2022年11月内田善美『星の時計Liddell」感想

内田善美の漫画については、ネットなどで噂や評価を読む限り、神格化されているものも見かけます。
内田善美の漫画はすべて絶版になっており、中古でも価格が高騰しているので、簡単には読むことができません。絶版などで手に入りにくいものが伝説化することはよくあることだと思います。この漫画だけはマンガ図書館Zにてすべてデジタルで読むことが可能です。

私はたまたま貸してくれる人がいたので、紙の漫画でよむことができました。

メインの登場人物の夢の中にでてくる、家やそこに住んでいる女の子に触発されて、家を探すというのが、話の筋になっています。話の筋は一応あるのですが、あってないようなもので、夢などの精神世界の話をしていることが多いです。空想的幻想的あるいは妄想的なことというよりは、現実に即しつつ漫画が発表された当時の流行りや先端の精神世界に関する考え方を、登場人物の言葉を借りて、話していくような感じです。

まず絵がとても上手だと思いました。特に背景で例えば、家やその中の家具などの室内の設え・調度品、都市の景観、また木や森といった自然物が圧倒的に上手でした。その中でも印象的だったのは、木目の描き方です。おそらく木目をすべて手書きしていると思うのですが、家具や家の外観などに使用されている木に、びっしりと木目が描かれていて、執拗なまでに感じました。
個人的には今年、水木しげるにハマっていたのですが、同じような背景への執着というか、きっちりと描かれているところが、似ているなと思いました。

また室内の描き方について、1巻の最初にでてくる、人のいない、物もあまり置かれていないような空間の描き方が、デンマークの画家のヴィルヘルム・ハンマースホイの影響を感じました。Wikipediaによるとハンマースホイの評価は割と近年のようですので、内田がこの画家から影響を受けているかどうかは定かではありません。しかしネットでも同じように感じている人が散見されるので、同じように思う人は多いようです。

影響を受けているところでいえば、映画監督のタルコフスキーやジャズのビックス・バイダーベック(漫画中ではヴィックス)、といった名前が登場人物にそのまま用いられていたり、エドガー・アラン・ポーの詩が用いられていたりなどしています。
ここまでで、影響を受けているであろう人物からするに、インテリっぽいというか、サブカルっぽいというか、当時のマニアックな層にはとても受けたのはわかります。そういうところからも、神格化に繋がりやすかったのかなとも思いました。
また内容の難解さや捉えどころのなさも、何度も読み込むことで、ハマっていくタイプの作品であるように思います。そのため語るファン層が、濃い感想を記しているのだと思いました。

少し話はかわりますが、絵(画面)が止まっている、という批判がこの作品に限らず内田の絵にはあるようです。たしかに、静止しているような構図や人物の描き方をしているように見えますが、この作品に限って言えば、そのことは特に問題は無いように思います。スポーツや人物や物体に動きのある話なら、問題あると思いますが、そもそも夢などの精神世界の話なので、話を読んでいても違和感はありませんでした。

またこの漫画の題材や絵の雰囲気、小ネタのようにでてくる影響を受けているであろう実際の人物、また枠外での作者のつぶやきや、こぼれ話のようなものなど、全体的におしゃれさを感じます。これは皮肉などではなく、字義通りの意味を意図しています。基本的には、登場人物や設定が海外(アメリカ)で、お金持ちで頭の良い人がよく出てくるので、作品の根の部分というか、最初の部分で憧れがあるように思わせる設定になっています。もちろんすべての読者がこのようなものに憧れがあるとは思いませんが、そういう印象をもつ人が多かったのではないかと思います。ハイソサエティーな印象があるということです。キラキラしているようにみえることは、いつだって羨ましいものなのだと思います。
少なくとも私は、普段意識してはいないものの、どこかそういう部分を持ち合わせていたりもします。

漫画の内容の感想としては、かなり難しかったです。そもそも精神世界の内容についていくのが、なかなか難しいなと思いました(精神世界そのものの内容に興味がないということもあります)。漫画の中で話されている、精神世界や夢に関する内容、あるいは説明もあまり覚えていません。というかあまり理解できなかったので、おそらく覚えていないのもあるのだろうと思います。
それでも、絵の素晴らしさは見ていて思わず手が止まるほどでした。

最初に書いた通り、紙で読むことは相当に難しく、手軽に読める方法としてはデジタルでしかありません。その点は私は恵まれていたと思います。
デジタルでは読める環境があればよいと思いますが、それでも上記のホームページの存在を知らないと、そこにたどり着くことはできません。
またPCやネット環境にない人、紙でしか漫画を読まない人(基本的には私もそうです)、などのためにも、紙媒体での再版がされるとよいなと思います。

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