【大河小説】三線・デス・サンシン<虎太郎篇>②
つぎの日、祖父の宮城良仁(よしひと)は初孫の虎太郎(こたろう)を抱いた。ふにゃふにゃしていて流体のようだった。ややもすると地面に落とすような気がした。
豊見城のアパートに暮らしていた頃、三十年以上まえ、良仁は長男の哲人(てつと)を抱いて階段を三階まで登った。ちょうど部屋から妻の芙紗子(ふさこ)が出て来た。
「どうした」
「おとした」
「え?!」
芙紗子は良仁から哲人を奪うようにして抱いた。
「頭打った?」
「う、うん。たぶん」
「あほたれ」
芙紗子は哲人の頭をじっくり観察してあたまをそっと撫で回した。側頭部に瘤ができていた。
「あいや」
哲人はケロリとして口角をあげて涎でくちびるが濡れていた。
「これはおかしい」
良仁は173センチの体躯を縮めてどうしていいかわからなかった。
「あんたすぐ病院に連れていって」と芙紗子はドスのきいた声でいった。
「分かった」
「まーねーぬーがや」
「ごめん」
「へーく、行こうはい」
「うん」
芙紗子が哲人を抱いて助手席に乗った。良仁はエンジンをかけてサイドブレーキを解除してバックで駐車場から出た。
ゴンッ。
ブロック塀に、左の後方バンパーが当たって、擦れた。
「落ち着きなさい」
良仁は無言でハンドルを左にゆっくり廻した。
その後のことはあまり覚えていない。芙紗子を職場で下ろして、つぎに行きつけの小児科にいった。その日一番の患者だった。
小児科医は少壮の、しかし中々の名医と評判の男で、良仁の三味線の弟子でもあった。
「先生、落とした時、あたまから落ちましたか?」
「どうだろう。どういう意味?」
「こう、あたまから真っすぐ落ちたのか、それとも地面をX軸として、比較的平行に落ちたかということです」
「えっくす?」
「横におちたかということです」
「よこ?」
「頭からおちたのですか?」
「いや、ちがう。むずかって腕のなかでうごきまわるので、それで落ちて」
「はいはい」
「背中から落ちたと思う。そして勢いで頭を打ったというか」
「あ、はいはい。じゃあ大丈夫ですよ。内出血も大したことはありません」
「そうですか」良仁はホッとした。「妻がいうには脳に損傷がないかということだけど」
「ないです。多分」
「たぶん?」
「あのね、先生。人間、そんなにヤワじゃないですから」
「やわ?」
「だいじょうぶということです。大丈夫です多分」
「たぶん?」
「あのね、これであの、何ちゃんでしたっけ」
「てつとです」
「吐いたりとか、様子が変ならまた来てください」
「はあ」
「はい。終わりです」
「クスリとかは」
「んー、湿布。。。別にいいでしょう」
「はあ。内出血というのは」
「ただの瘤です。そんなに心配なさらなくて結構」
「何もしなくていいの?」
「様子を見てください。何かあればまた来てください」
その後、何もなかった。瘤は数日すると無くなった。
本稿つづく