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創業1年目のベンチャーがJAXA衛星のシステム開発を担う。ベンチャー「だからこそ」の強みとは?

JAXAベンチャーの天地人で動いているさまざまなプロジェクトについて、その経緯や背景を社長の櫻庭がスタッフに訊くインタビューシリーズです。第2弾となる今回は、国立研究開発法人情報通信研究機構、国立大学法人東京大学、国立大学法人東北大学、三菱電機株式会社と天地人が共同開発している国家プロジェクト「電波資源拡大のための研究開発」のうち「多様なユースケースに対応するためのKa帯衛星の制御に関する研究開発」について特集します。話を聞くのは、開発を担当する木村 紋子さんと中村 凌さんです。


大企業にも引けをとらない「回転の速さ」

櫻庭:本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介と、天地人で普段どんな業務を担当しているか教えてください。

木村:木村 紋子と申します。天地人には2019年12月からジョインしています。グアム在住のため普段はフルリモートですが、今日は一時帰国していて、初めてオフィスに来ました。主な担当業務は、政府関係の研究開発プロジェクトのPMです。また、noteの連載「今日から使える宇宙豆知識」の企画も担当していて、かれこれ2年近く毎週更新しています。

学生時代は航空宇宙工学で博士号を取得して、天地人にジョインするまでは、三菱総合研究所でコンサルをしていました。

参考:木村さんインタビュー記事

中村:中村 凌です。天地人には、2020年8月からインターンとしてジョインして、2024年の4月から正社員になりました。学生時代はAIの研究で博士号を取得して、天地人でもその専門知識を活かし、衛星画像などの地球のデータの分析やアルゴリズム開発を担当しています。

参考:中村さんインタビュー記事

櫻庭:ありがとうございます。それでは、今日のテーマである「電波資源拡大のための研究開発」のうち「多様なユースケースに対応するためのKa帯衛星の制御に関する研究開発」プロジェクトについて、概要を教えてください。

木村:本プロジェクトは2019年から始まったもので、天地人が担当しているのはJAXAが2025年度に打ち上げる予定のETS-9という次世代通信衛星の運用計画作成システムを開発するものです。総務省が研究開発予算によって実施するもので、国立研究開発法人情報通信研究機構、国立大学法人東京大学、国立大学法人東北大学、三菱電機株式会社と天地人との共同開発になります。

©︎ JAXA

JAXAの「次世代通信衛星」に組み込むためのシステムを開発しているんですが、「次世代通信衛星」どころか、「通信衛星」という言葉も、あまり耳馴染みがない人がほとんどかと思います。わかりやすく言えば、通信衛星とは衛星電話で利用している回線の一種です。また、BS(Broadcasting Satellite)放送も衛星通信を利用しています。衛星通信は、海上や山間部など、地上波が届きにくい地域にも通信ができる特性をもっています。この広域性を活かして、国際電話や災害時のインターネット、軍事通信など、特殊な用途でも活用されています。

では、次世代通信衛星の一体何が「次世代」かというと、特定の地域に対して電波を集中させ、被災地のような、需要が高い地域と優先的に通信ができるようになる点です。例えば、今年始めに起きた能登の地震の報道でも、アンテナを載せた車両が被災地に入っていく映像を目にした方も多いのではないでしょうか。あのようなアンテナに、次世代通信衛星は強いビームを当て、大きな通信需要をカバーするインターネット通信を提供できるんです。

そんな衛星の運用計画作成システムが「電波資源拡大のための研究開発」の目的の一つである「周波数を効率的に利用する技術」になるわけです。要するに、「電波を効率的に使えるプランを立てよう」という意味ですね。

皆さんも普段スマホを使っていて経験があると思いますが、通信速度は人が多いところでは遅く、人が少ないところでは速くなりがちです。次世代通信衛星も同じで、通信需要が多い部分では通信速度が遅く、少ない部分では速くなります。通信速度を均一に保つため、通信需要が多い部分には強いビーム、少ない部分には弱いビームを当てるという運用計画を作成する必要があります。

通信衛星にとっての通信需要とはつまり、飛行機や船舶です。また、通信衛星の電波を弱めてしまう回線条件として考慮しなくてはいけないのが、雨と雲です。そこで、天地人が担当する「降雨・雲の予測」「飛行機や船舶の運行状況予測」システムが、効率的な運用に活かされる、というわけなんです。

