「クレアの初恋」第1話

(あらすじ)

ある日、凶暴な魔物に襲われたクレアは勇者ラフルに命を救われる。命を救われたことをきっかけに、クレアはラフルに恋心を抱き、自分の気持ちを伝えようとするのだが、勇者である彼に話しかけることができるのは限られた少数の者だけだった。クレアは立派な魔法使いになり、彼に近づくことを考えるが、魔法の才能が全くないことを知り思い悩む。そんな時、親友レベッカの助言で、上級ギルドの受付嬢を目指すことになる。クレアは受付長の厳しいノルマをこなし、信頼を勝ち取っていく。様々な困難を乗り越え、晴れて上級受付嬢になったクレアは、勇者ラフルと再会し、自分の思いを伝えることができるのだった。

(キャラ)

■主人公 クレア
■勇者 ラフル
■ギルド長 ナタリー
■女友達 レベッカ
■同級生の男 ティム
■魔法使い マリナ

(本文)

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 今にも雨が降り出してきそうな曇天の空の下。薄暗い森の中を息を切らし、クレアは後ろから迫る何かから必死に逃げていた。

 やばい、やばい、追い詰かれる!殺される!

 彼女は、身の危険を感じて狂ったように心臓が激しく鼓動する。クレアは、さっと後ろを振り向き、背後で彼女を追うなにかの姿を視界に捉えようとする。

「待て、人間!大人しく俺の食料になれ!」

 耳をつんざくような猛々しい叫び声が響く。彼女の背後では、森の木々が次々と勢いよくなぎ倒されていく。

 倒された木々からドスドスと大地を震わせながら現れたのは、大型ゴブリンだ。片手に棍棒のような武器を持っている。丸々と太った肉体は彼女の数十倍の大きさはある。その容姿から、多くの人間を食らってきたことがよく分かる。

「私は、美味しくありません!諦めてください!」

 クレアは、助かりたい一心で、とにかくゴブリンに向かってそう高々と叫び声を上げた。だが、ゴブリンは、相変わらず彼女の跡を追うことを辞める気配はない。それどころか、口からよだれを垂らし、獲物の命を刈り取ろうとする鋭い目つきで彼女を見つめている。

 まさか、こんなことになるなんて……。ただ、おばあちゃんに赤い果実を食べさせたくて、森に来ただけなのに。

 クレアは、瞳をぎゅっと閉じ、ベッドに寝たきりになってしまった祖母の様子を思い出す。

「一度は食べてみたいね。森になるという赤い果実を……」

 初めて祖母のその言葉を聞いた時、クレアはとても驚いた。あまり、自分の欲を出さない祖母が、自ら、赤い果実を食べてみたいと言うのは、彼女にとって意外なことに感じられたからだ。

 よし、おばあちゃんのために赤い果実を取りに森に行こう!

 そう思って、クレアが訪れたのが、この森だった。普段は、魔物など出ない平和な森だが、今日は運悪く大型ゴブリンに鉢合わせしてしまったのだった。

 死にものぐるいで、手足を動かし森を駆け抜けるクレアの体力は、限界に近づいていた。次第に、視界が暗くなっていき、意識が遠のいていく。

 もうダメかもしれない。体に力が入らなくなってきた……。

「あっ!?」

 体力が底をつき、体の力が抜けた直後、彼女は地面に躓き、激しく転倒する。

 手足に力が入らない。もう逃げる体力がなくなってしまった。どうしよう、このゴブリンに食べられてしまう。

 彼女の小さな体は、死の恐怖で小刻みに震えていた。そっと背後を確認すると、すぐそばで薄気味悪い笑みを浮かべたゴブリンが、彼女を見下ろしながら佇んでいた。

 曇天の空は、ゴロゴロと不穏な音を鳴らしたかも思うと、ポツポツと冷たい雨を落とす。

 私、ここで死ぬのね。

 クレアは自らの死を悟った。ゴブリンに抵抗する体力もすでになくなっていた。

 ゴブリンは、ゆっくりと巨大な手を無抵抗な彼女の身体に向かって伸ばし、ぎゅっと握りしめる。

「久しぶりだ。人間の少女を食べるのは。ゆっくりと咀嚼して味わうとしよう」

 咀嚼して味わうって……。いや!どうせなら、丸呑みしてくれたほうがいい!それも嫌だけど、とにかく咀嚼して味わわれるのはいや!

