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「深海兄弟」

深海を旅する双子のマンボウ、星を見つける。

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ここは深海。陽の光が全く届かない暗闇。
僕は深海の生き物。自分の姿を見たことがないので、どんな形をしているのか分からない。
僕には兄が居る。生まれてからずっと側に居たので、兄だということにしている。彼がどう思っているかは知らない。
互いに姿を見たことがないから、血の繋がった兄弟なのかどうかも怪しかった。
気付いた時には暗闇だったし、多分、お母さんも居ない。

彼は僕のことを少し下に見たように「ワトソンくん」と呼ぶ。
僕らはよく、暗闇を調査した。僕らの泳ぐスピードは無茶苦茶遅いから、時折ボーッとしてると流されて、壁に激突しそうになる。
何度も兄貴に声をかけられて命拾いした。
僕らは暗闇から抜け出すことはなかった。

が、彼は僕を旅に誘った。
「星を見にいこう」そう言った。
星は明るい球体らしい。旅をしてきた奴に星のことを聞いたらしく、興奮していた。
僕は怖かったので、断った。
すると彼は消えた。
僕はひとりになると、ずっと過ごしていたはずの暗闇が恐ろしくなって、彼の後を追いかけたが、見つからなくて、とても呼吸など出来なかった。
そのうち、暗闇が和らいで、壁が見えた。

「ワトソンくん」すぐそばで声がして、僕は飛び退いた。
彼は本当は一人で行く気はなくて、ずっとそばで身を潜めていたらしい。
「それじゃあ、いこう」少しは悪びれてほしかったが、そんな兄が好きだった。

僕らは漂いながら、旅に出た。
上の方へ、前の方へ、明るい方へ。
「お前、そんな形だったんだな」と彼が言った。
いつのまにか辺りは明るくなっていて、彼の姿がよく見えた。僕も彼の方を見た。彼も僕を見ていた。とても奇妙な形をしていた。
彼も僕のことを奇妙だと笑った。ヒレ。のっぺりとした平たい体。
同じような特徴だった。僕らはきっと似ていた。

海の中は広くて、暗闇ばかりじゃないことを知った。
星のことを聞いて回ったが、みんなあまり知らないようだった。
光っているクラゲや、透き通って光る魚たちが居た。
チョウチンアンコウのおじさんは星に詳しかった。
「空にある。空っていうのは、海とそっくりだが、海よりもっと大きい。」
僕は兄のようだと思った。

「ワトソンくん、僕らはどうやら、手がかりを見つけたようだ。星は上だ。空も上だ」
僕らはそれから上へ上へと向かった。
明るい方へ、明るい方へ。

突然現れた海流に流されて、僕らは離れ離れになった。
心細く、漂っていた。
僕は彼がいなくなったらもう生きてはいけない。
このまま、はぐれて死んでしまうんだ、と思った。
彼はきっとたくましく星を目指すに違いない。

そのうち、サメに見つかって、食いちぎられてしまった。
僕はあっけなく。
やっぱり暗闇から出るんじゃなかった。
でも星は見たかったから、しょうがないか。と思いながら漂った。ぼくは死体だった。

「ワトソンくん」。
彼の声がして、見上げると、悲しそうな目をして彼が漂っていた。
彼もまた、傷ついていた。僕よりもはるかに痛そうだった。
彼はもうダメだ、と言った。
僕は、僕がしっかりしなくては、と思った。
僕は片方しかないヒレで泳いだ。
彼を流して、自分も流れて、彼は、少しずつ元気がなくなった。

もうすぐだ。もうすぐだ。と声をかけながら、海面へ。

空はとても大きかった。星だ。あれだ。あれが星だ。
星の群れは泳いでどこかへいこうとしていた。
僕は彼らを追いかけたかった。
海面をジャンプしてみたけど、届かなくて、僕は真っ逆さまに落ちていった。

ああ、また失敗した。
海面にぶつかりそうになった僕は何かに引っ張り上げられた。
海流のようだけれど、ここはもう海じゃない。
風に乗って僕は巻き上げられた。
彼と離れ離れになるのはもう嫌だった。
僕は彼に話しかけた。
「一緒にいこう」
彼もジャンプして、僕らは星と泳いだ。

信じられないスピードで泳いだ。
兄は僕の少し後ろを泳いで、同じように驚いていた。
生まれてこのかた、こんなスピードは体験したことがない。ヒレは腕になって、彼と重なり合って、明るい方へ、明るい方へと吸い寄せられた。

気付くと白い場所にいて、隣に彼が寝ていた。
今までよりももっと奇妙な身体をしていた。
僕も同じような身体をしていた。
「ワトソンくん」
僕は密かに彼をそう呼んでやった。

その瞬間、記憶は泡のようにはじけて消えた。あとには暗闇だけが、残っていた。

探偵ごっこをしている双子の兄弟。
目の奥に海をたたえている。

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おやすみなさい。

読んでいただきありがとうございます。血が沸騰していますので、本当にありがとうございます。