櫻庭:ありがとうございます。盛り沢山なプロジェクトですよね。天地人がこのプロジェクトに採択されたのは2020年なので、当時は創業1年目で「とんでもなく大きなプロジェクトが来た!」と身震いしたのをよく覚えてます。国家プロジェクトなので動くお金も莫大ですし、共同開発のメンバーが一流の大企業なので、相当な覚悟が必要でした。

木村:そうですね。とはいえ、大企業にも引けをとらない、スタートアップならではの回転の速さを評価してもらったと思います。このプロジェクトでは多種多様なデータをアルゴリズムに入れているんですが、実は、データ処理のコツって意外と体系化されていません。実際に開けてみないとわからない部分が多いので、データが手元に来てからすぐに「こういう特徴だからこのモデルでいこう」「このAPIを使おう」みたいに、スピーディに回せるのが天地人の強みだと感じましたね。

中村:大企業で人数が多ければ早く回せるというわけでもなくて、いかに高い専門性を持った人材がいるかがやはり鍵だと思います。天地人には多分野の専門家が揃っているので、扱いづらいデータも取得できて、それをきちんと最先端技術で処理ができる。そのうえ、JAXAの兼業社員もいるので、通信衛星の地上管制のシステムへの解像度も高い状態で開発ができる。鬼に金棒みたいな感じです。

木村:多様な人材が揃っているからこそですよね。

櫻庭:この規模の国家プロジェクトにスタートアップが関われるって、普通はあり得ないことです。国の研究開発に携わった実績は技術力の証明でもあるので、この後の会社の発展にも大いに貢献してくれたプロジェクトでした。

衛星通信は「本当に困っている人」のためにある

櫻庭:それでは、実際にどのような技術を使ってシステム開発をしているか教えてください。

中村:天地人が開発しているのは、衛星用の地上局の真上の雨、雲、あるいは日本周辺の飛行機、船舶の量を予測するAIアルゴリズムです。

特に「雨の予測」と聞くと、普段の生活でも馴染み深い天気予報や、雨雲レーダーアプリを連想する人も多いかもしれません。それらとの違いは、「人工衛星の地上局の真上」をピンポイントで分析するという点です。元になるデータも分析モデルも全く異なるものを使っています。

また、最近はChatGPTなどの普及で「AI=文章生成」というイメージを持たれる方も多いかもしれませんが、ひとくちに「AIアルゴリズム」と言っても、このモデルは「予測システム」ですので、文章生成とは異なる技術です。

実際の開発プロセスを少しだけ説明すると、大まかに分けて4つのフェーズがあります。まずは雨や雲、飛行機、船舶のデータを集めるデータ収集パートから始まります。次に、データを表す単位を調節する前処理パート。その後に、処理済みのデータをAIに取り込む学習パート。最後が、AIの予測精度を確認する評価パートです。

櫻庭:このシステムを実装した衛星が運用された暁には、私たちの生活にどのようなインパクトがあるのでしょうか?

木村:日本は割とどこでも地上波が届くので、あまりピンと来ないかもしれませんが、世界ではこれから、衛星通信がスタンダードになっていくと思っています。というのも、アメリカやロシア、砂漠地帯など、世界中に点在する広大なエリアでは、地上のインターネット回線が引かれてない場所が無数にあるからです。人も建物もまばらなので、わざわざインターネット回線を引いても無駄なので、インターネット通信ができないんです。

そういう場所でよく起こるのが、例えば車で事故に遭ったとき、電話が通じないので誰にも助けてもらえないといった状況。こんなとき、衛星通信があれば、本当に助けを必要とする人を救うことができるんです。こういった目的のために、我々の予測データが活用できるのは嬉しいですよね。

実は、かくいう私も去年グアムで台風の災害に遭いました、1ヶ月間インターネットを使えないという体験をしました。日本だと考えられないかもしれませんが、海外ではよく聞く話です。本当に心の底から「衛星通信があれば!」と思いました。

能登地震のときも、NTTドコモさんとKDDIさんが共同で船を出して基地局を設置していましたよね。衛星通信は、こういう非常時に使える技術なので、今後も絶対になくなりません。その一端を担えるのは、やはり嬉しいです。