 ゴブリンの狂気じみた言葉を聞いて、彼女は恐怖の深淵へと突き落とされたような最悪の気分になる。

「誰か、助けて!」

 彼女は死にものぐるいで、残された力を声に変えて叫んだ。だが、地面を打つ雨の音にかき消され、彼女の声は遠くまでは届かない。森の木々が、風に揺られ不気味な音を立てるだけだ。

「叫んでも無駄なことよ。お前を助けに来る者などいやしない。諦めて、俺に食われるがいい!」

 ゴブリンは、嘲り笑いながらそう言うと、大きな口をがっと開き、クレアを口の中に運んでいく。

 彼女からは、ゴブリンの口の中に生え並ぶ鋭く硬質な歯が見えた。

「いや、いやややややぁああああ!!!!」

 クレアは、目を閉じ恐怖でひどく震えた叫び声を上げる。

 ーーその直後だった。

「空の精霊よ。我の剣に力を与えよ」

 という、呪文の言葉が聞こえた。

 大人びた落ち着いた声に、クレアはぱっと目を開き、声をした方向を見る。

 彼女が視界に捉えたのはゴブリンの背後で、男性が剣を構え跳躍しているところだった。そして、ピカッと、周囲が真っ白な光に包まれ、すさまじい雷鳴が轟く。

「なんだ、一体……」

 ゴブリンは、異変を察知し、背後にいる彼の存在に気づき振り向こうとしたが、遅かった。ゴブリンが背後を振り向くより先に、男性は、雷を纏わせた剣を振り下ろしていた。

 あまりの早業に、クレアは剣を振り下ろす瞬間を認識できなかった。気付いた時には、ゴブリンの凶悪な顔が無惨に宙を舞っていた。

「す、すごい……」

 いまだかつてない美しく洗練された剣技に、思わず彼女の口から称賛の言葉が漏れる。

 首を切断されたゴブリンの身体は、魔力を失い黒い粒子となる。ゴブリンの手から解放されたクレアは、地面に膝をつき黒い粒子がいつの間にか晴れ渡った空にふわふわと消えていく様子を呆然と見ていた。

「大丈夫?怪我はしてない?」

 優しく話しかける男性の声がした。クレアが顔を上げると、そこには太陽のように明るく微笑む男性の姿があった。

「だっ!?大丈夫です……」

 眩いばかりの微笑みを浮かべる男性の姿に、思わずクレアは顔を赤らめて、ぎこちない声で答えた。彼女は、いまだかつてないほどドキドキしていた。胸がひどく締め付けられる感じだけれど、心地の良い不思議な感覚だ。初めて抱くこの感覚に彼女は戸惑わずにはいられなかった。

「顔が赤いようだけど立てる?」

 男性は、地面に膝をつく彼女に気を遣いそっと手を差し伸べる。

「は、はい!?」

 彼女は緊張した声で答えると、彼の手を握った。

 温かい手。私の手を通じて温かさが流れ込んでくるみたい……。

 クレアは、うっとりしながら彼の手を握り立ち上がった。立ち上がり顔を上げると、男性と間近で見つめ合う状態になる。

 顔が、近い!?どうしよう、ドキドキする。だけど、幸せ。

 クレアは、立ち上がったのはいいものの、胸の中のドキドキがどんどん膨れ上がる。ふと気が抜けて、再び地面に倒れそうになった。
 
 すると、男性は彼女の腰にそっと手をやって、倒れないように支える。

 えっ!?今これ、この男の人に抱き抱えられてる状態になってない!!

