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三菱スペースジェット開発失敗の根源的要因は、経済産業省と国土交通省と三菱重工業のいずれも、性能発注方式の取り組み方ができなかったことです。

令和5年6月7日付の読売新聞朝刊記事「MSJ開発撤退 要因検証へ」によれば、経済産業省は6月6日、航空機産業の課題と戦略を検討する有識者会議の初会合を開催して、三菱重工業が三菱スペースジェット(MSJ)の型式証明取得に失敗して開発から撤退した要因を検証した上で、今後の成長戦略を今年度内に取りまとめるとのことです。
 
ところで、MSJの開発に失敗した根源的な要因は、経済産業省と国土交通省と三菱重工業のいずれも、下記にそれぞれ具体的に記載のとおり、性能発注方式の取り組み方(このようなものを作ってくれといった、トップダウンによる全体最適化を求める取り組み方)ができなかったことです。性能発注方式の取り組み方はグローバルスタンダードであり、欧米における今日の型式証明取得プロセスでは欠かせない取り組み方です。しかし、我が国では、他国に類を見ない仕様発注方式の取り組み方(この通りに作ってくれといった、ボトムアップによる部分最適化を求める取り組み方)が日本人の「暗黙の常識」となっていますので、性能発注方式の取り組み方にはどこも殆ど馴染みが無く、性能発注方式の概念すらよく分かっていないのが実情です。このままでは、今後の成長戦略を「机上の空論」にしかねませんので、非常に危惧されるところです。

性能発注方式の取り組み方ができなかった経済産業省

経済産業省は、2003年に「環境適応型高性能小型航空機」の開発プロジェクト(2003年度から2007年度までの5ヵ年計画であり、この間に約百億円の国費が投入された。)を立ち上げた際に、性能発注方式の取り組み方であれば基本中の基本である「ニーズとシーズのベストマッチングを図ること」を、なおざりにしてしまいました。つまり、小型航空機の市場動向(ニーズ)と最先端の技術動向(シーズ)を真摯に調査しないまま、『(シーズとしての)炭素繊維複合材を多用した、(ニーズとしての)30〜50席クラスの小型ジェット旅客機 』を、プロジェクトの開発目標として設定してしまったのです。
 
結果として、プロジェクトの開発目標は、ニーズとシーズのいずれも、プロジェクトの進展につれて大きく揺らぐこととなりました。すなわち、2005年には、ニーズとしての座席数が30〜50席クラスから70〜90席クラスへと大幅に変更され、2009年には、シーズとしての機体の主材料が炭素繊維複合材からアルミニウム合金へと抜本的に変更されたのです。このように、基礎設計の前提となる条件が2度にわたって大修正を余儀無くされたことから、MSJは、その生い立ちから迷走気味だったと言えます。

性能発注方式の取り組み方ができなかった国土交通省

国土交通省は、経済産業省のプロジェクトで新たに開発する小型ジェット旅客機の型式証明の実務を担う航空機技術審査センターを、県営名古屋空港内に2004年に設立しました。設立当初は、所長以下6名の体制でしたが、後に、航空機の専門知識を有する人材の中途採用や防衛省・JAXAからの出向により、73名の体制にまで拡充しています。しかし、1960年代にYS-11やMU-2の型式証明の実務を担った人材は皆無であり、また、FAA(米連邦航空局)における今日の型式証明の実務についての理解者も皆無でした。これに加えて、2012年には所長が交代しています。これでは、「トップダウンにより全体最適化を図る」といった米国流の「性能発注方式の取り組み方による審査」は望むべくもなく、「組織対応」と称して専門分野ごとのボトムアップによる部分最適化を図るといった、「仕様発注方式の取り組み方による審査」に終始せざるをえないところとなります。
 
さらに、国土交通省は、型式証明プロセスのスタートを規定する「安全性を確保するための強度、構造及び性能についての基準」と「型式証明申請書」(いずれも航空法施行規則に規定)について、1960年代の記載内容から殆ど変えていないことも大きな禍根を残してしまいました。このような旧態依然とした規定のままでは、型式証明の申請者(三菱重工業)が、1960年代と同様にハードウェアの設計図書の審査と飛行試験が中心になると捉えてしまったとしても無理はないところです。

性能発注方式の取り組み方ができなかった三菱重工業

三菱重工業は、2008年にMSJの事業化を決定して、2023年にその開発中止を決定するまでの15年間に、開発の中心となる三菱航空機のチーフエンジニアを3回(2012年、2018年、2020年)も交代させています。これでは、チーフエンジニアによるトップダウンで全体最適化を図る開発体制など望むべくもなく、チーフエンジニアの主たる役割は、専門分野ごとのボトムアップによる部分最適化を旨とする「組織対応」のコーディネーターに過ぎなくなります。
 
しかし、このような「組織対応」では、耐空性審査要領に記載された個々の技術的要件に個々の設計を合致させていくアプローチに終始してしまうため、耐空性審査要領では想定外の新技術を開発して設計に取り入れていくこと(FAAの型式証明取得プロセスでは可能です。)は極めて困難です。また、今日の航空機で多用されているソフトウェアによる制御機能の信頼性を証明することも困難です。このようなことが、MSJの試験飛行に成功した後、7年経っても型式証明が取得できなかった最大の要因と言えます。


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