©︎ https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/wbs/newsl/post_288949

自分が作ったシステムが宇宙へ

櫻庭:それでは、技術者としてこのプロジェクトに感じる魅力を教えてください。

中村:時間と予算の自由度がすごく高いと感じます。良いAIを作るためのキャッチアップや試行錯誤、実装へのこだわりなど、丁寧に作り込めるのはやはり魅力的ですよね。あとはやっぱり、数年後に実際に衛星が打ち上げられて、自分が作ったものが社会で使われていくのは、すごくモチベーションを感じます。世の中の人により良いシステムを使ってもらうと思うと、頑張れるというか、力になりますね。

木村:私はPMなので、共同開発の相手先である総務省さんや国立研究開発法人情報通信研究機構さん、東北大学さん、三菱電機さんと会議をする機会も多く、錚々たるメンバーを目の前して、プロジェクトの重大さを身をもって体感できました。2020年から5年間、しっかり確実に積み重ねてきたことが形になってきて、今はほっとしてるという感じですね。

櫻庭:この5年間で印象に残っていることはありますか?

木村:AIエンジニアのメンバーはもう、皆さん総じて優秀という太鼓判を押せますね。頼んだことをきちんとやってくれるというのが、すごく安心感に繋がりました。会議で議論しながら出てきたアイディアを、クイックに実装していく創発性も素晴らしかったです。

中村:僕の方は、正社員になってから関わるプロジェクトの幅が広がって、改めて木村さんのマネジメント技術の偉大さを理解できた気がします。こんなにも巨大なプロジェクトなのに、週1回30分の定例だけで、ちゃんと前に進んでこれたのは、木村さんのおかげです。

あとは、木村さんはエンジニアではないのに、同じ目線で議論に着いてきてくれるのも凄いです。やっぱり僕たちって、エンジニアで集まると専門用語を使って、前提の共有なしでアイデア出しを始めてしまうんですね。そういうエンジニアのコミュニケーションの中でも、木村さんも当たり前のように会話に入って「こうした方がいいですね」と意見をくれる。しかも木村さんはAIのプロジェクトに携わるのは今回が初めてなんですよ。自分が同じ立場だったら絶対できないので、本当に尊敬しています。

木村:何も知らなかったので「やばい!」と思って必死に勉強しただけですよ(笑)。

中村:いやいや、さらっと言えるその努力がすごいです。

櫻庭:お互い褒めあってなんだか照れますね(笑)。ありがとうございました。それでは、最後の質問です。自分たちが作ったシステムがJAXAの人工衛星の運用計画に組み込まれるということで、人生でもなかなか味わうことのない感慨があるかと思います。今のお気持ちを教えてください。

木村:そうですね。私たちが開発しているのは、巨大なプロジェクトのほんの一部の小さなプロジェクトではありますが、それでもやはり、宇宙に飛び立つ人工衛星の一端を担えるというのは、すごく喜ばしいことです。これから何年にも渡って使われていくということで、今はまだまだ実感がないというか、ソワソワしていまますね。天地人の担当するシステム開発は今年で終わりですが、このプロジェクトで培ったマネジメント技術は汎用的に活かせるので、チーム内でもスキルトランスファーする努力をしていきたいと思っています。

中村:僕もまだ実感がわいていません。人生で一度きりかもしれないので、こんなに貴重な経験をさせてもらえたことに、今は感謝しかないです。とはいえ、まだ1年間残されているので、最後までしっかり技術をアップデートしながら、良いAIにするための努力を惜しまず、心から自信を持って送り出せるシステムを完成させたいと思います!

櫻庭:ありがとうございます。普段からふたりの仕事ぶりには感心していましたが、今日お話を聞いて改めて「天地人のメンバーはすごい!」と感動しました。木村さんと中村さんをはじめとする、優秀なメンバーの存在こそが、天地人にとって一番大切なものです。あらためて、素晴らしいお仕事をありがとうございました! 今後とも、ふたりの活躍を楽しみにしています。

本研究(本研究の一部)は、総務省「電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)」の「多様なユースケースに対応するためのKa帯衛星の制御に関する研究開発」で実施しています。

最後に。天地人では、エンジニア採用を強化中です!

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