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みんな、ハッピーかーい!?

 私は、シアトルにある、老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。
 私のシフトは朝食と昼食、パートナーは、メキシコ人のヴィッキーだ。ヴィッキーが、仕事の始まる6時半に出勤したことはない。ヴィッキーの友達で、ハウスキーパーのオルガが、毎朝私に尋ねる。
「ユミ!ヴィッキーは何時に来るの?」
「6時半」
「PMやな」
 PMにはならないけれど、8時より早く来たら、こちらがびっくりする。

「おはよう!ユミ!来たで!」
 彼女は、ゆったりとした足取りで、ダイニングルームに入ってくる。その途端、パーッと部屋中にエネルギーがみなぎる。これだけで、彼女が、ここで働く価値はある。
 ヴィッキーは、14歳で最初の子供を妊娠し、今では3人の子供を持つ、シングルマザーだ。彼女は子供を育てるために、教育をあきらめ、ずっとメキシカンレストランで働いてきた。セクシーなピチピチのTシャツを着て、踊ったり、歌ったり、お尻をブンブン降ったり、客を喜ばせて、チップをガンガン稼いできた。
 私はチャレンジする気もないけれど、一度に、大きな皿を5枚運べる彼女は、要領もよく、仕事も早い。
 そして何よりも、声が大きい。
 全員にランチを運び終わったかどうかを確認するとき、ヴィッキーは、ダイニングルームの真ん中に立ち、ピースサインをして、両手を挙げる。

「Everybody, Happy!?」

 5秒で確認終了。これはすごい。

 朝食はのんびりなので、私ひとりで対応できるけれど、忙しい昼食は、ヴィッキーの、このパワーが必要だ。彼女がオーダーを取り、私はドリンクサーヴィスと皿洗いに徹する。「ヴィッキー&私」のチームワークは、ほぼ完璧だ。このチームを維持したい。けれども、彼女は転職活動中だ。彼女は、キッチンを支配するクック、アラーナとの戦いに疲れてしまった。先日は、友人が紹介してくれた、歯科医院の面接を受けてきた。現在、返事を待っているところだ。

 そんな我々の元に、新しいディレクターがやって来た。まず、その前日に、マネージャーのベルナルドが辞職した。本当はクビだったけれど、次の仕事を見つけられるよう、辞職を促されたらしい。彼は「いい人」だったので、気の毒だったけれど、仕事をしなかったので、仕方がない。仕事をしなかった理由のひとつは、引越しだ。
「ベルナルド、どこに住んでるん?」
「ケント」
「・・・働き方、間違ってるやん!」
「うん。息子の家に引っ越ししたから、片道、バスと電車で2時間かかるねん」
 以前、バスで一緒になったときの会話だ。
 受付のアンやヴィッキーも、ベルナルドの引越しを知らなかったらしい。
「そうなん⁉だから、仕事に来ても、大口開けて、寝てるんや!」
 我々3人は、ベルナルドのことが好きだけれど、会社は、遅刻をしたり、仕事に来なかったり、出勤しても、デスクの前で寝ているベルナルドを、愛し続けることはできない。そして、キッチンを支配するクックのアラーナや、スケジュールを無視して、好き放題に働く大学生女子たちを、コントロールできなかったのも、彼の責任だ。ベルナルドは、自分にも、従業員にも甘過ぎた。辞職という選択が与えられただけでも良かったと思う。

 さて、新しいディレクター、リンジーが出勤する日の朝、会社で一番偉いベッツィーがキッチンへやって来た。そして彼女自ら、ベルナルドのコーヒーカップや、ユニフォームなど、彼が残していった物を、ポイっと外に放り出し、彼女のオフィスをピカピカに掃除した。デスクには花束が飾られ、新しいコンピューターが設置された。その横には、美しく畳まれた、新しいユニフォームが並べられた。入口には「Welcome Lyndsey!」というディコレーションもされ、ウェルカムムードいっぱいだ。
 あまりの対応の違いに、ベルナルドが、ちょっとかわいそうになった。リンジーという人は、どんな人なのだろう?

