なんか怖いSFみたいな話ですが、そうではなく。友情、ラブストーリー、BL、GLという話でもなく。「縁」のお話かもしれません。
 時代の違う5話の中で、それぞれの「環」と「周」の出会いと別れを描きます。どれもがたった数年、数か月、一晩しか穏やかに共にはいられません。ただ、現代編のみが「別れ」を描かず、唯一、人生の長い時間をより添い遂げられそうな結末。収録順も、実は一冊を通しての「仕掛け」になっています。
 年齢や境遇や別れ方は様々ですが、それぞれの二人がお互いにとってとても大切な存在であること。その別れは理不尽で、やりきれない終わり方であること。というか、どの登場人物も冷静に見るとかなり辛い目に遭っていて、互いの存在や互いに会えたことだけが人生における光だった、という気がします。
 冒頭にも書いてますが、読む人によっちゃ「友情」ととれる話もあれば「恋愛」ととれる話もあり、「情熱的」といえるものもあれば「ほのぼの」といえるものもあります。この辺がとてもリアルというか、単なる人間関係や事件や感情で話を構成しているわけはなく、誰の生活や人生だって他人から見るとこうなのかもしれないと思います。
 死や絶望の匂いが濃い4編と比べて救いや未来への希望が見える「現代編」においても、登場人物の中に割り切れなかったり叶わなかったりする思いがあり。これもよしなが作品の特徴だと思うのですが、「あえてはっきりさせない」ということがすごく効いている。家族だから、好きな人だから、なんでもかんでもさらけ出してぶつけて分かり合って解決!ではない。子供でもパートナーでも、個人の胸の内や秘密は無理に暴かない。そうして尊重しあうことの大切さが、漫画といえど、この短さできちんと描ききれることがすごい。
 そして何より、よしなが先生の主義主張で話や画面に圧がない。それが悪いとは思いませんが、漫画や小説という創作物で自身の声が聞こえてきそうなぐらいに政治的な主張や思想をがんがん展開されると、私は、その世界に入り込みづらい。そういう圧がまったくなく、登場する人物みんなに思いを馳せられます。
 BL・GL・恋愛モノが苦手だ、漫画にはあまりなじみがない、という人にも、そっとお勧めできる一冊でした。

「きのう何食べた?22巻」

 いきなりですが、この作品は、原作は勿論、ドラマも大好きでDVDボックスを買いました。スペシャルドラマも映画も。たとえば私がこの先何らかの事情で本やDVDを処分せよと言われても、「何食べ」関連だけは絶対に手放さない。レシピ本としても一番使ってるし、漫画としても一番読み返している。
 この巻、シロさん&ケンジの他のカップルが結婚式をしたり恋人を実家に連れて行って紹介したり、という話が収録されています。そういう、主人公の周りの人たちが「公に向けて」変化していく中で、主人公二人は相変わらずスーパーでの買い物や台風の日の過ごし方模索でまったりのんびり変わらぬ毎日を過ごす。その良いコントラストが一番はっきりしている巻だと思います。人によって幸せが違っていて、みんなそれを受け入れている。
 その中で一番ビビットなのは、やはり小日向さん&ジルベールの結婚式でのシロさんのスピーチ。1巻の、四十代前半だったシロさんと同一人物とは思えないスピーチに、私もケンジと同じぐらいの号泣。
 結婚式の回は珍しく(当然っちゃあ当然ですが)いつものおうちレシピも台所シーンもなく、ひたすら高級なフルコースや豪華なテーブルセッティング。ですが、出てくるのはお馴染みのメンバーだしやり取りも至って通常運転。そんな中でのスピーチだからこその、あの特別感というか感動というか。ケンジ、すっごく報われたね……。なんだか、今までのケンジの献身が、どかんと塊になって帰ってきた感じ。
 「何食べ」はサザエさん形式ではなく、社会情勢も法律も物価も、全てリアルタイム。漫画なので創作とはわかっていても、リアルに歳を重ねて変化していく登場人物や周りの描写に、毎話、毎巻、深く感じ入ります。特に、シロさんの、四十代~五十代(還暦前)の男性でも更年期等で不安定になる時期の精神的な緩やかで確実な変化を、本当に繊細に描かれているのが素晴らしい。ケンジも立場や容姿(!)は変化はしてますが、精神面の変化はシロさんのほうが大きい。
 そして、特装版。よしなが先生のレポ漫画(これがまた、俳優さんたちが似ている……!!)も楽しいし、主演お二人とよしなが先生の鼎談もボリュームたっぷりでした。ただ、この特装版や同じくまもなく発売のドラマ公式レシピブックを読んでしまうと、シーズン2でどの話がドラマ化されるのかが結構分かってしまうので、わくわく状態のまま楽しみたい方は来年に。
 何より、作品への俳優さん方のコメントがとても良かったです。本当に全員、原作を愛していて、リスペクトしていて、ドラマのために原作も脚本もかなりしっかり読み込んでいらっしゃる。こんなドラマ、珍しいんじゃないでしょうか。
 普段ドラマあんまり見る方ではない(「相棒」は必ず観てますが)私にも、このドラマの画面から「俳優さんたちの静かな気魄」と「隠しきれていない楽しさ」はびしびし感じます。ベテラン中心のキャストに加え、若手の俳優さんもきっちり演技派。そして何より、演じてらっしゃる方々がどのシーンでも「やる気満々」。このドラマを作れる喜び、が溢れている。なんか、私が好きなドラマがこのドラマで良かったなとしみじみ思います。
 抑えるシーン、静かなシーンでも、仕事に対する凄みがある。そうじゃないシーンで別の意味の凄みで見せてくださっている小日向・山本さんも好きです。つめあと深すぎる。
 今シーズンからの新キャストのお二人のコメントも、キュートで愛しい。引き受けてくださってありがとう若人よ!と言いたくなる。やはり、キャリアや知名度は別で、作品を愛せる人に演じてもらうのが、脚本にも視聴者にも幸せをもたらすのでは。
 嫌な人が一人もいない特装版の小冊子、枕元においておけばよい夢が見られそうな気がします
 
 
 



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