まっすぐなストーカー熟女 Tさん50才


何年か前にわりとというかかなり強烈なインパクトを残した女性が1人で来店された。年はアラフィフあたりで樹木希林さんを出っ歯にした感じのちょっとふっくらした体型の笑顔がチャーミングな方だった。
その時店内は20代の男女合わせて5、6人ぐらいのお客さんたちがいて、その方たちとも気さくに乾杯して話かけられとてもフレンドリーな感じの良いお客さんだなぁというのが最初の印象でした。

しかしそれがまさか数十分後に皆を恐怖に震え上がらせる事になるとは想像だにしませんでした。
わたしもまだまだ見る目がないというか修行が足りないなと思います。

その方はTさんと言いました。
Tさんは今までずっと独身ということでした。
仕事は色々とやってるのよとおっしゃってました。
そんなTさんはある恋をしていると言いました。
それもそんじょそこらにありふれている恋と違って一生に一度あるかないかぐらいの恋ということでした。

あるマッチングアプリで2人は出会ったらしく相手の方は40代後半の既婚男性ということでした。その時点で私も含めて若者たちもあれっという感覚がありましたがまぁまぁそういうタイプの大恋愛もあるよねぇと思い続けざまにマシンガンのごとく話すTさんの話に耳を傾けていました。

その既婚男性のS氏とは何日かのメールのやりとりを経てから実際に会ってみて初対面の時にこの人と私は運命的なものを感じると確信に至ったそうです。
ちなみにわたくしはこの手の初対面時の瞬間的に感じる運命的な直感が何割か、いやっかなりの高確率で勘違いだということをお客さんからの話を元にした統計データを様々な角度から分析した結果知っております。野球でいうと巨人の小林の打率と同等かそれ以下ぐらいしか当たらないです。


そして運命を感じた2人(もしかしたら1人)は言わずもがなその日のうちにそういう行為にいたり、そしてその後も何度かそういう関係が続いたそうです。
そして3か月ほど経ったある時、彼に突然もう会えないから連絡をしないでほしいと言われたみたいでした。
理由は奥さんに関係がバレたことが理由ということでした。

なるほどよくある展開だなぁと皆が思っていると、Tさんの話はそこからが違いました。
普通というか一般的な考えだと不倫関係が相手のパートナーにバレたもしくはバレそうになったと聞くと、まずいなとか慰謝料請求されるのかなとか申し訳ないとかどうやってこの事態を切り抜きようとかそんな考えになると思うのですがTさんは違いました。

Tさんは嬉しいと思ったみたいでした。

これでもうこそこそする事はないと、奥さんと正々堂々と大好きな人をかけて勝負できると思ったみたいでした。
そこでTさんはS氏に奥さんと話させてほしいと、きっと私なら説得できるみたいな事を言ったみたいで、この時点ではいやいや何を説得するんだと思いましたが、Tさん曰く普段そのS氏からは奥さんの愚痴をよく聞いておりこのS氏を奥さんから解放してあげることが私の使命だと信じて疑わなかったみたいです。

まぁこのS氏も相当軽率だったと思いますが、まさか自分がホテルかどこかで口にした何気ない嫁の悪口がとてつもないエネルギーに肥大化されるとはおもわなかったでしょう。

その後のTさんの行動はいっさい迷いはなく3ヶ月の間にリサーチ済みだった自宅と会社を何度も訪問して奥さんも含めての話し合いを試みたみたいですが、S氏からはもう話すことはないし、申し訳ないが今後はいっさい関わらないでくれと言われたそうですが、Tさんはそれはあくまでも奥さんに洗脳されてそう言わされていると信じて疑わなかったみたいです。

実際S氏からの突き放すようなメールの内容も見せてもらいましたが、これは一言一句奥さんの意思が反映されていてこの人はこんなこと言う人ではないと言ってました。
きっと嫌々言わされているんだと。

ここぐらいまで話した時点で若者達、特に女子達はドン引きを通り越して鬼のごとく引いておりましたがTさんはその気配を感ずることなく話を続けました。
ちなみにわたくしはと言うと若者達とは相反するようにどんどんとTさんの話に引き込まれてしまいました。
なので止めるどころか絶妙の合いの手を入れつつ暴走機関車に薪をくべてしまうのでした…

そしてある時まったくS氏と連絡が取れなくなり自宅付近にも行けなくなったことに剛を煮やしたTさんは(おそらく当局が動いたからだとわたしは推測しました、きっと当局から何度か注意も受けたと思います)その夫婦が2人でよく出かけるイオン的なところに週末の度に待ち伏せして、ついに2人を見つけ直談判を試みることにしました。

そして話し合いの末に奥さんから、
こうなった事(おそらく警察沙汰になったこと)やあなたを傷つけてしまった事はうちの主人にも非がありあなたには申し訳なく思っていますけれども、それでもさすがにやり過ぎだと思います。
お願いなので今後は二度と私達夫婦と関わらないでほしいと泣いて土下座されたと語っておりました。

ただTさんはここで私が折れてしまっては一生このS氏は救えないと思ったらしく、丁重に断ったそうです。

いやっS氏もっとがんばれよ!

なに嫁を土下座までさせておいて丁重に断られとんねん!

と皆様はお思いかもしれませんが、おそらくS氏は精魂尽きていたんじゃないかと勝手に推測しました。自分が言っても、当局が動いても、嫁土下座でさえTさんの頑なな岩のような意志を打ち砕くことはできませんでした。

わたくしはT氏をただただすごい女性だなと思いました。
そして茫然とその話を聞いていました。

まぁ基本的にはこのS氏はどうしようもないバカであり、それは不倫したという事もそうであるがその事だけでなく、相手のポテンシャルを測り間違えて脇が甘い言動を繰り返した結果、自宅住所や会社を知られそして行動パターンもすべて把握され、ほんの火遊びの予定だったのだろうかは分からないけどおそらくまぁきっとそうだったとして、その代償として奥さんまで巻き込んで夫婦共々精神がぼろぼろになってしまったと。

しかしこのTさんという人間はなんて底知れぬパワーを持っているのだろうと戦慄を覚えました。
が同時にくったくなく笑顔で話すTさんが悪い方に思えなくて、むしろとても純粋でまっすぐに愛と向き合っている方なんじゃないかと、そしてあまりにも不器用なんだなぁと、そんな風にも思ったりもしました。

Tさんは現在もその夫婦に対して説得をしようと試みているそうです。いつか分かってくれるはずだと。最近はレンタカーを借りて彼が自宅から会社までの車通勤している後ろを尾行するのが日課になっているとのことでした。

Tさんはその時の彼は私が後を尾けていることを知っているかのようにゆっくり走ってくれていると言ってました。
そして彼が建物に入っていくのを毎日見届けるのだそうです。


圧倒的なスケールの話をされた後に静寂が待っていましたがそこはなんとか店主であるわたくしが間を埋めつつTさんにはなんとかうまく話して帰って頂きました。

その後の若者たちはまるで未知との遭遇をしてしまったような顔つきでした。
でも世の中に色んな人がいると言うことを知ったということでは良い経験だったのかもしれません。

私はまたいつかTさんが来店するんじゃないか、来て欲しいような欲しくないような絶妙に揺れ動く中年心を胸に抱きつつ本日もカウンターに立っています。

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