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名もなき素朴な奇襲戦法(前編)

1図

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 1図をご覧ください。
 何ともない普通の局面ですね?

 この局面は後手の手番です。
 ここで32金と上がれば横歩取りか相がかりの将棋になります。

 ですが、1図でもし88角成(2図)とされたらどうでしょう?

2図

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 2図の88角成は一目無理筋です。
 ですが、あなたはここから後手の罠をかいくぐって、無事に先手を優位な局面に導くことが出来るでしょうか?


2図以からの指し手
88同銀 33角(3図)

3図

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「こんなの手堅く守っておけばへっちゃらだよ(笑)」
3図を見てそう思ったあなたは、多分28飛を想定しているのだと思います。
 まあ、88の地点と24の飛車の両方を助けようと思ったら、28飛しかないですので、手堅く対応するのなら、それも一法ではあります。

 ですが、28飛に27歩と叩かれたらどうでしょう(後手追及図)?

後手追及図

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 27歩に同飛は88角成がありますので不可。
 だとすると、飛車を横に逃げるくらいですが、18や38、48に飛車を逃げるのはあまりにも窮屈そうですし、58飛と逃げて将来中央から反撃することを見せるのも、76飛 77桂(受けないと88角成~79飛成があって先手が拙い) 26飛(何となく後手ペース図)で、力将棋に引きずり込まれます。

何となく後手ペース図

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 この局面の形勢は互角です。
 しかし、後手はとりあえず定跡形を避けられましたし、先手にとって未知の局面に引きずり込んだことで実戦的には後手ペースと言って良いと思います。

 そもそも、88角成~33角は無理っぽい攻めをされたのですから、形勢互角では先手は納得がいかないでしょう。

 そこで、3図から先手は強く踏み込みます。


3図以下の指し手
21飛成(4図)

4図

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「飛車を成ってこい」
と言われて、成れないのでは気合負けでもありますし、先手は素直に21飛成と桂を取りながら飛車を成ります。

 ここで、
「88角成としてくれないかなあ……?」
と思ったあなた。
 たしかにそうなれば先手が旨いです。

 以下、同金 同飛成に、33角の王手竜取りがありますから(笑いが止まらない図)。

笑いが止まらない図

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 こうなればたしかに先手勝勢ですが、まあ、こうはなりません(笑)。


4図からの指し手
88飛成 同金 同角成(5図)

5図

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 1図から88角成とすれば、5図まではほぼ一本道です。

 先手は竜を作って飛角桂の持駒。
 対して、後手は馬を作って金銀の持ち駒。
 駒割は、飛車桂と金銀の交換なので先手が少し駒得ですが、5図でまごまごしていると89の桂と99の香を拾われてたちまち駒損になってしまいますので、先手もゆっくりすることは出来ません。

 しかし、5図で手番は先手ですので、ここで得を積み重ねられれば21の竜も大きいですので先手がハッキリ良くなります。

 つまり、5図は岐路を迎えているのですが、あなたにはどの手が最善か分かるでしょうか?


5図からの指し手①
77角(6図)

6図

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 77角は、
「後手の攻撃の主力は88の馬。だから、持ち駒の角と交換してしまえば局面が収まって先手が良くなる」
という意味です。

 ですが、後手もすんなり馬を消されては酷いので……。


6図からの指し手
89馬 11角成 32銀 28竜(7図)

7図

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 後手の89馬は当然の一手です。
 せっかく作った馬を消されては酷いですし、捕獲するはずの89の桂を77に活用されるのも悔しいですから。

 対して、先手も11角成と香を取って局面の均衡を図ります。
 このまま後手が手をこまねいていれば、99の香にはヒモが付いているのでこれ以上後手が駒を取ることは出来ませんし、33桂のような攻めもありますしで、先手が手に困ることはありません。

 後手32銀は33桂を防ぎながら竜の位置を問うた手です。
 先手としては竜の働きそうな場所に移動したいところですが、22竜は99馬が当たりますので不可ですし、12竜も23銀打とかされるとあまり働いているとも思えないので、結局、守りに働かせる28竜くらいが相場になります。


7図からの指し手
67馬 69香 27歩(8図)

8図

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 後手は67馬と引いて、寄せに入る準備をします。
 この時、先手も竜が自陣にいる以上速い攻めもありませんので受けに回るのですが、持ち駒に金銀がないので、がっちりと受ける感じにはなりません。
 58金みたいな手は考えられますが、やはり27歩と叩かれますので、少しでも後手陣にプレッシャーを与える69香は妥当なところ。
 そこで、27歩と手裏剣が飛んできました。


8図からの指し手
27同竜 57馬 87飛 79馬 62歩 同銀 81飛成 57金(9図)

9図

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 結論から言うと、27同竜は疑問手です。
 受けの竜が守りから外れてしまいますので。
 88竜が優りますが、ウォーズなどの短い時間の将棋だと、思わず同竜と取ってしまいそうですよね?(笑)
 このまま受ける展開を続けると、なかなか攻める番が回ってきませんから。

 後手は27同竜を利かしてから57馬と寄って、先手玉に詰めろを掛けます。
 これに58金は39の銀が取られてしまいますし、48銀や58歩は受けになっていませんので、87飛と67の地点に利かして受けるくらいです(本当は77飛が優りますが、それには35馬くらいで難解な形勢となります)。

 後手もそこまで堅く受けられては馬を入るくらいしかなく、79馬として78銀を見せます。

 先手は78銀が来る前に62歩と手筋の歩を飛ばしてから81飛成と桂を取りながら飛車を成りますが、57金がぼんやりしているようで厳しい一手。
 これで先手玉に受けにくい詰めろが掛かりました。