 クレアは、想定外の状況にさらに頬を赤らめ、キュンとした気持ちが胸の中に広がる。

「かなり、体力を消耗してるようだね。背負って村まで送るよ」

 体力が底をついたクレアの様子を見て、男性は心配そうにそう言った。

「はい、お願いします!」

 クレアは、目をキラキラと輝かせて食い気味に一言返した。

「じゃあ、送っていくね」

 男性は、優しく微笑みと、彼女を背負って村の方へと進み始める。周囲には、色鮮やかな花々が咲き乱れ、そよ風に載って花びらが蒼空へと美しく舞っている。花の甘い香りが、ほのかにする。

 温かい背中。心地がいい。安心する。ずっとこの人のそばにいられたらいいのに……。

 クレアは、男性に背負われながらぎゅっと彼の背中を抱きしめた。彼女は、安堵した表情を浮かべると、そのまま目をゆっくりと閉じて眠りについた。

 ※※※

「誰なんだろう。あの時、私を助けてくれたあの人は……」

 クレアは学校の机に座り、何も書かれていない黒板をボォーと眺めていた。森で魔物を襲われているのを助けてくれた男性のことを未だに忘れられずにいた。

「おーい!クレア、起きてる?」

 女友達のレベッカが、クレアの視界に入り、両手を振りながら話しかけてきた。

「あっ、レベッカ!」
 
 クレアはようやく我に返り、驚きの声を上げる。

「どうしたの?なんか、恋する乙女の顔してたわよ。もしかして、恋でもした?」

 レベッカは、ニヤリと笑い、冗談半分で彼女に問いかける。

「えっ、ええええええ……、それはどうかな!!!」

 明らかに動揺し、赤くなった顔を両手で覆って隠す素振りを見せるクレアに、レベッカは笑いながら言った。

「クレア、あんた、わかりやす過ぎ!ねえ、聞かせて、聞かせて!クレアの意中の人ってどんな人なの!」

 レベッカが目を輝かせて興味深そうに聞いてきたのに対して、クレアは恥ずかしそうに視線を下に向けた。

「ええっと……実は……その人についてあまり良く知らなくて」
 
「えっ、そうなの!?」
 
 レベッカは、クレアの意外な返答にきょとんとした。その静寂を打ち破るように、学校の外から大きな叫び声がした。

「勇者様御一行が、この街においでになったぞ!!!」

 勇者様御一行という言葉を聞いて、教室にいる生徒たちは、一斉に立ち上がり、騒然となる。
 
「勇者様御一行だって!!!」

 かつて魔物たちから街の人たちの命を救った勇者様一行は、街の英雄であり、憧れの的だった。そんな彼らが街に来てると聞いて、皆、胸を踊らせずにはいられなかった。

 騒然となる中、突然、教室の扉が勢いよくガタッと開いた。

「勇者様御一行が、今、この街に来てるわ!教室の授業は休み!今すぐ、みんなで勇者様御一行を見に行くわよ!」
 
 担任の教師が、嬉しさがにじみ出た表情を浮かべ教室の生徒たちに言った。

「先生、ナイス!!!!」

 レベッカは、右手の親指を上に立てて担任の教師に向かって叫んだ。

「よっしゃああああ!!!授業休みだぜ!!!」

 同級生のティムが、ガッツポーズを取り、喜びを声に出す。

「あんたは、ただ、授業を休みたいだけでしょ!」

 レベッカはドン引きした目で叫んだティムを見ると、ツッコミを入れた。

「クレア、一緒に行こう。勇者様たちのところへ」

 レベッカが笑みを浮かべ、クレアに言った。

「うん」

 半ば強制的にレベッカに腕を捕まれ引きずられながら、クレアは頷き答えた。

 勇者様御一行ってどんな人たちなんだろう……。

 クレアは、話としては聞いたことはあったが、実際に彼らを見たことがなかった。街の人々を魔物たちから救った英雄。まるで、森の魔物から自分を救ってくれたあの男性のような人たちなのかもしれない。クレアは、急に興味が湧いてきた。

 学校の外に出ると、勇者一行を見ようと人混みができていた。あちこちから、彼らに向かって激励の言葉が飛び交っている。

 すごい人……やっぱりみんなから愛されてるのね。
 
 あまりの人の多さに、クレアは勇者一行の存在感の大きさを痛感する。

「さあ、行くわよ!クレア!この人の壁を二人でぶち破りましょう!」

 レベッカはなんとしてもこの人混みの先にいるであろう勇者一行の姿を目に焼け付けようと心を燃やしている。勇者一行の姿を見れるのは、一生に一度あるかないかだ。この貴重な機会を逃せば、もう二度と見れないかもしれない。

