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全銀ネットに何が起こったか【暫定版】

スポーツの日を含む三連休明けの10月10日火曜日朝から、一部金融機関から他行宛の振込ができなくなった。対象となった金融機関は、三菱UFJ銀行、りそな銀行、埼玉りそな銀行、関西みらい銀行、山口銀行、北九州銀行、三菱UFJ信託銀行、日本カストディ銀行、JPモルガン・チェース銀行、もみじ銀行、商工組合中央金庫の10行1庫(金融機関コード順、以下便宜上「11行」)。

具体的には、これら11行と、金融機関の間の振込を取り次ぐセンターとの間でデータのやりとりができなくなった。このため、これら11行から他行への振込ができない一方、他行からこれら11行宛に資金を振り込むこともできなくなった。三連休明けかつ取引の集中する五十日(ゴトビ)でもあったため、給与振込を含む多くの振込が実行できなくなり、本来受け取るべき資金が着金しないという事態が広い範囲で発生することとなった。

金融機関の間での振込は、一般社団法人全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)が運営する「全国銀行データ通信システム」(全銀システム)というセンターを通じて行われる。各金融機関には全銀システムと接続するための中継コンピュータ(RC)が置かれ、これを介して全銀システムとの間でデータがやりとりされている。RCは耐用年数などから6年ごとに更改が行われているが、今回は各金融機関を24のグループに分けて順次行う一連の更改の第一陣として、これら11行を含む14行が10月7日から9日の三連休にRCの更改を行っていた。このシステム更改の結果、なんらかの不具合が発生したと見られる。

メディアでは「全銀システムに障害」と報じられたが、実際には全銀システムそのものは正常に稼働しており、11行以外の金融機関相互の振込は問題なく実行されていた。ただ、これら11行だけが、RCの不具合のため全銀システムとの間でデータのやりとりができなくなり、他行への発信、他行からの受信ともに不能に陥ったというのが実態であった。

全銀システムを管理する全銀ネットでは復旧を試みたがうまく行かず、事前に決めておいた業務継続プランにしたがって、11行と全銀システムとの間で、「別の方法で」データをやりとりしてなんとか振込を実行したと見られる。

具体的には、RCを介さず他のチャネルを使ってデータ伝送を行うほか、滞留しているデータを磁気テープなどの物理媒体に書き出してデリバリーする媒体搬送も行われたらしい。また、夜間の振込処理用のネットワーク(モアタイム)は稼働しており、これを通じてのデータの送達も行われたようである。

こうやって、11行の自行システムに滞留したデータを持ち出し、全銀システムに流しこんで他行宛に発信する一方、全銀システムに滞留していた11行宛のデータを持ち帰り、自行システムにロードして受取口座に入金記帳を行うというオペレーションが行われたはずだ。こうした措置により振込は遅れながらも少しずつ流れて行ったと思われるが、代替手段ではおそらくは処理能力に限界があり、当日中に振込先に着金できない積み残しが数十万件単位で出たとされる。

RCで発生している不具合は、「内国為替制度運営費用」を計算するプロセスに関するものであると見られた。この内国為替運営費用はかつて「銀行間手数料」と呼んでいたもので、振込元の金融機関から振込先の金融機関に1件いくらの従量で支払う手数料である。もともとは1件あたりの手数料は一律であったが、現在では金融機関の間で任意に定めることができるようになって計算が複雑になった。

そのためRCに手数料のテーブルを持たせ、処理の際にこのテーブルを参照することで適正な手数料をセットするプロセスが組み込まれているわけであるが、RCの更改後、このプロセスにおいて不具合が発生したと考えられた。今回RCの更改を行った14行のうち、障害が発生した11行以外の3行は、この手数料計算をRCではなく自行システムで行っており、これらの金融機関で不具合が発生しなかったことともつじつまが合う(この3行がどこの金融機関であるか全銀ネットは開示しないとしている)。

この事態を受け、全銀ネットでは10日深夜から11日早朝にかけてプログラムの修正を試みたがうまく行かなかった。システムの改定部分を破棄して元に戻す「切り戻し」も当然検討されたが、障害が発生していない3行も含めて各行内での対応も必要となり、障害範囲を拡大するリスクもあったため、修正プログラムで対応する判断をしたとしている。また、RCは同じシステムを二重化する冗長化がなされているが、今回は両系で同じ改定を行ったため、同じ不具合が発生したという。

こうした事情から、11日の日中は引き続き代替手段での対応を継続(11行も他行宛振込の受付を停止ないしは正午で打ち切るなどの対応を実施)、11日夜間に、手数料テーブルを参照するプロセスをバイパスしその代わりに固定値「0円」を手数料として強制セットする修正プログラムを投入して、ようやく12日朝からRCを介したデータのやりとりができるようになったということである。

これにより丸二日にわたった障害は収束し、滞留した振込データも順次処理されて正常化するものと見られる。しかし、今回の修正プログラムは、振込の早期再開を最優先してRCによる手数料計算を省略した暫定版であり、11行では手数料を当面なんらかの方法で別に計算する必要がある。不具合の原因究明と本来のプログラムの再実装が必要になると思われるし、このあと予定されている残り23グループの更改スケジュールにも影響が出ることは避けられないのではないか。

また、入金の遅延により顧客になんらかの損害が生じたケースも考えられる。11行のなかには入金遅延により当座勘定が残高不足となっていても手形・小切手を不渡にしないとか、高い手数料を支払って他行で振込を行った場合には当該金融機関がその手数料を負担するという救済措置を発表しているところもあるが、一般に金融機関の振込規定では「当行または金融機関の共同システムの運営体が相当の安全対策を講じたにもかかわらず、端末機、通信回線またはコンピュータ等に障害が生じたとき」については、「振込金の入金不能、入金遅延等があっても、これによって生じた損害については、当行は責任を負いません」等と定めているのが通常であり、この規定の解釈も含め、今回の入金遅延によって生じた損害の負担は今後議論されなければならないだろう。

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