777チャーリー(カンナダ映画)

 犬がヒロインのインド映画ラブロマンス。前半がコミカルで後半にはリヴェンジあり、というあたりは定石でしょうか。

 インドで「ペット映画」というので、時代も変わったな、と実感して見に行きました。ツイートでも見かけましたが、我々の時代はインド旅行のガイドブックには、野良犬も多いが狂犬病の罹患率が高いので近づくな、とたいがい警告がありました。実際、最初に泊まったカルカッタのサッダルストリートの近辺にも野良犬の群れがいましたが、案ずるには及ばず、インドの野犬は人が近づくと逃げて行きます。犬を飼っている人もいましたが、ほぼ「番犬」で、ペットというよりは使用「犬」の扱い、短い鎖につながれて、食事はヴェジタリアンカレー。ペットフードの存在も知らなかった子どもの頃飼っていた雑種犬がカレーの残飯は食べなかったと記憶していたので、インドにはヴェジタリアン犬もいるんだと驚きました。

 最近ではインドのショッピングモールのスーパーにペットフードが置かれているのも目にするようになりました。車も家も買えたし電化製品もそろったから、子供がほしがる犬でも飼おうか、という気になる人が、多数派とは言えないまでも、日本の人口に比べられるぐらいには増えている、ということなんでしょう。しかし、今年泊まったハイダラーバードのホテル裏の路地にもまだ人を見ると逃げる野良犬の群れはいましたし、映画の「ここにゴミを捨てる奴は犬だ」に類する犬畜生を卑しむ表現は南インド映画には相変わらず頻発します。日本の観客があたりまえだと思っている「ペットは家族の一員」という感覚は、子供に犬を買い与える親でも「家族?親戚も多いし間に合ってます。」という南インド社会ではそれほど一般的だとは思えません。

 映画ではそのため、ヒーローが家族をなくし、まわりから偏屈だと思われている特異なキャラクターとして設定されています。ヒロインのほうも、大多数の庶民には縁のないブリーダー育ちの高級犬ですが、映画の世界では「高額の遺産を残されたザミーンダールの娘があくどい親戚のために使用人扱いされている」というようなリアリティーのない設定でも共感の妨げにはならないのです。ただし、フィクションの部分はそこまでで、狂犬病とはいわずとも、皮膚病をもっていそうな犬に、触るなと親が子供を制止するといったインドの現実も、隠さず描写しています。

 動物愛護協会の活動ぶりも、客観的な描写だろうと思います。英語教育を受けているインドの支配層には、アニマルライツなどの欧米の思想もダイレクトに入ってきます。実は、私は個人的にはインドでのこの種の団体の活動にはちょっと疑惑があります。映画の「撮影に際し動物を虐待していません」のお断りがほとんど義務的になっていることからもわかるように、かなりの政治力のある団体ですが、これがたとえば、イスラム教徒のバクリード(ヤギ犠牲祭り)に伴うヤギ市でのヤギ運搬に横槍を入れてくる、というような報道を見ると、ヴェジタリアンの多いヒンドゥー教徒支配層のヒンドゥー原理主義的な政治活動ではないのか、と疑ってしまうのです。アニマルライツ以前だと、ゴーセーワ・サミティ(牛福祉委員会)という団体が、イスラム教徒地区の牛肉屋にいやがらせして閉店に追い込む、というような活動をしていたのの延長ではないのか。しかし、映画でのデーヴィカは、単に庶民感覚には疎い、ちょっと上から目線だけど悪気はないお嬢様として、特別美化することもくたすこともなく演出されていると思いました。「悪徳ブリーダーを排除せよ」というメッセージがインド社会にそれほど大きなインパクトを与えるとは思えないけれど、この映画がヒットした場合に予想されるペットブームを後押しするつもりはないという意思を明らかにした(ペット産業の息のかかっていない)映画なんだろうと思います。

 では、この映画の見所はどこなのか。私はパンジャーブ州ルディアナでの犬の敏捷性コンテストがひとつの山場じゃないかと思っています。見に行ったつもりのコンテストで出場する羽目になったダルマは、ただ跳ね回って失笑を買うチャーリーに声を荒げます。「食って、うろついて、寝て。この3つ以外に何かできるのか?」このセリフ、「チャーリー」という呼びかけが入っていません。つまり、名前をつける前に自分が発した言葉の再現なのです。犬に向けられた言葉は、そのまま自分に跳ね返ってきます。そして、コンテストでの入賞に向けての訓練に打ち込むヴァンシナーダンと過ごしたダルマは、妻に逃げられ新たに人間の家族をもつことも望めない彼が、おそらく同じ問いを発したのだろうと知っています。パートナーとしてのカルパの協力ぶり(犬はコンテストの自主練をしません)を披露するはずのコンテストで、ダルマはチャーリーがどのようにパートナーとなり、最後には空まで飛ばせてくれたかの、劇中劇を演じて見せたのです。
 棄権しようとしたダルマが、デーヴィカが審査委員席に現れたのを見て出場したという演出ですから、観客にはわからなくてもデーヴィカにはわかるはずだと劇中劇を決行したというように見えます。しかし、ヴァンシナーダンはなぜコンテストの出場権をダルマに譲ったのでしょうか。ダルマがそこまで考えないはずはないと思いませんか。
 このシーンで流れる歌は「パートナー」テルグ語版ではサハチャリで、伴侶という意味です。ラブロマンスでなくて何だ、という歌です。

