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武装錬金 不要とされた者の帰結

期間限定だが武装錬金のコミックス3巻あたりまでを無料公開中なのでこの期に乗じてちょっと武装錬金を語りたいと思います。

というのも、この無料公開の中に入っている内でも16話と17話は武装錬金全体のフェイバリットエピソードどころか、漫画家和月伸宏作品全体を見ても珠玉の出来のためここだけでもぜひ読んでもらいたいというため。

【あなたが私を不要とするのなら……】

16話のすごい所は凄まじいまでの濃密さとテンポの良さでシリアスとギャグが渾然一体となりつつ、恐ろしいテーマを含んでいるというところである。

超人ホムンクルスパピヨンに生まれ変わった蝶野は、自分を見捨てた生家で自分そっくりの次男を食い殺した後、このようなゲームを一方的に思いついて実行する。

ところがこの戯れで『正解』した者はおらず、父親その人ですら息子が次男ではなく長男だということに気づけなかった。
超野攻爵が病に臥せっている間に彼を取り巻く世間も家族も何もかも彼を不要として廃棄し忘れ去ってしまったのである。

そして、超野攻爵は改めて超人パピヨンへと心身共に生まれ変わる決意をし、かつての己を必要としなかった世界を焼却してしまおうとする。

【私もあなた(社会)を必要としない】

踏みつけられ、何もかも失い、存在価値を否定された弱者は恐ろしい。
以下、武装錬金以外でも私の心に刺さった漫画やゲームの場面を紹介する。

忍者と極道

社会のゴミ、生きているだけ無駄、いいから早く死んでくれ。

こんな言葉を投げつけられて、実際にそのような扱いを受け続けて、誰にも手を差し伸べられずその言葉が正真正銘間違いないことが証明され続けた者がどうなるのか?

サモンナイト3

自分を不要とする社会や世界に認められようと努力し続けるにも、限界がある。
その限界を越えた時、それでも立ち上がろうとする者やひっそりと世界から退場しようという者ばかりではない。

廃棄された者が、不要という烙印を押しつけた世界にいつまでも尻尾を振り続けるメリットはゼロである。
であるならば、社会に対して復讐を始めても何もおかしくはない。
不要という烙印の押し付け合い、拒絶という呪詛の応酬が始まる。

【その果てに通じ合うモノもあるが…】

そうした否定と拒絶の果てに、相対する者同士の間で心が通じ合う瞬間というのも確かにある。

だが、心が通じ合ったからこそ互いの目的が違うことも十分承知してしまっている。
だからこのように的確に、心の通じた人間を傷つける言葉をぶつけることもできてしまう。
それは最後の嫌がらせでもあるが、同時に今後も己の人生を歩み続けなければいけない相対した相手への忠言でもあったりする。

※※※

この武装錬金序盤における蝶野との戦いは、戦力不足とタイムリミットもあり、はっきり言って主人公であるカズキ側にとっても敗北であり、勝者はいない。
運良くギリギリ増援が間に合って、カズキが助けたかった命の恩人斗貴子さんの命は助かったものの、結局カズキ個人の力では斗貴子を救うことはできなかったという話でもあったりする。

私は武装錬金を読んでこのシーンのカズキの絶望の表情が忘れられない。

次ページでは斗貴子が助かっていることが判明して笑顔に戻るわけだが、この絶望の結末は運良く紙一重で避けられただけで、むしろこっちに転がる確率の方が高かった。
この失敗したカズキ、大切な人を救えなかった純朴でお人好しな男というのは、正に本作のラスボスであるヴィクターであり、師匠的存在であるキャプテンブラボーであり、同作者の別作品主人公であるるろ剣の剣心、エンバーミングのヒューリーであると言える。

【まとめ】

私は社会にとって福祉はとてもとても大切だと思う。
弱者が生きていける社会、失敗がフォローされる社会、誰かが踏みつけにされることのない社会というものは理想郷ではあるのだろうが、綺麗事でもなんでもなく現実的な理由で目指さなければいけないモノだと思う。

その理由は本稿で今まで述べた通りである。
私を必要としない社会は私にとっても必要ないのでこちらもあなたを棄却させてもらう。
ものすごく恐ろしくも当たり前の帰結であり、そしてそれは違うよと手を差し伸べた者ですら、その闇に呑まれて輝かしい可能性を失ってしまう。

恐ろしくも悲しいコミュニケーションであるが、その根本を辿れば誰かが誰かを拒絶し不要というレッテルを貼ることから、この悲劇は始まっている。
私は微力ながら、その一番最初の始まりを、ほんの少しでも防げたらと思い、こうして筆を執っているわけなのである。

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