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野菜を育てる土地を探す苦労。 「月面アスパラガス〜畑探し編〜」

2015年に公開された「オデッセイ」という映画を見たことはありますか? 火星に一人置き去りにされた主人公が、地球に帰還するため、火星の厳しい環境に立ち向かう映画です。この映画の中では、火星でジャガイモを栽培し食いつなぐシーンがありますが、天地人も宇宙農業を行うための第一歩を踏み出しました。

天地人の鈴木海斗です。天地人では、私を含む学生インターン生数人で「月面アスパラガス」プロジェクトを立ち上げ、将来、月面でのアスパラガス栽培の実現に向け、実証を進めています。プロジェクトが始まった2022年から、地球上で美味しいアスパラガスを収穫することを目標にして、アスパラに関するさまざまな知見を集めています。今年の春、天地人は「月面アスパラガス」を収穫することができ、都内のレストランに出荷しました。

今回は、「月面農業」に必要な、「月の土」に関する情報や、私たちが月面アスパラガスを栽培する上で苦労した「土地」に関するお話を紹介します。

月面農業は「レゴリス」を攻略するところから始まる

 月面農業を実現するための第一歩として、土壌に着目した研究が盛んに行われています。2022年、NASAの月面探査計画・アポロ計画で、月から持ち帰られた「レゴリス」を使用した研究が発表されました。「レゴリス」とは、天体の表面に存在する堆積物を指していて、月のレゴリスはかなりきめ細かい砂に近いです。この研究では、レゴリスを使って、「シロイヌナズナ」という植物を栽培しました。「シロイヌナズナ」は、過去に沢山の研究者によって研究されており、遺伝子のすべてが人によって解読されています。生育障害など、植物への影響が見られたときに、影響を受けた部分がわかりやすいこと、種まきから50日で寿命を迎えるという手軽さにより、いまも世界中で研究材料として使用されています。シロイヌナズナをレゴリスに植えると、発芽には影響がないものの、その後の生育は強いストレスを受け、順調とは言えませんでした。

 日本でもレゴリスで植物を栽培する研究は行われています。名古屋大学発のスタートアップTOWINGは、作物の栽培が難しい土壌に「高機能ソイル技術」を使用することで、土壌改良を行うサービスを行っています。

 つまり、月の土を使って作物を栽培することは現段階では難しく「月面でのアスパラガス栽培」の実現に向けて厳しい道のりがあります。

「月面アスパラガス」の道のり〜地球栽培編

 私を含む学生インターンのみでアスパラガスを育てる農地探しから始まった「月面アスパラガス」。しかし、地球上でのアスパラガス栽培も困難の連続でした。

 みなさんも、農業界で叫ばれる後継者問題を耳にしたことがあると思います。農業従事者の高齢化が進み、若い担い手が少なくなり、農業従事者が激減しています。そして現在、農業従事者一人あたりが耕す農地の面積が増え続けています。管理しなくてはいけない農地が急増することで手が回らなくなり、手入れされなくなった農地が「耕作放棄地」となるのです。

 私たちも、農地の取得にはかなりの苦労を強いられました。最終的に、神奈川県川崎市の農地でアスパラガスを栽培することを決めました。その土地を選んだ理由は、私たちが通いやすく、栽培管理が簡単であったことのほかに、野菜の大消費地の近くで栽培することで、鮮度劣化の激しいアスパラガスを採れたてで多くのお客さんに召し上がっていただきたかったからです。

 この理由から、都市圏での農業である「都市農業」を行うことを見据え、農地探しを始めたのですが、大学で農学を専攻しているだけではわからない、農業の難しさを痛感しました。農地を借りるため、川崎市役所の農政課に赴き、農地取得を試みました。しかし、空き農地があったものの地主が貸してくれず、頓挫しました。

 最終的には、多くの農地を管理する生産者のもとに何度も通い、信頼を勝ち取ることで農地の一角を借りながら、最初の月面アスパラガスの栽培をスタートすることができました。

 私たちのように、新しく農業を始めたくても農業を始められない新規就農者の他にも、農地を借りたあとにトラブルになるケースがあります。小田原で果樹を中心とした農業を営むある生産者のお話を紹介します。果樹は、畑に樹を植えてから収穫が始まるまで長い年月を要します。地主から借りた耕作放棄地寸前の急斜面を開墾し、オリーブの苗木を植えました。しかし6年後、本格的な収穫が始まる寸前になり、地主から「土地を更地の状態ですぐに返還してください」との話が一方的にあり、やっと本格的な収穫が始まるオリーブの木は伐採したそうです。この生産者は40代と農業界では若い方で体力的にも余力がありましたが、耕作放棄地を開墾しても残念な結果となりました。

 宇宙を目指し、まずは地球でアスパラガスの栽培データを蓄積したい私たちとしても、この「土地」に関する問題は他人事ではありません。天地人のミッションである「宇宙ビッグデータで人類の文明活動を最適化」を達成するために、私たちは、農業界の課題と月面の土壌の課題と向き合いながら、月面でのアスパラガスの安定栽培を目指します。