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ほんまる神保町で、棚主へ11

私は高校生の頃、えぐいほどモテた。
唐突に嘘をつくな、おまえのようなつまらんもんがモテるはずがないだろう、この虚言癖の大馬鹿者め、ヘドロから生まれしヘドロの権化め、悪霊退散!
と言われるかもしれないが、本当のことだ。
というのも私の通っていた高校は元は女子高だったものが共学になったものであり、女子生徒の比率が高かった。たぶん、八対二くらいだったのではないか。もちろん八のほうが女子生徒だ。
まだ共学三年目で、私が入学したときの三年生男子は一桁しかいなかったと思う。
三年生とはまったく交流がなかったので知らないが、「三年生の男子生徒を見かけたら願い事が叶う」などという流れ星的なレアさだったのはたしかだ。

そうなると生態系が狂う。
男子生徒である、というだけで「モテ」が発生し、彼女を作らずに学校生活を送るほうが難しい有様となる。
男性教師も同様で──と書くと語弊があるが、男性教師もモテていた。前に登場したT先生↓ですらモテていた。

T先生はイシイのおべんとくんミートボールを擬人化したような見た目だというのに、「英語が喋れないのに英語教師やっててかわいい」などというふざけた理由でモテていた。

生態系が壊れる、とはこういうことなのだと思い知らされた青春の日々。
厄介だったのは、若かった私は「俺はモテる」と大きな勘違いをし、自信満々に生きた結果、本当にモテるようになってしまったことだ。
若い男は、自信満々なだけでモテる。
しかし根拠のない自信はすぐに見抜かれ、客観的には取っ替え引っ替え交際相手を変えているように見える生活。実際には、あっという間にフラれていただけだ。
そして二十六歳で結婚。二十六歳で離婚調停を申し立てられた。
誤記ではない。
結婚生活RTAをやってしまった。
すべて私の不徳のいたすところだ。
堅実に生きたい草食系(諸説あり)の私と、「おまえの財産をすべて差し出せ」という山賊系の義母(妻の母)は絶望的に相性が悪かった。

唐突だが、棚主としての話。

私が高校生の頃にモテたのは、「レアだったから」に他ならない。男女比が五分五分であったなら発生しなかった「モテ」。
それならば、レアな本を置けば売れるのではないか。ほんまる──いや、神保町の生態系にないものを並べる。

ご存知の通り、神保町は古本屋が多く立ち並ぶ。だから私は古本というジャンルでは勝負してこなかった。
だが、レアな本を置いたわけでもない。自分が読んでおもしろかった本を漫然と並べていった。
その結果、島田荘司、中山七里、湊かなえ、井上真偽などなど、売れっ子作家の本ばかりが並んだ。
そうするつもりなどなかった。だが、埋もれた名作を並べるぞと意気込んでみたところで、発注自体ができないのだ。
佐藤青南の「消防女子」とか、柊サナカの「婚活島戦記」とか、埋もれてしまったものはもう、掘り起こすことができない。在庫がないのだそうだ。

私は視野が狭い人間だ。行動範囲も狭い。東は千葉県北西部、西は静岡県東部。
片道三十分の神保町に来るのすら私にとっては冒険だし、来るたびに「ここが私のアナザースカイ!」と心の中で叫んでいる。
その視野の狭さが、棚の売り上げの悪さの原因なのではないか。

ほんまる店内を見て回り、他の棚主がどのような本を並べているのかを見ていく。これまで散々この店に訪れておきながら、あまり参考にしようという考えはなかった。

メジャーどころを並べている棚もあるが、書店に足繁く通う私ですら見たことのない本も新品で並んでいる。世界は広い。

豆本、ぬり絵、漢字ドリル、「大人の科学」のような大きいおまけのついた本。
意外だったのは、カードゲームもあったことだ。裏面を見たらISBNコードがあったので、一応は書籍の一種として扱われているのだろう。

ふと、私の脳裏にある商品がよぎる。
あれはたしか……。
本の総合カタログBooksで検索する。やはりそうだ。あれは四千円近くする。
この金額はおいそれと払えるものではない。一生遊んで暮らせる金額だ(明治時代換算)。

やめておけ、破滅するぞ。
そんな声が内から湧き出てくるが、それをねじ伏せる。
俺は漢だ。金額に怯んで、やるべきことをやらないなどということがあれば、二度と胸を張ってお天道様の下を歩くことなどできない。
漢の生き様ってやつを見せてやる。
いつだったか、店頭でその本を見かけたとき、私はその価格にビビってしまった。とてもじゃないが手が出ない。
だが、それはとても魅力的な本だった。こんな素晴らしいものがこの世にあるとは俄には信じられないほどだった。
手に取り、また棚に戻し、また手に取って、迷ったのちに購入を断念したのを昨日のことのように思い出す。次に店へ行ったときにはなくなっていた。きっと、どこぞのお大尽か石油王にでも引き取られたのだろう。それから見かけることはなくなっていた。
あのとき、ビビって引いてしまった自分を塗り替えるのはいまではないか。
これぞ〝漢〟ってところを見せてやる。

私は「ハローキティのポンポンパック目覚まし時計BOOK」を注文した。

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