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ちょっとだけスローダウンしてみよう♬

 私は、シアトルにある老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。

 色々問題のある職場だけれど、仕事そのものは大好きだ。別の部署へ変わったアンも、転職活動中のヴィッキーも、この仕事が大好きだ。彼女たちが辞めた、辞める理由は、キッチンを独裁するクックのアラーナと、その問題を放置する会社だ。私より長く働く彼女たちは、戦いに疲れてしまった。

 二人がいなくなると、残る従業員は高校生と大学生だ。特に、二人の女の子は、仲良しの従業員とおしゃべりをするためだけに、仕事へ来る。私も彼女たちと同じ時代があった。学生だし、家賃も払わなくていいし、アルバイトが楽しいことは、よーくわかる。スーパーヴァイザーがいないので、適当に働き、休みたいときに休み、好き放題にしてもクビにならない。給料が安くても、辞めたくないこともわかる。
 それでも、この自由を維持するためにも、彼らをカヴァーするおばちゃん(私)の健康を維持するためにも、掃除や補充など、もう少し働いてもいいのではないか?とは思う。とはいえ、クビにならないのだから、もう少し働く気になるはずもない。
 文句を言ったところで、相手は変わらない。会社も、変わらない。転職しないのであれば、ぐだぐだ言わず、キッズたちのやり方を理解して、適当にコントロールし、自分も楽しく働く方法を考えるしかない。

 さて、ここ2週間のことだ。アクティヴィティ部の人手不足をカヴァーするために、ヴィッキーが駆り出された。おかげで、彼女が転職した後の状況を、リアルに体験できた。
 朝食はひとりで対応できるけれど、昼食は、ヘルプが必要だ。高校生、大学生の男の子たちが、カヴァーしてくれることになった。

 ベテランのマシューは、イヤフォンで音楽を聞きながら、淡々と仕事をする。女性の住民たちは、ブロンドの彼を見ているだけでウキウキ、大喜びだ。
 彼は、異様に仕事が早い。私が皿洗いを終える前に、テーブルセッティングを終え、掃除機、モップまでかけ終わる。どうやったら、こんなに早く終わるのか?皿洗いを終えた後、ダイニングルームへ行くと、床がビショビショだった。モップをかけたと言うよりも、水をまいた感じだ。
「なんやこれ~!水たまりやん!」
 たまたま入ってきたヴィッキーと、大笑いをした。ディナーまでに渇けばいいし、モップをかけないより、かける方がいい。
 皿洗いも、ものすごく早い。ある日、コーヒーカップのバスケットと、グラスのバスケットを二段重ねて、ディッシュウォッシャーに入れている場面を目撃した。合理的なのかもしれないけれど、肉や魚、油のついた調理器具を洗った後に、グラスのカップを洗っても、綺麗になるはずがない。しかも、二段重ねだ。知らなければ気にならないけれど、知ってしまうと、その汚れが気になる。翌朝、すべてのグラスを洗い直した。合理的なようで、非合理的だ。
 その他にも「雑ーーー!」ということがいっぱいあった。けれども、これが男の子なんだろうなぁ。
 いずれにしても、彼は仕事をしていないわけではない。細かいことをとやかく言うよりも、気持ちよく仕事をしてもらう方がいい。なぜならマシューは、オーダーを取るだけで、女性陣をハッピーにできる。これは他の人にはできないことだ。
 