 終盤、ヒマーチャル・プラデーシュからカシミールへの旅では、ダルマの焦燥はますます深まります。マハーバーラタでのダルマラージャと犬の須弥山詣がパーンダヴァ兄弟の死出の旅であることを知っていると、ダルマはどうなってしまうのかと気を揉むことになります。そして、最後のシヴァ神の祠、カイラーサ山でチャーリーと再会するダルマ。
 「にいちゃん、おおきに。」『火垂るの墓』の清太は、そのまま目を覚まさなかった節子の後を追いますが、成仏できずに二人で過ごした最後の日々を何回も繰り返し続けることになります。ダルマは、モクシャ(解脱)はひとまず置いといて巡る因果の糸車に戻り、出会いから別れまでを繰り返すことになるのですが、犬を連れた幽霊にはならなかったので、繰り返しとはいっても前とは違った展開をめざすことができる、という点が、ほんの少しハッピーエンドになっていると思います。

ラクシット・シェッティの英語インタビュー

 プロデューサーでダルマ役も演じたラクシット・シェッティが、『チャーリー』や、映画人としての自分の立ち位置について語っています。インド英語が聞き取りにくければキャプションをオンにすると、カンナダ語の人名・映画名などの固有名詞以外はだいたい正しく自動認識してくれます。
 「チャーリーの名演」が評判ですが、その陰には出演者・スタッフの試行錯誤があったようです。チャーリーがダルマの顔を見つめるシーンの撮影のために、シェッティは口にドッグフードを含んでときどきチャーリーに吐き与えながら演技しなければならなかったようです。ラストシーンの撮影時に、初監督のキランラージ監督が興奮して「パート2」のアイデアを聞かせに来たのに対して、「パート2もいいけど誰か別の人を探してくれ」と頼んだそうです。
 『チャーリー』にはプロデューサーとしてストーリー・演出についての助言はしたけれども、最終的には基本的にはキランラージが決定したようです。当初のシナリオでは終盤はもっと『マハーバーラタ』を意識したセリフで、ラクシット・シェッティも気に入っていたのですが、キランラージが自分の考えで最終的に入れ替えたと言っています。また、チャーリーやアディリカの可愛いシーンがもっといろいろあったのを、キランラージの判断で編集段階で大胆にカットしたとも語っています。
 完成までに4年以上かかった「チャーリー」ですが、演じている間にこれはヒットするという確信はあったと言っています。ひとつにはインドではコロナ禍がペットブームを後押ししたということもあるようです。親戚訪問が日本と比べてずっと日常的なインドでは、外出規制が家族の喪失と同じような効果をもったのでしょう。ちなみに、別のインタビューではラクシット・シェッティ自身は「猫派」だと語っています。
 インタビューで語っている2回目の監督作品『リチャード・アントニー』は今年8月に公開予定。10年前の『ウリダワル・カンダンテ(別の人から見ると)』は出身地トゥルナードゥの地域性を前面に出した『羅生門』的な殺人ミステリーとして高く評価されたのですが、その続編で、インド西海岸のパラシュラーマ(国引き)伝説のモチーフも取り入れられたものになるようです。
(トゥルナードゥはテルグと並んで私の専門とする地域になるのですが、ノーマークでした。お恥ずかしい。これは見に行かないと。)

ロードムービー

 カンヌ国際広告映画祭金賞を受賞したトリスウイスキーのCM『雨と子犬』(1981)と言えば、ご記憶の中高年の方も多いと思います。京都の街並みを野良の子犬が冒険する様子を追う、という映像です。ただ、この時代でも「子犬は冒険なんかしない。それを雨の中放り出して撮影するなんて・・」と憤っている友人はいました。チャーリーの登場シーンの冒険は、VFXの発達した今日、虐待ということはないのですが、冒険どころか野を越え山を越えの疾走です。脱走なんだから脱兎のごとく、というのが自然にも思えますが、よく考えるとおかしい。いったいどのくらいの距離を走ったのか。

