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三重県立美術館と「洋画の青春」

「洋画の青春」(1月27日~4月14日)に行ってきました。


三重県立美術館


副題に「明治期・三重の若き画家たち」(The Youth of Japanese Oil Painting: Young Painters of Mie in the Meiji Period)とあったり、藤島武二没後80年 鹿子木孟郎生誕150年にちなむ企画ということで、現三重県立津高校に図画教師として数年間勤務した藤島武二そして彼の後任である鹿子木孟郎・赤松麟作、そして彼の教え子たちの作品をまとまってみることができる企画です。

藤島・鹿子木・赤松が三重で過ごした期間は明治20年~30年代の、しかも数年間だけなので、彼等の作品の全貌を把握することはないのですが、油絵という幕末から明治期にかけて日本に入ってきた新たな表現方法を選び、画塾で表現方法や技術、そして自分のテーマに取り組み、画家としての生計を立てる一つの方法として図画教師の試験に合格して三重へやってきた画家たちの夢や野心といった若さを感じるには十分な作品たちでした。

企画展の目玉と言うべき鹿子木「津の停車場(春子)」(1898年)、藤島「造花」(1901年)、赤松「夜汽車」(1901年)の中で、春子の愛称がある「津の停車場」は三重県立美術館の所蔵作品なので、過去に常設展で何度か見る度に素敵だなと思ってきたお気に入りの絵です。交通公共機関(電車に乗ること)が好きなので、明治期の津駅を描いたというだけでもポイントが高いのですが、後姿の女性の羽織の差し色の赤が絵を若やいだものにしているような気がします。この作品は、これからも長く常設展で眺めたいものだと思っています。

展示コーナーの中では、「3 洋画が三重にやってきた! The Japanese Oil Paintings have arrived in Mie!」が興味深いものでした。「尋常師範学校尋常中学校高等女学校教員学力検定試験出願者心得」や「明治廿六年尋常師範学校外二校教員学力検定試験日時割表」から教員採用試験の絵画の実技試験がかなりハードなものがわかります。

また、数年ながらも三重に赴任した時の藤島と専照寺住職や川喜田半泥子との交流がわかる手紙や作品、藤島を東京に呼び寄せた黒田清輝宛の絵葉書などが展示されていて、当時の美術界、洋画家の交友関係の一端を知ることができるようになっています。藤島の文殊菩薩像は、その後の「乱れ髪」装丁につながるような雰囲気がありました。

津の学校の教え子であった川喜田半泥子が藤島の絵を購入するようなパトロンになっているあたりも興味深かったです。というのも、洋画をはじめとする西欧近代文化の近代日本への定着が、いわゆる庶民レベルではどのように行われていったのかという点に関心があるからです。

日本における近代洋画の継受が東京をはじめとする都市部で主に行われ、そこに画家が集まったとしても、たとえば三重のように都市部とは言えない地域の文化人が、画家たちを支え、またその地域に近代洋画を定着させていくといった役割を果たしたのだろうなと思いました。そしてやはり三重における川喜田半泥子の存在の大きさを再認識しました。明治以降の三重における美術教育の展開はもっと知りたいものです。

なお、鹿子木「津の停車場(春子)」と赤松「夜汽車」はこのコーナーで見ることができるのですが、「夜汽車」と同時に展示されている「自伝絵巻やっとこどっこい」で創作裏話を知ることができる楽しい展示になっています。このあたりのコーナーが今回の企画展では大変楽しいです。

その次の「Track No. 4 どぶろく(白馬)とワイン Doburoku (Unrefined Sake) and Wine」からは洋画家グループや画家たちの方向性の違いが、最終コーナーの「Track No. 5 次なる停車場―東京、京都、大阪行き Next Stops ―To Tokyo, Kyoto and Osaka」では三重を離れた後の画家たちのその後が示されています。第5コーナーでは三重県立美術館所蔵作品がメインとなるため、2階の常設展示で馴染のある作品と再会できるので、三重で描かれた作品たちではないものの、近代洋画の一端がめぐりめぐってまた三重に在ると言う感じで、楽しい気分になります。

この企画展示は多分、他の場所での巡回展示はなさそうなので、三重まで足を運ぶことをお勧めします。今年は桜の開花が早いので、3月下旬には三重県立美術館からそれほど遠くない偕楽公園の桜が満開になるので、企画展にある藤島の「桜の美人」と共に楽しむことができると思います。

さて、この時期(3月31日まで)は、2階の常設展示の方で「特集展示 矢守一声展」が行われています。


矢守一声

矢守(1881~1961年)は、1881年三重県津市に生まれ、東京美術学校塑造科で学び、彫刻家および工業デザイナーとして活躍した人です。

恥ずかしながら彫刻は詳しくなくて、三重県立美術館に来た時に常設展の柳原義達の鴉や鳩たちの作品を眺める程度で、円空に関連して伊勢市出身の彫刻家橋本平八の作品はもっと知りたいなと思ってはいたものの、津市出身で彫刻家として活躍した人がいることを知りませんでした。知らないことばかりです。

こちらはこれまでの矢守の作品研究の成果発表という趣きで、おそらく今後もさらに研究が行われ、いずれはもっと大きな企画展示になると思います。私は仏像が好きなので、祈りの造形コーナーが特に興味深かったです。作品説明にあったベルニーニ的なものは感じませんでしたが(昔、ローマに行った時に予約制の「ボルゲーゼ美術館」は堪能しました。ベルニーニは神がかっていると思います)、バロック的、あるいはイタリアの庭園にあるグロッタに通じるものは感じました。矢守の作品に影響を与えた先行作品などは何なのか気になります。また、平治煎餅さんになる「福神」などおでこが特徴な人物像は癖になりそうな魅力がありました。


建物外から見た廊下エリア

三重県立美術館は、動線がしっかり考えられている感じで、作品を見ることに集中できる建物ながらも昨今の建物にありがちな殺風景すぎることもない、ちょうどいい余裕がある建物で気に入っています。木をくりぬいたような椅子に座って、別の企画展示のチラシを眺めたり、屋外展示作品や外の景色を眺めたり、ぼーっとすることができるところも気に入っています。

こちらの美術館には友の会があります。友の会に入ると一般会員だと年会費3000円で鑑賞券3枚+会員証提示で半額になるので、企画毎あるいは隔月程度の感覚で立ち寄りたい私にとってはとてもありがたいと思っています。価格の話だけしましたが、友の会だよりや会員向けイベント(こちらはまだ参加したことがないです)もあります。今後も長く運営してもらいたいと思っています。


 〇おまけ
今回の企画展を見る際に、ナカムラクニオ『洋画家の美術史』(光文社新書、2021年)を読んでおくと楽しいと思います。黒田清輝・藤島武二・佐伯祐三などが紹介されています。