 出勤してきたリンジーは、料理人らしく、縦も横も大きな女性だった。ブロンドの髪を頭のてっぺんで結い、お相撲さんみたいだ。つぶらな瞳で、笑顔がかわいらしいけれど、聡明で、「しっかり!」という感じがする。会社が彼女を引き抜いたのかも?と思うくらい、仕事ができそうだ。
 アンの情報によると、彼女は大きなレストランで、マネージャーとして働いた経験があるらしい。カスタマーファーストのビジネスをしてきた彼女が、アラーナファーストのビジネスに驚かないはずがない。キッチンの問題解決に、前向きに取り組んでくれる、強い味方ができたのか?
 
 キッチンに入ってきたリンジーとアラーナが、話をしていた。内容は聞いていないけれど、キッチンの仕事やスケジュール、現在の問題を説明していたのだろう。彼女は甲高い声で、機関銃のように話すので、普通のことを話していても、ネガティヴな印象を受ける。声のトーンは大切だ。
 次に、ヴィッキーとリンジーが話をしていた。こちらも内容は聞いていない。けれども、最後にヴィッキーがリンジーに言った言葉は聞こえた。
「私があなたをトレーニングする!」
 さすがヴィッキーだ。
 そんなヴィッキーに、リンジーは、彼女の右腕となって働いて欲しいと伝えた。ヴィッキーは大喜びだ。
 翌日から、ヴィッキーのトレーニングが始まった。アラーナや、従業員のこと、ウェイトレスの仕事について、詳しく教えている。特に、アラーナのことは、チーズケーキ事件もあったので、けちょんけちょんだ。

 実は、ヴィッキーがアクティヴィティ部を手伝っていた、不在の二週間で、私はアラーナと、そこそこ上手く働けるようになっていた。彼女との働き方は、それまでに把握しつつあったけれど、二人で働き始めると、これまで気が付かなかったことが見えてきた。

 彼女は、ウェイトレスから、住民の苦情は聞いても、誉め言葉をほとんど聞いていない!
 アラーナは、住民が小さいオムレツを希望しても、大きなオムレツを作るし、ベイクドポテトの注文が入っても、作らないことがある。ポテトがあるにも関わらず、だ。これらに対する苦情は、我々ウェイトレスが、アラーナの代わりに聞かなければならない。私たちも気分が悪いので、彼女に苦情しか伝えていなかったのだろう。
 アラーナが悪いとはいえ、これじゃ、働いていても楽しくない。
 そこで、どんなに小さなことでも、お世辞でも、住民が言うことを伝えることにした。
「リンダが、今日の目玉焼きはパーフェクトって言うてたで」
「デボラが、朝食を準備してくれてありがとうって言うてたよ」
「ボブが、パンケーキがカットされてたから喜んでたで」
「メリリンが、全部残さず食べてたよー」
 嬉しそうな、はにかんだ顔で頷くこともあれば、
「リンダは半熟よりちょっと固い目玉焼きが好きやねん!」
 こう自慢することもある。 
 彼女は朝食を作りながら、昼食の準備もする。クックは皆できることかもしれないけれど、私ならパニックだ。私もひとりで忙しいけれど、彼女が忙しそうなときは、トーストを焼く程度のことは手伝うことにした。
 綺麗だなぁと思ったときは、
「綺麗やなぁ」
 と言うようにした。
 小さなことだけれど、この積み重ねは大きかった。
「アラーナ、おはよう!」
「・・・おはよう」
 朝の挨拶も、小さな声だけれど、100%返してくれるようになった。
「ユミ、フルーツは全部切るから、ブドウだけ洗って、房から取ってくれる?」
 以前なら、テーブルにどーんとブドウが置いてあったけれど、彼女も、私にお願いするようになった。
「もちろん!」
 こちらも気持ちよく返事をする。
 先日は、自分が買ったマンゴを、私と一緒に食べるために持ってきてくれた。
 ひとりでサーヴィスと皿洗いをしていると、時間が足りなくなることがある。アラーナが、さりげなく皿洗いを手伝ってくれるようになった。
 一番驚いたのは、朝食後に来た住民のために、私が料理することを許してくれたことだ。
「ジーニーが来てん。スクランブルエッグを作ってあげてもいい?」
「ええよ」
 こう言うと、”アラーナの”大きな鉄板を使って、スクランブルエッグを作る方法を教えてくれた。ダメ元で言ったので、びっくり仰天だ。 
 アラーナがどういう人なのか、まだわからない。けれども、彼女は25歳だ。もう25歳と考えるか、まだ25歳と考えるか、人それぞれだけれど、自分を振り返ると、まだ25歳かなぁ。アラーナと、種類は違うけれど、あの頃の私はアホだった。
 アラーナの変化を見ながら、どこかの時点で「住民にとったら、これが最後の食事になるかもしれない」ということを伝えたいなぁ、と思っていた。

