見出し画像

スポーツとギャンブルの過去・現在・未来

#1 WINNERについて

 

  2022年9月、日本のスポーツベッティング(スポーツ賭博)に画期的な出来事がありました。スポーツくじ(正式名称:スポーツ振興投票)で、(1)「WINNER」と名付けられた新たなくじ種が販売開始したこと、(2)左記の「WINNER」において、バスケットボールの試合が賭けの対象となったこと、の2つです。
 従来のスポーツくじは、どれだけ少なくても2試合の試合結果を予想する必要がありました(これは後述するように、スポーツくじを競馬や競輪といった公営競技よりもギャンブル性を低くするための工夫でした)。ですが、WINNERは1試合の結果――単純な勝ち負けではなく、何点対何点で決着するかを予想――から投票の対象となったことです。
 実際、これはスポーツくじにとっても、スポーツベッティングの法規制という観点からも、大きな出来事です。というのも、戦後日本において、ごくわずかな例外を除いては、単一の試合の勝敗を賭けの対象とする合法のギャンブルは、公営競技の他に存在しなかったからです。
 さらに言えば、賭けの対象となるゲームは、サッカー(Jリーグ)だけでなくバスケットボール(Bリーグ)にも拡大しました。これらの改革は、は2020(令和2)年のtoto法(スポーツ振興投票の実施等に関する法律)改正によるものです。
 スポーツくじに新商品を導入する「ねらい」を、スポーツ庁は以下のように説明しています。(経済産業省 第6回地域×スポーツ産業研究会(2021年1月26日)「資料4 スポーツ庁説明資料」,p4)

 ところが、この改正は、良くも悪くもあまり注目を集めませんでした。このことには色々な理由が考えられますが、一番大きいのは、スポーツくじ自体があまり関心を集めていないことであると考えます。日本のギャンブル市場において、スポーツベッティングの存在感は薄い。これはパチンコと各種公営競技、そしてスポーツくじの売上を比較すれば明らかです。
 戦後、民衆のギャンブル需要のほとんどはパチンコによって充足されてきました。パチンコによって満たされない需要も、公営競技によって消化(昇華)されてきました。したがって、1990年代末期、日本社会が成長から成熟へとシフトしたときに誕生したスポーツくじへの関心は、非常に低調だったのです。
 刑法によって賭博が禁止されている日本では、「官」が関与しないギャンブルは、雀荘におけるほどほどのレートの麻雀や、やくざが提供する野球賭博など、極めてインフォーマルな形でしか存在できませんでした。
 ところが、ここ最近ではデジタル化の進展によって、「民」がギャンブルに――とりわけスポーツベッティングに関与することが真剣に議論されています。スポーツくじの「過去」を話のフックとして、論じてみたいと思います。

#2 スポーツくじの売上について

スポーツくじの売上の推移について、まずは以下の資料をご覧ください。
(経済産業省 第6回地域×スポーツ産業研究会(2021年1月26日)「資料4 スポーツ庁説明資料」,p1)

 当初、スポーツくじには「予想系の商品」であるtotoしか存在しませんでした。はじめこそ物珍しさや新奇性からある程度の売上がありましたが、複数のサッカーの試合について結果を予想し、観戦することはギャンブルとして興趣に欠け、売上は5年間で4分の1まで低下し、制度の存続が真剣に検討されるほどでした。
 スポーツくじという「ギャンブル」を新たに日本に設ける際、特に争点となったのはギャンブル性(非常に多義的で曖昧な言葉ですが、ほかに上手い言い方がないのでこの言葉を用いることにします)の多寡でした。ギャンブル性を低く抑えることで、スポーツくじは「賭博」ではなく、日本に既に定着している「くじ」であるから、青少年の健全育成やサッカーのフェアプレー精神に悪影響が出るようなことはない、というロジックが用いられたのです。
 これに関して、toto法を成立させるか否かを巡る、国会での議論を見てみましょう。発言者は自民党所属の参議院議員議員、柳沢伯夫です。少々長くなりますが引用します。

