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『咲く花に寄す』 その9

     7 承前

「そや……ちょっとこれ、見てもらえませんか」
 内ポケットに収めていた地蔵を取り出すと、包んであった袱紗を解いて老職人に手渡す。
「大谷に、これと同じようなお地蔵さんがいくつか残されてるらしいんですわ。もしかしたら、その先輩の造らはったもんちゃうやろか?」
「うん、うん、おう……」
 老職人は、大切そうに両の手に包んで、じっくりと検分する。
「なんと美しい……。確証はできひんけれども、先輩が造ったとしても、おかしゅうない思いますわ。そら優しいお顔、彫り上げる人でしたさかい。そういうたら、このお地蔵さん、なんやお嬢ちゃんによう似てはるなあ」
「おう、そういうたら!」
 老職人は、彼の横にちょこんと座って大人しく話を聞いている美佳を、面白そうに眺める。
「お嬢ちゃん、お利口さんやなあ。お嬢ちゃんの探してる仏さん、きっと見つかりますで。もしおじちゃんが仏さんやったら、こんなお利口さんは絶対にほっとかれへんもんなあ」
 そう言って、お地蔵さまそのものの柔和な微笑みを、飾り気のない貌に浮かべる。

 国電……もとい、JRに乗って帰宅すると、ちょうどお午を過ぎた頃合いであり、お茶を飲んでゆっくりしているところに、土曜日で半ドンの健吾が帰宅してきた。同刻に終わっているはずの弟信吾の姿はまだ影もなく、どうやら早く合流したくてダッシュで帰ってきたらしい。
 みんなで昼食を食べてから、近くの賀茂神社にお参りに行くことにする。何か祈念をと言うよりは、腹ごなしの散歩の意味合いに近い。
 年経た木製の一の鳥居を潜ると、石灯籠が並ぶ真っ直ぐな参道の先に、社殿が見えている。地域の産土様だが、創建は平安時代にさかのぼり、鎮守の杜に抱かれた境内は、清々しい御神気に満ちている。
 境内のはずれにはブランコと滑り台があり、お参りを済ませた後、子供たちを遊ばせる。優等生タイプの信吾は、習い事があるからと誘っても来ず、健吾と美佳が二人並んでブランコを揺らしている。
 年齢も性別も違うのに、気が合うのか一緒にいるのがストレスではないようで、何やら話してはクスクス笑っている。健吾ももう小五で、ブランコが楽しい年でもないだろうに、美佳の年齢に合わせた速度で揺らしてやっていて、優しいやつだなと微笑ましく思う。
 石段に腰掛けて、子供たちの声を聞きながらのんびり日向ぼっこをしていると、神主の荷田さんが現れて、しばし世間話をする。翌日の節分祭の準備があるらしく、彼も竹ぼうきを持って、境内を清める手伝いをする。
「ああ、これは一ノ瀬のだんなさん。いつもご苦労さんです。だんなさん手ずから、お手伝いしてもうて、すいませんなあ」
 続いて、荷田の奥さんも姿を表す。孫が同級生なこともあって、顔を合わす機会も何かと多い。
「ほう、梅ですか?」
 奥さんが抱えた新聞紙に包まれた、紅白の梅の花がふと目に留まる。微かな芳香が花をくすぐる。
「そうですねん。立春のお供えですねん」
「そうですか。そら神様も喜ばはりますわ」

 しばらく後、子供たちを携えて、砂利道の参道を歩んでゆく一ノ瀬を見送りながら、荷田の奥さんが荷田氏に語りかける。
「お父さん、観音さま、出しといたげて下さいや。お供えの梅の花、買うてきましたさけ」
「そうか、もうそんな時季か。早いなあ」
 大きな楠から降り落ちて、地面でキラキラと揺れている木漏れ日を眺めながら、荷田氏がつぶやく。まだまだ寒気は厳しいが、陽射しからは春の陽気が確かに感じられるようになっている。


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