 レベッカは、クレアの手を掴んで人混みに向かって駆け出した。

「ちょ、ちょっと!?」

 レベッカの大胆な行動に、クレアは動揺しつつともに駆け出した。

「どいて!どいて!どいて!」

 レベッカは半ば強引に、手と声を使って人混みの中を進んで行く。おかげで、クレアは、勇者一行が見える場所まで、なんとか来ることができた。

「……」

 クレアは、彼らの中にいる勇者の姿を見た瞬間、瞳を大きく見開きピタッと立ち止まった。途端に、あの時の初恋の感情が彼女の中で花咲いた。

 私をあの時、救ってくれたあの人が、勇者様だったんだ。

 クレアは、森の中で魔物を襲われたところを助けてくれた男性は勇者であることにようやく気づく。彼女の目に、仲間と楽しげに話をする勇者の様子が映る。

「クレア……やっぱり勇者様、かっこいいよね。あれ、クレア……」

 クレアは胸に手をやり、うっとりした表情をして勇者を見つめている。そんな彼女の様子を見てレベッカは察した。

 クレアの意中の相手って、もしかして勇者様!?間違いないわ。クレアのあの目は、恋する乙女の目だもの!

 うっとりするクレアにレベッカは頬に手を当ててニヤニヤする。

 勇者一行は、観衆に見守れながら、どんどん前へ進んでいく。離れていく勇者の背中を見てクレアは、はっと現実にかえる。

 私は伝えたい。このドキドキを。また勇者様と話してみたい。

 胸に当てていた手をぎゅっと握りしめ、勇者のもとへ近づこうとするが、柵が設けられていて、これ以上は、近づけない。

「勇者様!!!」

 柵から身を乗り出し、勇者に向かって振り向いてもらいたい一心でがむしゃらに叫んだ。だが、彼女の必死の叫び声は、観衆の騒ぎ立てる声で、かき消されて勇者の耳には届かなかった。

