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ミッキー絵本ゼミ第4期 第2回目


リフレクションというアウトプット

ミッキー絵本探究ゼミでは、各回の講義の後に、そこで学んで感じたこと、気づいたこと、さらに深めたことを自分の言葉でアウトプットせねばならない。しかも、第三者に伝えることを念頭に置いてWEB上で公開するというルールである。
これはかなりハードルが高いのだが、今回の講義では、そのリフレクションの書き方についての注意と、著作権についての厳しいルールやマナーも叩き込まれたため、うかつには、書けなくなってしまった。
感じたことを素直に書けばよいはずなのに、どうにも心が不自由になってしまい、言葉がどこか奥深くに逃げ込んでしまったような感じだ。

とはいえ、大学院のゼミ並みのレベルで鍛えようというミッキー先生から学ぶとなったら、わきまえるべきを叩き込まれて当然だろう。まさに愛のムチだ。
学んだことの記憶を少しでも確かなものにするため、なんとか記録としてアウトプットしようと思う。

「みつよしなつや」って、だれ?

第2回の講義に臨むためには宿題として、1冊の翻訳絵本を紹介せねばならなかった。脱力系を旨として絵本ゼミに紛れ込んでいる私は、じっくりえらぶこともせず、大好きなジョンバーニンガムの「ガンピーさんのふなあそび」を持ち込んだ。
ラボ教育センター出版のCD付きの英語の本である。
下記画像は絵本ナビのこちらのWEBページから拝借した。

ガンピーさんのふなあそび(絵本ナビWEBページより)

絵本の表紙に、英語の題名と日本語の題名が並んで書かれているのだから、宿題として紹介するのにはもってこい! 手抜きしてうまく逃げ切る妙案だった。
ところが、だ。ミッキー先生は、受講者が選んだ絵本1冊1冊を解説していかれる中で、ガンピーさんのふなあそびの段で、「翻訳者はみつよしさんでしょ?」と来た。
翻訳者が誰なのか調べもしていなかった私はあわてて確かめ、はい、「みつよしなんとかさんです」と答え、どぎまぎしていた。
光吉夏弥さんなんて、そんな人知りもしなかったのだ。
そして、ミッキー先生の語る光吉夏弥物語に、びっくり仰天! すっかり深みにはめられてしまった。

なんと、私自身の幼少期に身近にあった岩波の子どもの本シリーズは、光吉さんなしには出ていなかったというではないか。
なつかしい岩波の子どもの本を手にしてみると、あれもこれもに「みつよしなつや」の名前があり、なんてことだと、もう逃げられなくなった。

はなのすきなうしフェルジナンド

講義の中で、「誰もが知ってる本」という風に語られていた「はなのすきなうし」も、光吉夏弥先生の訳で、こどもの本シリーズの1冊なのだが、私は読んだ記憶がなかったので、早速取り寄せた。

戦わない闘牛フェルジナンドの物語

闘牛として期待された牛フェルジナンドがマドリードへ連れていかれ、闘牛デビューするのだが、戦おうとしないために、元の田舎に戻され、幸せに暮らすという物語である。
牛好きの私には、たまらないストーリーだ。
私がオーナーをしていた岩手県の闘牛「さとけんりゅう」のことも思い出されて感慨深く、ここでも不思議な縁を感じてしまった。

私は、岩手県の短角牛雄牛のオーナーだったことがあるのだが、その牛は、1歳で闘牛デビューし、2回目か3回目だったかの大会で全く戦おうとしないため、闘牛を引退させられたのだ。
岩手の宝と言える和牛「短角牛」のファンとして、激減する短角牛の応援をしようとオーナーになり、孫3人の名前(さと乃、健生、立太)を合体させて「さとけんりゅう」と名付けた。かっこよい幟旗までつくった。
なのに、「こんな戦おうとしない牛は売り払って、他の牛を鍛えたい」と、預け先の農家さんから言われてしまった。

闘牛デビューした日の幼い「さとけんりゅう」
岩手には、鉄や塩を運ぶ強いリーダー牛を育ててきた闘牛文化がある。決して牛が傷つかないよう勢子が牛に寄り添い、力比べをさせて群れのリーダーを育てる。

私は、売り払うなんてとんでもないと、「さとけんりゅう」を北海道の短角農家さんに引き取っていただき、そこで種雄牛としてつかってもらえるよう駆けずり回って手はずを整えた。
その手続きは大変だったが、戦わない心優しい「さとけんりゅう」が、栄誉ある種雄牛として子孫を残せる牛となってくれたのだ。
ウクライナとロシアの戦争で、皆の心がふさぎ込んでしまっている時、こんな素敵な話を世界中の人に聞いてほしい!と歓喜したものだ。

たくさんのメス牛たちにか囲まれて悠然と過ごす「さとけんりゅう」の幸せな姿を想像し、胸躍らせたのもつかの間、北海道にわたってまもなく同じ牛舎に来た新入りの牛に伝染病が見つかり、そのそばで過ごしていた「さとけんりゅう」も、牧場の安全策のため、ほどなくお肉にされてしまった。

はなのすきなうしフェルジナンドは、きっと最高の種雄牛としてたくさんの子孫を残したに違いない。
そして、「さとけんりゅう」は、まだ若い雄牛としてとてもおいしいお肉になり、たくさんの人に喜んで食べていただけた。

光吉夏弥さんのことを探求するのはまだこれからなのだが、「戦わない闘牛」と同じ匂いを感じている。


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