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秋月夜(六)

     三(承前)

「いやあ、めっちゃええとこですやん! こら流行りますよ!」開口一番、周囲を見渡しながら、信吾はそう言う。
「でしょ? めちゃ良いとこなの。場所、すぐ分かりました?」
「はい、ちょっと高台なんですぐに。おお、兄きも居てたんかいな。久し振り」
「おお」健吾は、ちょっと顔を上げて見せただけで、そのまま作業を続ける。外では愛想が良いのに、照れがあるのか身内にはつっけんどんなのが面白い。
「助かってるのよ〜、お兄さん居てくれて。畑と庭の手入れから、家の補修や優希の子守りまで。有り難くって、ずっと神棚に祀っときたいくらい」
「ちっちゃい時からなんですよ。自分の事やと腰重いのに、人の為やったらよう動いてねえ。きっと楽しいんでしょう。遠慮のう使たってください」
「ありがと。お墨付きが出たから、遠慮なくこき使う方向で」
 そのまま庭で、打ち合わせがてらの雑談をしていると、程なく幌を張ったトラックが到着する。緑のポロシャツを着た二人組の配送員が、布団でグルグル巻きになった冷蔵庫を下ろし、台車に乗せて指示した場所にセッティングしてくれる。
「本当にありがとうございます。厨房の冷蔵庫まで用意していただけて。欲しかったんだけど、予算もあって思いきれなくてね。正直助かっちゃった」
「ええんですよ。中古ですけど、ちょうどええ出物があってね。前のショーケースとセットで、安してもらえましたし。お役に立てたなら僕も嬉しいです」
 はっきり口には出さないが、「兄への祝儀」的な意味合いもあるのかもしれない。その辺はどう転ぶのかまだ未知数だが、“予祝”として有り難く頂いておくことにする。
 コンクリ敷きの土間に、シルバーの業務用冷蔵庫がぴったりと収まり、コンプレッサーの音を響かせ始める。幅60センチほどと、ちょうど美佳が欲しかったサイズであり、これがあると出せる料理の幅はかなり広がる。
「良かったやん。だいたい自分用に、一升瓶ダースで冷やせる冷蔵庫欲しいとか言う話やったもんな」
 作業を終えた健吾も、いつの間にか後ろから眺めている。
「うるさいよ、そこ!」
「そういえば美佳さん、蔵にご自分用のタンク欲しい言う話でしたけど、次の仕込みからご用意さしてもうた方がよろしいですか?」
「あ〜それ、なんだか現実味帯びてきちゃったねえ。とりあえず見積もり出しといてくれるかしら。一千万以下ならゴーサインで」
「太っ腹……。もう蔵経営したらええやん」
 談笑する三人を尻目に、ポロシャツ姿の配達員二人はテキパキ動いて、次いで玄関に四面ガラス張りの小型冷蔵庫を設置する。
 石敷きの玄関は四畳半ほどのスペースがあり、十分店舗としても利用できる。この後、冷蔵庫の並びにレジカウンターを設置し、中央に小さなテーブルと椅子を数個、置くつもりである。
 作業が終わる頃合いを見て、「ご苦労様でした」と、レモンをたっぷりきかせたシソジュースをサーブする。無愛想だった癖毛で黒縁メガネの配達員さんが「ごちそうさま」とかすかに笑ってくれる。
「信吾さん、お昼食べてくでしょ?」トラックを見送ってから、美佳が声をかける。
「ええんですか? じゃあ遠慮なく」
「あ、ほのかちゃんのおっちゃんや!」かあちゃんおなかすいた〜と裏口から飛び込んできた優希が、目ざとく信吾の姿を認める。
「おおゆきちゃん、元気そうやなあ」
「うん。なあ、ほのかちゃんは?」
「ほのか今なあ、田舎のおばあちゃんとこいっとんねん」
「田舎って奥さんの?」
「はい。島根の山奥なんですけどね」
「なあんや」
「はい残念でした。このへん案外子供が少なくってね、この子同じ年頃のお友達に飢えてるのよ。そういえば、こっち来てからずっと一人で遊んでるかも……」
「いっつも何して遊んでるんですか?」
「さあ……何してんだろ。いやだ、急に心配になってきちゃった。ねえ優希、あんたいつも一人で何してんのよ」
「さあ〜」
「さあって! 今さっきのことでしょう。思い出しなさい!」
 裏の水場でザブザブと汗を流しながら、健吾は笑い合う三人を優しい視線で見つめている。

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