 勇者様が行ってしまう。見えない遥か遠くまで。

 クレアは、悲しげな表情を浮かべ、勇者の方に手をまっすぐ伸ばす。

「柵から身を乗り出さないように!一般人が、勇者様御一行と話せると思わぬことだ」

 槍を構え護衛をしていたギルド関係者の男が、クレアに向かって強い口調で注意をする。

「す、すみません!」

 クレアは、護衛の男に注意され、頭を下げてすぐに謝った。そっと、再び勇者の方を見た。

 勇者様と会ってもう直接、話をすることはできないのかな……。

 もしかしたらこれが勇者との最後の出会いになるかもしれない。彼女の心はひどく揺れた。

「魔法使いマリナさんは、いいな。勇者様と同じパーティーだから、いつでも話せて」

 レベッカは、羨ましそうに勇者一行の一人である魔法使いマリナが勇者と楽しげに話している様子を見て呟いた。

「ホントだ、きれいな人!私もあんなふうになれたらな」

 クレアは、人の良さと美貌を兼ね備えた魔法使いマリナに、憧れの気持ちを抱いた。

「そうだよ!私達もマリナさんみたいな魔法使いになろうよ!そしたら、勇者様と話せるかもしれない」
 
 レベッカは、クレアの両手を握り、やる気と希望に満ち溢れた声で言った。

「えっ!?私達が魔法使いに……」

 思いつきもしなかったレベッカの提案に、クレアは自分が魔法使いになって勇者と話をしている妄想が頭に浮かんだ。

 立派な魔法使いになれば、勇者様と話をすることができる。この胸の中で膨らむ気持ちも伝えられるかもしれない。

 彼女は落ち込んだ気持ちがぱっと晴れていくのを感じた。今度は、クレアがレベッカの両手を握り返すと言った。

「レベッカ……ありがとう。私、魔法使いになって、勇者様と同じパーティーに入りたい!かなり邪な理由だけどね」

 魔法使いになるという一縷の希望に、彼女はやる気を燃やす。これ程までに、何かを切望するということは今までなかった。

 レベッカはニコリと笑った。こういう表情を浮かべる時は、彼女が何か面白いアイデアを思いついた時だ。

「よし、そういうことなら、今から、早速、魔法使いの館に行きましょう!」
 
 クレアは、目を点にしてレベッカに問いかける。

「魔法使いの館は聞いたことはあるけど、どこにあるか知ってるの?レベッカは」

「ええ。私のうちの近くだから、持ちの論で知ってるわよ!」
 
「ええ、そうなの!」

「まあ、私について来て!クレア!魔法使いの館まで案内するわ!」
 
 腰に手を当ててレベッカは、自信に満ち溢れた堂々とした態度で言った。

「さすが、レベッカ!頼りになるわ!」

 クレアは、レベッカの後をついていき、魔法使いの館という場所に、行くことにした。

 クレアは魔法使いの館という場所を聞いたことがあるが、どういう場所なのかは知識がなかった。館に向かう途中、彼女はレベッカから色々とそこがどんな場所なのか聞いた。

 ※※※

「へえ、館には魔法使いのおばあちゃんがいるんだ」

「そうそう、その魔法使いのおばあちゃんなら私達に、魔法使いの素質があるかどうか一瞬で見抜けると思うわ」

「ここが魔法使いの館ね。魔法使いの館って雰囲気出てるよ!」

 ちょうど一通りレベッカから館の話を聞いたところで、クレアたちは魔法使いの館の門の前まで来て立ち止まる。

 館は、魔法使いの被る帽子のような建物で摩訶不思議な雰囲気を醸し出していた。その異様な雰囲気に、二人は少し入るのを躊躇していると、後ろから誰かの声がした。

「なんじゃ、私の家に何かようか?」

 二人は振り返ると、気難しそうな表情を浮かべたおばあちゃんが、二人を見つめていた。

 この人が、レベッカが言っていたこの館のおばあちゃんか。なんだか、緊張する。

 二人は、彼女の気難しい雰囲気に思わず唾を飲み込む。

「あ、あの私達、魔法使いの才能があるかどうか、見てもらいたくて……」

 クレアは、少しの沈黙の後、目の前の老婆に言った。その言葉を聞いた直後、彼女の眉がピクリと動く。

「ほう、お前たちに魔法の才能があるかどうかか。それなら、お前たちに出会って、すぐに分かったわい」

 老婆は相変わらず、気難しい表情を崩さず淡々と答えた。

「へ、ほんとに。教えて!教えて!」

 レベッカは期待に、胸を踊らせテンション高めの声で、彼女に言った。

 老婆は、レベッカの方をまず指差した。

「お主は、少しは魔法の才能が、あるようじゃ。その才能を磨けば、いいところまで行ける可能性はあるのう」

 将来性を感じさせる彼女の言葉を聞いて、レベッカの顔から笑みが溢れる。

「やった!!!クレア、私、少しは魔法使いになれる可能性があるんだって」

 レベッカは、嬉しそうにクレアの両手を掴み言った。それに対して、クレアも嬉しそうに答えた。

「レベッカ、良かったね!魔法使いになれる才能があるなんてすごいよ!」

 二人で喜んだのはつかの間。今度はクレアの方に視線を向け、老婆はつらい現実を容赦なく突きつける。

「そなたからは、才能を感じない。魔法使いになることは諦めることじゃ!」

 忠告するように強い口調で老婆はクレアに向かって言い放った。途端に、なんとも言えない静寂が訪れる。

 才能を感じない。魔法使いになるのは諦めろって言ったの……。じゃあ、私、勇者様と、もう二度と……。

 徐々に、自分の於かれている状況を理解していき、初恋の相手である勇者との間にある分厚い壁の大きさに気づき始める。クレアの心はひどく揺れて、どっと悲しみが押し寄せた。

「クレア……」

 顔に影を落としたクレアを心配してレベッカは、声をかける。心配する親友の様子を見て、涙が思わず出てきそうなところをせき止めて、クレアはその場しのぎの笑顔で一言返した。

「大丈夫、心配しないで」

 レベッカは、なおもクレアを心配していた。笑顔を作っていても、彼女の裏側の悲しみの深さを感じ取れたからだ。

「行こう。この人の言うことを鵜呑みにすることないよ」

「……」

 レベッカの言葉に、クレアは返事を返せなかった。クレアは、ぶわっと溢れ出る気持ちの整理ができていなかった。

 そんなクレアの方に手をやり、レベッカは連れ出すように老婆の元を去っていく。去りゆく二人の姿を見て老婆は、真剣な表情を浮かべ心のなかで呟いた。

 立派な魔法使いになれるかは、生まれつきの才能が8割を占める。どんなに努力し、魔法を研鑽しようとも、才能がないものが、才能のあるものを超すことはできないじゃろう。いつか、才能の壁を思い知ることになる。この私がそうじゃったように……。

