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アウトライン  引きこもりからの脱出


 東北の叔父さんが来るらしい。スリッパ野郎だ。デリカシーがない。いきなり人の部屋に入ってくる。ロックしてあってもお構いなしだ。
「こんな旧い室内錠は、ドアノブをスリッパで引っ叩いてやればバネが跳ねて開くんだ」とか言って笑ってやがった。乱暴なやつだ。でも確かに開いた。ドアノブに付いたボタン錠を押し込んで施錠するタイプのモノロック錠というやつの欠点らしい。衝撃に弱い。安全性を高めたいならサムターン錠という回転させて施錠するものが良いらしい。このタイプは衝撃で開くことはない。ドアノブごと交換することで施工も簡単だ。俺の部屋の錠も随分前に替えてある。スリッパ野郎も簡単には入ってこれない。と、そう思っていた。

「おい開けろ、少し話があるだけだ。出てこないならドアを壊すぞ」いきなりだった。まだ外は日が高かった、寝ている時間だ。その時はドアを壊すなんて流石にできないだろうと思った。

「コンビニへ行ってくる、その間に覚悟決めて出てこい、いいな」そう言い残してスリッパ野郎は去っていった。ただ、聞き間違えでなければ「ぺンチとマイナスドライバー、それとガムテープある?」とかなんとか話し声が聞こえたのが少し気になった。そして嫌な予感は当たる。 
 スリッパ野郎が10分ほどして戻ってきたのは足音でわかった。そしてドア前で2分もしないうちにドアが静かに開いた。
「なんで?」と思いながら見ているとスリッパ野郎は静かに入ってきた。

「あんまり面倒かけるな、こんなドア丁番のピンを抜けば簡単に開くんだ」スリッパ野郎はそういった。たしかにドアは何時もとは反対側に開いた後、ドア枠だけになった場所から眩しすぎる光が差していた。
 スリッパ野郎はシルエット姿で入ってくると目の前に静かに座ってあぐらをかいた。

「なんでこうなったか分かるか?」スリッパ野郎は静かにそういった。ドアのことではないのはわかっていた。新卒で就職した会社を半年で辞めてすでに2年が経っていた。再就職のための就活をしているわけではない。工学部を卒業した。資格試験の準備をしているわけでもない。技術職希望だったが、営業職で就職することになり結果、職場が合わなかった。「違う、ここじゃない」と思ったら行けなくなってしまった。それだけだった。

「胆力が足りないんだ」スリッパ野郎はそう続けた。
「具体的に何があったかは知らないが、このままでは良くないことは分かるな。学生時代にも似たようなことがあっただろう。でどうするかだ」
 スリッパ野郎はそう言ったが、それは違うと思った。学生時代のは周りが過剰反応しただけだ。でもまぁ今更そんなことはどうでもいいことではあった。反論するのは辞めた。確かにあっという間に2年経った。まだ2年だとも思うが10年ぐらいこのままあっという間に過ぎていくようにも思う。そう考えると流石に怖くなる。

「まず体力をつけろ。5キロぐらいジョギングしても息が切れない程度の体力が必要だ。そうすればどんな仕事もこなせる。別に42キロも走る必要はない。まぁまずは3キロでもいい」
 結局「体力」か「胆力」じゃなかったのかとも思ったが揚げ足をとる雰囲気ではなかった。

「朝、早起きして少し鍛えろ。日の出前後なら人目が気になることもない。夜は駄目だ。何故かは分からんが胆力を鍛えるには朝がいい」
 おっ、やっぱり胆力かと少し聞く気になっていった。説教されるわけではないんだと思った。

「早起きして腹が減ったら、朝飯ぐらい自分で作れ。魚がいいな。肉は駄目だ」
 なんでだよとも思ったが、声にはしなかった。

「朝飯の話だ、肉を食べるなという話ではないが肉の脂は固まるんだ。血管が詰まる原因になる。単純に体力をつけるらなら肉のほうが調理も簡単だろうが肉は気が詰まる。缶詰でいいから魚料理のレシピを覚えろ」
 料理までするのか、結局説教じみてきた。

「なるべく頼るな、頼っている間は思い通りにはならない。相手のペースに合わせなければならない。頼っている相手が世間体を気にするなら、それ以上に気にすることになる。そうして動けなくなってしまう。そうこうしているうちに不安が募って過剰反応する。その先はどん詰まりだ。
 基礎体力がついてきたらバイトでいいから働け。交通整理のバイトで良い。10日も働けば自立できる。探せば2万程度の安いアパートはある。自分で稼いで自立すればどんな生き方をしようが誰も文句など言わない。自由気ままだ。人目を気にして体裁の良い就職口を探す必要もない。好きに生きられる」
 引きこもりの状態から、自立して一人暮らしが可能。息をつまらせて暮らす必要がなくなるというのは一見魅力的ではあるが結局バイト暮らしじゃないか、というモヤモヤした気持ちが残った。

「で話はここからだ、10日働くとすると20日は休みだ。20日遊び呆けるという手もある。ただ、金があるわけではないのでゲームをし続けるぐらいだろう。ゲームの腕を磨いてプロゲーマーになるという道もあるだろうが、競争が激しくてそれこそ夢物語だろう。ゲームが好きなら作る側に回れば仕事にもなるが、プログラミングの習得はそれなりにハードルが高い。それができるなら苦労はないわな」
 そうだ、だから八方塞がりでこうなっているんだよ、と思った。何が言いたいんだ。

「そこでだ、プログラミングはハードルが高いが3D画像の制作なら比較的簡単なの知っているか?初期投資も必要ない。少し視点を変えればゲームで遊んでいるのと大差ないことをしているうちに覚えられる。興味あるか?」
「ある」初めて声に出して答えた。

「よし、具体的に説明する。例えばだ、ブレンダーというプロの3D動画制作の現場でも使われているフリーソフトがある。この種のフリーソフトは他にもいくつか種類がある。そしてこのソフトの入門用のチュートリアル動画もユーチューブに多数上がっている。それを一つづつゲーム感覚でこなしていけばいい。1月も夢中になってやれば、とりあえず思ったものが作れるようになる。で、その後は地道に腕を磨き数分の短いゲームのパロディー動画を作って公開すればいい。アクセス数があってもなくてもそれが実積になる。具体例でいうと有名なゲームソフトの一場面をパッと見遜色ない形で再現する。そしてあり得ない形で展開して、オチを付けてクスッとさせれば大成功だ。そうだなぁグランツーリスモのレースカーがダートで跳ねた拍子に空中に舞い上がって、カラスと喧嘩するみたいなものをリアルに作ったとする。エッという展開で目を引いてクスッと笑わせるんだ。そういったものを自由に作れるようになればその動画自体が仕事になるわけではないが、実績代わりになりフリーランスで動画制作の仕事を受注できるようになる。3D動画の需要はゲーム業界以外にも建設業を始め様々ある」
 ホントかなぁと思った。そんなに簡単に行くのか?と。声には出さなかったが、顔にはでていたと思う。

「上手くいくかどうかは勿論やってみないとわからない。というか、上手くいくように先々対応していくんだ。現時点で将来設計のアウトラインとして期待値に嘘はない。うまく行けばそれが本業になる。最悪でもバイトで最低限暮らしていける。どん詰まりのこの状態からは抜け出せるという話だ。これ以外の方法でもいい。生き方は色々あるんだ。どうするかは自分で好きに考えろ」
 それだけいうと叔父は帰っていった。叔父が外したドアを直すのに小一時間はかかった。とりあえず時間はかかったが不具合もなくドアだけは直った。

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