【詩】誰も知らない
暗い夜の海で難破船から投げ出され
うねる波の間につかのま漂う人々の叫び声を
聞くことはできない
遠い朝の渚に打ち寄せられた子供達の亡骸を
見ることはできない
その叫喚は私の声ではない
私の妻の声でもない
その小さな身体は私の子ではない
三月の昼過ぎ
日差しのぬくもりを額に
微風の柔らかさを頬に受けながら
妻と子と三人で浜辺を散歩する
輝く凪の彼方
明度の異なる青が接する
水平線を眺めていると
波打ちぎわにしゃがみこみ
砂をいじっていた娘が
お気に入りのピンクの帽子を少しあげて
「パパ、ほらサクラガイ」
あの地とこの地は海でつながり
一つの同じ太陽の光を浴び
一つの同じ月を仰ぐ
もちろん
貝のうえにすくっと立った長い髪の女神が
海のうえに顕われることはない
それは誰もが知っている
しかし
何故 私と妻と子はこの地にいて
彼等はあの地にいたのか?
誰も知らない
(註)語り手の〈私〉は作者ではありません。
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