 つまり、57金で後手が優勢になっています。
 受けるなら48金くらいですが、56桂と被せられて後手の攻めはふりほどけません。


「あれっ? 何処で間違えたんだろうなあ……」
9図まで進むと、先手はこんな後悔をし始めることでしょう。
 かなり自然に指したのに、どの変化も難解な形勢に持ち込まれてしまいました。


再掲5図

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 どうも77角と合わせた手があまり良くなかったようです。
 先手も11の香を拾って力を貯めましたが、後手の67馬と引く攻めの方が早く、金銀が持ち駒にない先手は、受けの展開にあまり向いていないようでした。

 そこで、今度は先手が5図から攻める手を試してみます。
 攻める手……、だとすると、パッと見、両取りが見えますので。


5図からの指し手②
83飛(10図)

10図

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「これ、83飛で両取りでしょ(笑)」
そう思っていた方もおられるでしょう。

 馬を取られる訳にはいかない後手は、当然馬を逃げることになるのですが、そこで81飛成と成っておけば強力な竜がもう一枚出来るので、どう考えても先手が良さそうだと……。

 しかし、そんなに簡単にはいかなかったりします(笑)。


10図からの指し手
99馬 81飛成 22馬 同竜 同銀(11図)

11図

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 83飛と両取りに打てば、11図まではこう進むところ。
 後手の22馬は先手陣の左翼がスカスカなのを見越して飛車を手に入れに行った手です。

 この11図は手が広い局面です。
 先手から見える手は、65桂や55桂と桂で攻める手や23歩と銀の頭を叩いて好所に角を打つ手(23同銀なら33角。33銀なら55角の意味)。

 難しい局面なので、順番に検証してみましょう。

 まず、65桂は、69飛 48玉 44香 38銀と利かすだけ利かしてから42玉と受けます(後手の技が発動中図)。

後手の技が発動中図

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 手順中の44香が巧妙な一手です。
 これは、攻めながら42玉と上がった際の45桂を消した意味。

 先手は手順を尽くして受けに回りますが、なかなか攻めの順番が回ってきません。

 なので、ここで15角と打って攻めに出ます。
 後手は単に33銀打と受けると23歩で痺れますので(23同銀に53桂成がある)、24歩と中合いしてから33銀打と受けますが、それでも先手は23歩と打って攻めを続けます。

 以下、24銀 22歩成 78飛成 58桂 72銀 91竜 89竜と進みます(どちらが勝ってるでしょう?図)。

どちらが勝ってるでしょう?図

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 ここで先手の手番ですが、23角と筋っぽく迫る手には、26桂があります。
 26桂は詰めろ(38桂成 同玉 47香成 28玉 27歩 同玉 38角 同金 29竜以下……)。
 なので、先手は受ける必要がありますが、27銀打みたいな受けには38桂成 同銀に27歩がトドメの一手で受けが困難になります(後手会心の寄せ図)。

後手会心の寄せ図

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 27歩も詰めろです(39銀以下……)。
 なので受けるしかありませんが、59香や59桂と打って受けるのは86角が攻防手でやはり詰めろ(59角成 同金 39銀以下……)。
 それに、たとえ46歩と突いて脱出口を開いたとしても28歩成がまた詰めろですので(38と 同金 46香 同桂 58金以下……)、後手の勝ちは明らかです。

 かと言って、23角で他の手もパッとしませんし……。
 どうやら11図から65桂は変化が多岐にわたっても、後手が勝ちのようです。

 では今度は55桂を調べてみましょう。

 55桂には54銀と打って受けます(63桂不成と王手で攻められるのは痛いから)。
 以下、急いで攻めないと55の桂を取られて何をやっているのか分からなくなりますので、83角と迫ってみます(先手猛攻図)。

先手猛攻図

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 しかし、ここで82金が粘り強い一手。
 以下、15角 42香 61角成 同玉 81竜 79飛 48玉 89飛成と進みますが(先手息切れ図)、猛攻したものの決定打にはなっていず、先手の攻めはしっかり対応されてしまっています。

先手息切れ図

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 先手息切れ図は必ずしも先手が不利ではありませんが、後手が駒得していますし、55の桂も危ういのでどう見ても先手が優位を築いているとは言えないでしょう。

 11図から先手の残る手段は23歩 33銀 55角です(先手最後の望み図)。

先手最後の望み図

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 55角は銀取りと73角成の意味。
 ゆっくりしていられない後手は、とにかく78飛と打って攻めの継続をはかります。

 以下、48玉に44香がまたもや利きます。
 これは47香成が厳しいので、45桂と銀取りにしながら受けてみます。

 しかし、構わず45同香と取られ、以下、33角成 42金 同馬(馬を逃げると47香成があるので、ツッコむ一手です) 同玉 24角 33銀 31銀 同玉 33角成と、お互いに激しく攻め合います(どちらが勝っているでしょうか?図)。

どちらが勝っているでしょうか?図

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 先手は33馬でほぼ必死をかけています。
 ですので、後手は先手玉を詰ますか33の馬を取り除くしかありません。

 ここで47香成は、そう指すしかないところ。
 以下、同玉 49飛成 48香と進みます。

 48香は上部に利かした手ですが、それでも、46金 同玉 54桂 36玉 35金 27玉 26歩 16玉 25銀 15玉 14歩 24玉 15角まで、ピッタリ詰みます。

 つまり、11図は難しく見えますが、後手が指せる局面と言えます。
 ……と、言うことは、5図の局面は77角でも83飛でも、後手が互角以上に指せると言うことになるってことです。



再掲5図

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 再掲5図は、後手が互角以上に戦えるのでしょうか?
 それとも、先手には他に手段があるのでしょうか?

 まさか、1図から有力な新定跡が誕生してしまうなんてことが……?

 以下は次話で書きます。
 それまでに、5図を見てこの後の展開を予想しておいて下さいね。

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