 手がかりはデーヴィカの位置情報に出てくるヴィジャヤプラという地名です。現在のカルナータカでいちばん有名なヴィジャヤプラは、ゴールコンダと並んでムガール以前のデカン北部のムスリム勢力の拠点だった通称ビジャープルの公式カンナダ語名です。しかし、これはあまりに無茶です。カルナータカ州北部、マハーラーシュトラ州境に近いビジャープルから、南端近くに位置するマイソールまで、州を南北縦断の500キロ走破。よくマイソールで止まったな、という経路になります。どこか別のヴィジャヤプラだと考えたほうがいいでしょう。
 もうひとつの手掛かりは、旅が始まった後の復讐です。獣医から虐待動画が送られてきたとき、ダルマは「カルワル・ブックショップ」で買った地図を眺めています。この地図には、ラージャスタン州のグジャラート州境あたりから北へ、パンジャーブ州を経てヒマーチャル・プラデーシュのシムラと思われる終点まで線が引かれています。現在地は「カルワル」に近いあたり、すでに西海岸側に下ったゴアとの州境が近いエリアです。ここから「ヴィジャヤプラ」まで行って、悪徳ブリーダーを生き埋めにした後、またカルワルに戻り、ホテルに何軒か断られた後、チャーリーを盲導犬と偽って一泊、さらに翌日カルワル警察のお世話になる、とカルワルでのロケが続くので、ヴィジャヤプラはカルワル近くの内陸、ということになるでしょうか。カルワルからビジャープルに行ったのならそのまま北上するほうがはるかに早く北に着けるはずです。
 ただ、カルワル近くだとすると、これはこれでおかしなことになります。カルワルから南はマンガロールまでのコースタル・カルナータカは、インドの西海岸ではもっとも雨の多い地域で、年間降水量は東京の2倍以上に達します。雨季には1週間以上太陽を拝めないということもよくあります。カルワルが晴れている、ということは、雨季が明けて乾季入りした11月、つまり、ヒマラヤをそれほど高く登らなくても雪が期待できる季節ということになるでしょう。そして、この内陸がマルナードゥ(山国)、つまり西ガーツ山脈ということになるのですが、これが輪をかけた多雨地域で、年間7000ミリ以上の降水を記録している地点が南北に連なります。この地方で、ダム建設のための立ち退きを拒否したブータ信仰の祭司一家が雨季でダムに流れ込む水に追い詰められていく、というカンナダ映画の有名作品が『ドゥイーパ(島)』(2001)です。これに対して、南端のマイソールを含む西ガーツ山脈東側のデカン高原は、年降水量が東京の約半分の半乾燥地になります。つまり、南インドは東から西に移動しても景色が茶色から緑にがらりと変わるのです。マルナードゥから西海岸は急勾配で、どのルートを通っても、ダルマの家族の車が転落していったような、崖っぷちの道が続きます。カルワルから子犬チャーリーがマイソールにたどりつくためには、この山道を登って来なければならないのです。
 というわけで、「ヴィジャヤプラ」については、カルナータカ州全体が京都市街地の中に収まるようなパラレルワールドを考えることになりそうです。
 ロードムービーとして歌に乗せて二人が進んでいく部分も、おそらくロケ地の都合と思われる飛躍があります。カルワル警察からデーヴィカが加わるわけですが、カルワルからは66号線(NH66)を北上してゴアに入り、マンドヴィー川河口近くの橋(2019年開通のアタル・セートゥ橋をあわせて3本平行)を渡るところまではいいのです。夜景があって一夜明けたかと思ったらNH748をさっきの橋に向かって走っています。ここまではゴア。ところがその後、誤解が解けるシーンは内陸と思われる茶色い風景です。流れている曲は、ラージャスタンのヴィシュヌ派頌歌をアレンジした「カッテー(どこへ)」なので、ラージャスタンの砂漠かな、とも思うのですが、ゴアからいきなりラージャスタンはさすがにないと思います。間にマハーラーシュトラとグジャラートの2州があるはずですが、この部分は経路図が見当たらないのでどこを通っているのかわかりません。まあおそらく、NH66でムンバイ内陸の終点まで行って、NH48に入り、そのまま行くとデリーなので途中で左折してラージャスタン入りかな、とも思うのですが。マハーバーラタのパーンダヴァ兄弟道行きであれば海に沈んだクリシュナ神の都ドワーラカを通るために海沿いにグジャラートに至るはずですが、この後は内陸シーンばかりです。ゴアより北はやや標高の低くなる西ガーツ山脈側の内陸をNH66も通っているので、湖での遊泳シーンはそのへんかもしれません。
 歌と地域はあってないかもしれない、というのは、コンカニ語の「オーガ」もそうです。歌っているのはゴアの女子大生のようですが、コンカニ語はコンカン・コースト(マハーラーシュトラとカルナータカの沿岸と間のゴア)で話されている言語。でも流れるのはデーヴィカの誤解が解けてからの内陸の旅の部分です。
 パラモータリングで空を飛ぶシーンはラージャスタン、それも西側の砂漠に近い部分のように見えます。機材自体は東側ウダイプールの観光業者のものに似て見えますが、まあ、最近のVFXなのか、業者に来てもらったか。
 チャーリーの病気がデーヴィカにばれて、雑誌の取材を受けるあたりはもうパンジャーブにさしかかっているようです。少なくとも後者は看板がパンジャーブ語になっています。デーヴィカ、いったいどれだけ付き合ったんだろうという距離です。そして、アジリティーのイベント会場はパンジャーブ北部のルディアナ。ヒマーチャルプラデーシュのシムラに向かうにはちょっと脇道のようにも見えますが、ラージャスタンが西寄りルートだったのなら(ロケはかなり西まで行っているようですし)通り道の町です。
 ヒマーチャルプラデーシュの入口がシムラですが、シムラの降雪は1月以降になりそうなので、12月から雪が降り始めるクル渓谷を目指したんだろうと思います。
 最後の終点はカシミールの停戦ラインなのか、地滑り救援派遣地からの帰路の軍野営地なのかわかりませんね。理解のある隊長さんの登場で、インドでも、軍用犬・警察犬など眼光鋭い系飼い主さんの飼い犬文化が確立していたことを思い出します。RRRにも犬出てましたっけ。猟犬だったかな。日本映画だと『南極物語』とかありますが、インド映画ならそのうち、月面に取り残された軍用犬が月の兎とか鹿とかで食いつなぐなんてストーリーもありえなくはない。いや言い過ぎ。