(参議院 文教・科学委員会 1998年2月17日)
 (前略)私どもは、このサッカーくじのギャンブル性というか、そういう性質というものについてスポーツ振興議連で検討していた段階からかなりいろいろ議論をしたわけでございますけれども、ただ、法律的な側面については(略)いろいろな行政当局などからも聞いてこの話を進めたということでございます。
 それによりますと、私どもはこれはくじではないかということを考えたわけでございます。賭博もくじも実は刑法で禁じられておりますけれども、じゃ賭博とくじは何が違うかということについては我々は通説とされているものに従っているわけでありまして、いわば胴元といいますか、主催者は全く財物の喪失の危機を負わないというのがくじである、財物の喪失の危険を伴うのが賭博である、こういう法律家の見解に従って、私どもの企図しているものはくじではないか、このように考えておるわけです。
 それでは何が法益なんだ、なぜ両方とも禁じているかというと、これは我々も法律の専門家ではないんですけれども、賭博の場合には、もう本当に頭が熱くなって次から次へと勝負をかけていく、あるいは負けが込むとそれを絶対挽回しようということでついには家産を失うような結果になる、こういうような社会的な側面。それからまた、そんなことばかりやっておって、額に汗して自分の生活の質を獲得していくような勤労精神に重大な影響があるということから、こうした面を法益として保護しようということが賭博を罪とする考え方につながっているのではないか。
 他方、富くじを処罰しているのは何かというと、むしろそういうことではなくて、逆に賭博の主催者は次から次へと賭博を主催して、人様のそういう射幸心というものをあおって自分だけは主催者としての利益を得ていく、こういうようなことはやっぱり非常にまずいのではないかということで刑法が禁じているのだろう、このように思っておるわけです。
 いずれにしても、私どもの考えておるものは、次から次へと負けを挽回するために大金をそこに投じていくというような性格のものにはどう考えてもならないという意味で、私どもはこれは賭博ではない、このように考えて議論を進めたところでございます。

 「射幸心というものをあおらない」スポーツくじはしかし、消費者たちの購買意欲を刺激しませんでした。
 制度を存続させるため、運営の委託など色々な改革が行われました(このことについては、市川徹『BIG スポーツ振興くじtoto 官民共同経営事業再構築の1300日』幻冬舎メディアコンサルティング,2009年.に詳しいです)。最大の改正点は、2006年から「非予想系の商品」――つまりはBIGの販売が開始したこと(本格販売は2007年より)です。これにより売上はV字回復し、今日に至ります。2021年度の売上は約1131億円と、過去最高を記録しました(日本経済新聞「スポーツくじ売上、過去最高に 21年度1131億円」2022年3月29日)。
 ところで、「非予想系」というのは、要するに宝くじの当せん番号の抽選方法を機械からサッカーの試合に替えたに過ぎません。ギャンブルの仕組みとしては宝くじと一向に違いありません。にもかかわらず、スポーツくじと宝くじの売上には7倍以上の開きがあります。2021年度の宝くじの売上は約8133億円でした(宝くじ公式サイトを参考)。

 また、参考までに1989年から2020年までの宝くじの売上も示しておきます。

総務省地方財政審議会付議(説明案件)2021年10月5日,p5

 この彼我の売上の差がどういった要因によって生じているのかは、今回は分析しません。ともかくも、ここで重要なのは、当時の状況では、「くじ」として誕生したスポーツくじの売上回復策は、ギャンブルとしての興趣を高めることではなく、宝くじに近づけることしかなかったということです。
 公営競技の雄、中央競馬の2021年度の売上は約3兆1172億円であったこと(日本中央競馬会「令和3年度事業報告書別冊」2022年,p23)を考えても、スポーツくじの売上はもっと伸びても良さそうなものです。果たして、スポーツくじは、スポーツベッティングは、これからどうなるのでしょうか。日本のスポーツベッティングの未来については、次回検討したいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?