 話は戻る。リンジーは、アラーナについて、ヴィッキー以外の従業員からも、話を聞いていたらしい。
「最初の1か月は、静かに様子を見るけど、1か月が過ぎたら、私は行動を起こします。それまで、何か問題があれば、全部報告してちょうだい」
 このようにリンジーは言った。皆が、アラーナのネガティヴな部分ばかりを報告している。
「アラーナは、時間がある時は、いつもタオルで至る場所を拭いてますよ」
「皿洗いを手伝ってくれるようになりましたよ」
 彼女の良いところを、リンジーに言おうかな・・・と思ったけれど、やめた。リンジーは、従業員の仕事を冷静に見ている。
「あなたとは、話しはしていないけれど、ちゃんと見てますよ」
 私にこう言ったように、彼女は、アラーナの仕事もきちんと見て、判断するだろう。料理人の彼女だからこそ、理解できることもあるはずだ。

 ひと月後、働き方を変えるよう注意されるのか、労働時間を減らされるのか、解雇されるのか、いずれにしても、アラーナには、厳しい現実が待っている。
 アラーナとも、チームとして機能し始めていただけに、ちょっとかわいそうな気もした。けれども、これまでアラーナのしたことが、彼女に戻ってきているだけだ。因果応報、人を呪わば穴二つ、仕方がない。
 会社はこれまで、アラーナに甘かった。けれども、社会はそれほど甘くない。ここで痛い目に遭って、学んだ方が、彼女のためだと思うことにした。35歳じゃなくて、25歳で痛い目に遭う方が、傷は少ない。料理人として、ひとりの女性として、彼女の人生が良い方向にターンしてくれるといいなぁ。

 こうして、リンジーの就任により、私たちの職場が改善される可能性が出てきた。
「スケジュールを守らないウェイトレスは、その場でクビにします」
 数人のサーヴァーが採用されて、皆がスケジュールを守るようになれば、急遽呼び出されることもなくなる。

「住民の食事が改善されて、サーヴィスもきっと良くなるぞー!」

 希望の光が見えたときだ。ヴィッキーの元に「採用」の連絡があった。ウェイトレスしかしてこなかったヴィッキーが、はじめてキャリアにつながる仕事に就ける。お給料もいいし、休日も多い。昇給もある。
 ヴィッキーにはヴィッキーの人生がある。セレブレーションだ!
「おめでとう!」
「嬉しい!でも、住民を悲しませることがつらい!」
 こう言って、ヴィッキーは、涙を浮かべた。
 住民は悲しむと思うけれど、皆、まだまだ先の長い、彼女の未来が幸福であることを望んでくれるはずだ。そして多くの住民は、彼女が思っている以上に早く、彼女がいたことを忘れる。

「Everybody, Happy?!」

 住民が楽しんで食事ができるようになり、ヴィッキーやアラーナに明るい未来が訪れる。
 最高ですな😁

♬ ヴィッキーの再就職を祝って♬


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