 ※※※
 
 翌日、教室で座るクレアは昨日の老婆の言葉が不意に頭をよぎる。

 魔法使いになることは諦めるのじゃ。

 その言葉を思い出すたびに、彼女は胸がひどく引き締められるような気持ちになる。クレア自身、学校で学んだ知識で、魔法使いの実力は生まれつきの才能に大きく左右されることを知っていた。

 勇者様と話せる唯一の道が、断たれてしまった。やっぱり、勇者様ともう一度会って話すなんてできないんだ……。仕方ない。どうしようもないことなんだから。

 クレアは、次第に悲しみの泥沼に飲み込まれて行くのを感じていた。昨日まで、抱いていた夢と期待を粉々に打ち砕かれ失ってしまった失意がどうしようもなく彼女を襲った。

「クレアのやつ、落ち込んでるな。よし、俺の出番だな!」

 同級生のティムが落ち込むクレアを見て元気づけようと立ち上がった。

「あんたは、話しかけなくていいわ。私が行くから」

 近くにいるレベッカが、ティムにそう言うと、ティムが大げさな声を上げる。

「えぇええええ!!!カッコつけさせてくれよ」

「ここは、私に任せて。昨日、私がクレアを館に連れて行ってしまったことが悪いと思うから」

 レベッカは、真剣な表情を浮かべ落ち込むクレアの方をそっと見た。

「へ、そうなの、それじゃあ、お任せします!て、あれ……」

 ティムは、レベッカの言葉に潔く従ったが、レベッカは、ティムの話を聞く前にすでにクレアの元へ行っていた。

「クレア、昨日はごめんなさい。まさか、あんなことを言われるなんて思わなかったから」

 視線を下に向けていたクレアが顔を上げると笑顔を浮かべる。

「レベッカ、気にしてないよ。気にかけてくれてありがとう」

 嘘だ、クレアは、嘘をついている。私にも、自分にも。
 
 ずっと一緒にいる親友レベッカは、クレアの笑顔が、偽物であることを見抜いていた。

「諦めないで。好きなんでしょ、勇者様のこと」

 クレアは、見事に胸の中にしまっていた恋心をレベッカに言い当てられて、顔を真っ赤に染め上げて動揺した声を上げる。

「へ、え、えええ……それは……その……あの……うん」

 か、かわいい……。

 レベッカは、顔を赤らめて慌てるクレアの姿にキュンとした。

「クレア、あなたのその姿を見せれば、勇者様なんてイチコロよ!だから、諦めないで。きっと、いい方法があるはずよ。魔法の才能がなくても、努力を積み重ねれば、立派な魔法使いになれるかもしれない」

「……嬉しいわ。私、やっぱり私の命を救ってくれた勇者様のことが今も忘れないの。今でも勇者様に出会った時の事、鮮明に思い出せる。だから、試してもないのに諦めたくはない。魔法について、もっと知って、学んでいきたい!」

 クレアの小さな瞳に決意が宿る。先程までの弱々しい輝きを放っていた瞳とは違う。どこか明日を力強く踏み出していくような気概を感じさせる。

「その意気よ!図書館に魔法に関する本が置いてあるから、一緒に魔法について学びましょう!」

「ありがとう!レベッカ……あなたが私の親友で良かった」

 クレアは、レベッカの両手を優しくぎゅっと握りしめる。

「クレア……私も、あなたが私の親友で良かった!」

 クレアとレベッカはお互い見合って、沈黙が生まれる。そして、お互い、その状況がとてもおかしく感じて思わず吹き出して賑やかな笑い声が響き渡る。

 私には、レベッカがいる。私のことを支えてくれる大切な親友が……。彼女と一緒なら、才能がなくても、立派な魔法使いになれるかもしれない。勇者様とまた話ができるかもしれない。

 クレアは、魔法使いになって勇者と出会うという夢を抱き進む。だが、この時の彼女は知らなかった。彼女の人生を左右する熾烈な現実が待ち受けていることをーー。

 

 

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