キランラージ監督のウェブページ

 SCRIPTのタブに『チャーリー』のシナリオ全文ト書き付きのpdfカンナダ語版(149頁)と英語版(151頁)が掲載されています。深掘りしたい人、語学学習教材に使いたい人は必見です。
 ANECDOTEも読みごたえがあります。チャップリンとの出会いは子供の頃NGOが村にやってきて開いた『犬の生活』(1918)の野外映写会だったそうです。「もっとも美しい沈黙の証言」。あと、おばあさんが聞かせてくれた『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』。想像をかきたてる語りから、物語を紡ぐことを学んだ。学校は中学校までで働かなければならなかったけれど、家の事情が安定してきたところでレストランで働きながら通信教育で監督学を学んだ苦労人です。
 出身はケーララ州のカーサラゴード県。北半分は本来のトゥルナードゥですが、マラヤーラム語話者が多数派だったため、言語単位の州再編で西海岸の旧マドラス州がマイソール州とケーララ州に分かれたときにマイソール州になったサウスカナラ県から切り離されてケーララ州に編入された地域です。今ではとうとうマラヤーラム語話者が80パーセントを越えていますが、北側には他のトゥルナードゥ地域と同様に、トゥル語を地域共通語として学校ではカンナダ語を学ぶさまざまな母語(トゥル、コンカニ、カンナダ、マラーティー、マラヤーラム)のコミュニティーが共存する村々が残っています。(私のフィールドです。)カンナダ語でシナリオを書いているということは、キランラージ監督もこの地域の出身だろうと思います。
 トゥルナードゥは、アーンドラでいえばクリシュナ、ゴーダワリ両デルタ地帯と同じく旧英領だった先進地域で、カルナータカ州の政経・文化で大きな勢力をもっていて、映画人にも昔からこの地域のコミュニティー出身の人たちが多いのですが、ラクシット・シェッティやリシャブ・シェッティの一派は、カルナータカの支配というよりは西海岸の独自性の表現に関心があるんだろうと思います。といっても、この地域に既存のトゥル語映画やコンカニ語映画とは異なる動きです。少数言語マーケット向けだと、映画よりは演劇活動が中心で、有力な劇団が年に数本、映画化する、というようなことは昔からあったのですが、彼らが目指しているのは地域性を失うことなく普遍的に表現していく、ということなのでしょう。

(インドの州境地域の言語人口はけっこうころころ変わります。バイリンガルだった人たちが国勢調査で報告する言語を切り替えることと、少数派になった人たちが徐々に出ていくことの相乗効果です。ちなみに、KGFのあるコラール県は、19世紀にマイソール藩王国の領有が確定した地域ですが、20世紀中の国勢調査ではテルグ語話者が過半数を占めていました。今世紀に入ってカンナダ語との比率が逆転しています。)

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