 人手不足を補うために、マネージャーのベルナルドは、エチオピア人のナホームを採用した。彼は高校生、しかも、初アルバイトだ。
「人手不足やのに、なんで働いたことのない子を雇うん!?」
 受付嬢になったアンが怒っていたけれど、彼は、従業員のいとこだ。採用せざるを得なかったのだろう。彼以外の応募者が、いなかったのかもしれない。
 とりあえず、同じエチオピア人のトーマスが、彼に、仕事を教えることになった。三人で仕事をした日、ダイニングルームは二人に任して、私は皿洗いをすることにした。皿洗いを終えて、ダイニングルームに戻ると、椅子に座ったナホームが、テーブルセッティングをしているトーマスを眺めていた。・・・不思議な光景だ。とはいえ、教育を担当したのはトーマスなので、余計なことは言わない。
 それからしばらくして、ナホームと二人で働くことになった。
 高校生の彼は、住民の名前も、ほとんど覚えていた。仕事もそこそこ覚えているようだ。
「サーヴィスはほとんど終わったから、私は皿洗いに入るわ。残りの住民は任せるで!」
「ユミ、任せといて!」
 頼もしい。皿洗いをしている途中、時々、ダイニングルームをのぞく。きちんとサーヴィスをしていた。
 ところが、客がいなくなると、彼もいなくなった。逃走癖があるようだ。仕事に戻ってきたナホームに言った。
「ダイニングルーム片付けて」
「OK!任せて!」
 途中、何度か逃走していたけれど、仕事が終わる頃には、頼んだことは終えていた。要領はいいのだろう。
 初仕事だし、何をすればいいのかわからないのかな?と思っていたけれど、そういうわけでもなさそうだ。彼は、言わなければ何もしない。本当に、何もしない。逆に、言われたことは全部する。
 ナホームと働くポイントは「次の仕事を指示し続ける」だ。

 ナホームを教育したトーマスと一緒に働いた。トーマスが、ドリンクサーヴィスと皿洗いを申し出たので、私がオーダーを取ることになった。
 結果・・・うそーーーっ!と叫びたくなるほど、忙しかった。
 彼は、最初のドリンクサーヴィスを終えると、の~んびり皿を洗っていた。けれども、彼が皿を洗っている間にも、住民は次々とやって来る。ドリンクをサーヴィスし、オーダーを取る。料理も運ぶ。皿も下げる。デザートも出す。
 忙し過ぎる!
「トーマス!ダイニングルームも見てくれへん?」
 キョトン・・・まん丸な目で、私を見るトーマスに、こちらもキョトンとしそうになる。どうやら、私とは、働き方が違うようだ。
「怒ってるんじゃなくて、質問やねんけど。ディナーの人は、いつもこんな感じで仕事してるの?皿は、終わってから下げるの?」
「うん。そうやで。ユミは違うの?」
「デザートが終わるまでは、二人ともダイニングルームにおるよ。次の住民が来たときのために、食事が終わったテーブルは片付けるで」
「ふーーーん」
 あまりピンとこないようだ。
 サーヴィスが終わり、片付けをしているときのことだ。彼が、箱からゴミ袋を取り出した。
 彼と私の時間の流れが全然違うーーー!
 こんなにゆっくり、ビニール袋を取り出すことができるんだ!というくらいスローだ。スローモーションくらいスローだ!しかも、ゴミ袋を取り出すだけなのに、なんだか楽しそう。
 ・・・なるほど、これがトーマスなんだ。
 彼の横を通ると、いつも鼻唄をうたっている。トーマスは、常に穏やかで、マイペース、そして機嫌がいい。ナホームが椅子に座っていても、彼が仕事を覚えていれば、気にもならないのだろう。
 彼の素敵な部分を大切にしたいと思った。
 もうひとつ、トーマスとナホームは「男」という意識が強いと感じた。私が何かを運んだり、持ち上げようとしていると、必ず手を貸してくれる。エチオピアの文化なのかな?

 テーブルを綺麗にしたり、砂糖やミルクを補充したり、掃除をしたり、私はクルクルクルクル、ずーっと動いている。好きでやっていることだし、これが私の働き方だし、こういう人も必要だとは思う。
 けれども、ここは老人ホームだ。おじいさんとおばあさんの家なのだ。少しくらい食事のサーヴィスが遅れても、だーれも困らない。
 のんびりと、穏やかな雰囲気で仕事をするのも、大切だよなぁ。できるかどうかはわからないけれど、ちょっとだけスローダウンして、おじいさんとおばあさんが一番求めていることを、考えてみようと思った。
 男の子たちの仕事を見て、お勉強をさせて頂きました😊
 


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