『咲く花に寄す』 その12
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荷田みやこは一ノ瀬健吾のことが好きだったが、それを誰にも言ったことはなかった。
けんちゃんーー一ノ瀬くんは、クラスの中で変わり者だと思われている。いつもぼんやりしていて、クラスの行事にも積極的に参加せず、みんなの輪からちょっと離れて、なりゆきを見守っている感じ。
低学年の頃はそうじゃなかった。もっとハキハキしていて、授業中はいつも手を上げてたし、休憩時間も大声をあげてグラウンドを走りまわってた。一番に学級委員に選ばれるのはけんちゃんだったし、図工や作文のコンクールでもよく表彰されてた。
それが、しだいにクラスから浮くようになり、特に五年生に進級して、担任が北村先生になってからは、どんどんぼんやり度が増してしまった。けんちゃんのどこが気に食わないのか、すっかり目をつけられてしまって、よく立たされては厳しく怒られている。けんちゃんの方は特に反抗はしないけれど、いつも眠そうな眼をして説教を聞き流していて、そんな態度が余計に腹立たしいらしい。
みやこも北村先生は大嫌いだ。あからさまに差別するし、出来の悪い子は眼鏡の奥の眼を冷たく光らせてにらみつけたりして、その冷たさに本人は全然気づいてなくて、逆に良い先生ぶってるところがキモチワルイ。早く進級して担任変わらないかなといつも思う。
けんちゃんは、クラスの女子たちからも、全然人気がない。女子グループの会話でいつも主流になる「恋のお話し」でも、けんちゃんの名が上がることはまずなかった。
もしかしたら、こっそり好意を抱いてる人もいるのかもしれないけれど、なかなかみんなの前では彼の名前は出しづらい雰囲気がある。かく言う自分もそうで、「ええ~っ一ノ瀬~?!」なんて、仲良しの子たちから失笑される光景が目に見えてしまって、ついもごもごと口をつぐんでしまう。
けんちゃんの良さは、なかなか表には現れない。アイドル顔ではないし、運動も得意ではなさそうだし、大声で流行りのギャグを言ったりもしない。
カラカラに乾いた花壇に水をあげていたり、いじめられてる子に後で声をかけてあげてたり、転んで泣いてる一年生を保健室に連れて行ってあげてたり……と、目立たない所でこっそり優しさを発揮してることが多くて、そんな姿を見るたびに胸がキュンとしてしまう。
片思いはもう何年になるだろう。このまま幼なじみでも良いやと言う気持ちと、ちゃんと君の良さを見てる人もいるよって、伝えてあげたい気持ちとが、押しくらまんじゅうしている。
今年のバレンタインこそ、思い切って告白しようって、お小遣いをはたいて京都のデパートでチョコレートを買っていたのだけれど、北村から「校内へのチョコの持ち込み禁止!」の通達が出てしまい、せっかくの計画が台無しに。宝石みたいに綺麗なチョコレート、どうしようかなとみやこはまだ迷っている。
日曜日の今日は、10時からけんちゃん家の酒蔵、大谷酒造を訪れて、おじいさんから話を聞くことになっていた。グループ課題の件でみんなで相談した時、他の案もあったんだけれど、班長の強権を発動してちょっとゴリ押し気味で酒蔵に決めてしまった。
友達と待ち合わせて、けんちゃん家の、まず店の方ではなくお家の方に行くと、前の庭でけんちゃんは小さな女の子とボール遊びをしていた。
お人形さんみたいに可愛い女の子で、綺麗な東京の言葉を話すし、ちょっと浅香唯にも似てるし、瞬く間にみんなのアイドルになってしまった。けんちゃんは、自分だけの姫さまを奪われたみたいで、面白くなさそうにしてたけれど、そんなことにはお構いなしに、女子だけで集まって大いに盛り上がった。
美佳ちゃんと言うその子は、けんちゃん家の親戚ではなく、何か大切なお願いごとをするために、わざわざこの大谷までやってきたらしい。
”うめかんのんさま”という名前を聞いた時、何か心に引っかかるものがあった。ぼんやりしたあるイメージが、心に浮かんだ気がした。でも、その時はそれが何なのか、思い出すことはできなかった。
この日も午後から、かんのんさまを探すべく隣り町のお寺をいくつか回ってみるそうで、興味を惹かれたみやこも申し出て、同行させてもらうことにした。
「遊びに行くんちゃうねんからな」と、憮然とした表情のけんちゃんも、ちょっと楽しそうに見えた。
おじいさんのお話は、とっても面白かった。
蔵の中を巡りながら、お酒のできるまでを教わって、試飲はできないので、搾りたての原酒の香りを匂わせてもらった。次いで、お家にあげてもらってからは、酒米の生産者さんとの繋がりや、完成したお酒がどんな所に売られてゆくか等、以前の蔵見学の時には聞けなかった話もたくさん聞くことができた。お父さんに借りたカメラで写真も撮ったし、良いレポートができそうだった。
「せや、一ノ瀬くん、写真撮ったげるわ」
帰り際、なるべく何気ない口調で、内心ドキドキしながら、みやこはそう言う。
「なんで?」
「フィルム余ってんねん。使てしまいたいねん。あんたなんか撮んのんちょっともったいないけど、無駄にするよりましやろ」
「なんやねんそれ」
ぶつぶつ言いながらも、健吾は庭の植木をバックに、一人で佇む。
「せや、美佳ちゃんも入り。女の子入った方が、はなやかになるし。うん、ええ感じ。はいポーズ!」
コンパクトカメラのファインダーを覗き込みながら、みやこはシャッターを切る。綺麗に撮れてますようにと、密かにお祈りする。
「なあみんな、最後にちょっと聞いてくれるかあ」
おじいさんが、帰る前に庭であれこれしているみやこたちに近づいてくる。
「みんなの家に、こんなお地蔵さん、お祀りしてへんかな? なんでもええから、知ってることあったら教えて欲しいねん」
おじいさんは、両手のひらで大切そうに包んだ、小さくて愛らしい木彫りのお地蔵様を、みやこたちに向ける。
「あ、それ、うちにあるかも……」
みやこは小さく右手を上げる。
「ほう、そうなんか?」
「うん、おじいさんが大切にしてはる。床の間に飾ってあるねん」
「なあ、みやこちゃん、ちょっとお話しうかがいたいから、夕方いっぺんおじゃましますて、おじいさんに言うといてくれへんかな?」
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