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蜘蛛の糸

自分だけは登り切って
地獄から現世へ出るんだ。

いつの日かみんなを見返すために。

でもその野心が
仏様の御心に触れ
糸は切れてしまう。

でも僕は大丈夫だ。

今まで僕を馬鹿にしたり
蔑んできた奴らを
見返してやるんだ。

分からせてやるんだ。

その気持ちは今もなお変わらない。

仏様なんか本当はいない。

地獄の世界に皆はいる。

仏、神、天国は
人々が作り上げた
良心や道徳を
具現化しただけのものだ。

神は
人間の心の中にある。

祈るなんて
弱者がなす術のない時にすることだ。

祈るばかりでは
宝くじと一緒。


余計な格言は響かない。

皆が見えないから
天から吊るされた
蜘蛛の糸は切れない。

見つけた者だけが
上れるんだ。

宗教も自分の心に余裕のない人が
縋るための集金屋だ。

僕は何も信じない。

仏がいるなら
神がいるなら
なぜ平和は訪れない?


心が整わない?

無形物なものに
祈るなんて
僕には信じられない。

信じられるのは
目の前にいる家族、
親愛なる音楽、
与えられた体、
財布の中身だけだ。


蜘蛛の糸は
1本だけ吊るされている。

誰も気づかない。

僕には見える。

誰かが気づいて上ってきたら
蹴落としてやるんだ。


ポジティブなんて
唱えてるだけじゃダメなんだ。


そしてポジティブには背中合わせで
ネガティブなものが
存在することを忘れてはならない。

蜘蛛の糸を上って
切れるとしたら
それは自分の心が折れた時だ。


きっと大丈夫。

通俗な世界の人たちには
蜘蛛の糸は決して見えない。

きっと大丈夫。


糸を吊してるのは
仏様ではない。


人間の邪悪な心が
頼りない切れそうな糸を
垂らしているのだ。

蜘蛛の糸を上って
いつの日か見下ろしてやる。


切れたとしても仏様が
なんとも言えない表情をして
終わるのではない。


通俗な人々が
ざまあとばかりに哀れむだけなのだ。


だからきっと大丈夫。

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