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【特集・苔色工房〜おいしいパンのように、毎日に小さな幸せを〜】

苔色工房・田中遼馬さんにお話をうかがいました

描いて、削り、描いてまた、削る。

ろくろの上に置いたお皿を回転させながら、鉛筆で図案を描き、下絵にそってカッターで削り取る作業を繰り返すのは、「苔色工房」田中遼馬さん。素地の上から「化粧土」と呼ばれる発色の異なる陶土を掛け、絵柄の部分のみを削り取ることで模様を描く「掻き落とし」の技法で作品を作っています。

描くモチーフは、シロクマ、うさぎ、ペンギンなどの愛らしい動物たちと、素朴な草花。線や面によって道具を持ち替え、一つひとつ削って描き出していくという地道な作業ながら、SNSなどで発信されるそのプロセスはずっと見ていても飽きないほど。削りかすが生まれるたびに伝わる「削る」という作業の気持ちよさ、ラフに描いた線がみるみる「質感」を得ていく様子に、多くの人が魅了されています。

田中さんが描くものと手法、そこにはどんなメッセージがあるのでしょう?「苔色工房」のものづくりを探るべく、お話をうかがいました。

絵を描くのではなく「作る」  おもしろさ

北池袋の住宅街に、小さな工房兼ショップ(現在は休業中)を構える「苔色工房」。工房の奥では、日々田中さんがろくろや絵付けなどの制作をしながら、出来上がったばかりの作品を並べています。

大学の陶芸サークルに入ったことがきっかけで、うつわを作り始めたという田中さん。在学時から手作り市に出店し、取扱店に卸すなど、作品を手に取って喜んでくれる人々とのつながりが、作家活動を始める後押しになりました。思えば、父親が陶芸を趣味にしていたり、絵を描くことが好きだったりと、子どものころからものづくりが身近にあったと話します。

「絵は昔から描いていました。といっても、落書きのような感じですけど。最初は『◯◯焼』のように伝統工芸的なやきものを模して作っていたんですが、絵が好きだったことから絵柄を付けてみようと思って。絵柄はオリジナルのモチーフなんですが、手法としては昔からある『掻き落とし』を取り入れました」

重ねた化粧土を削り取ることで絵柄を表現する「掻き落とし」は、陶土と一体化したさりげない絵の雰囲気が魅力。同じく伝統的な装飾技法の一つである「イッチン」(生クリームのデコレーションのように土を絞り出して模様を施す技法)を組み合わせることで、素朴な絵柄に凸凹のニュアンスを与えています。

「絵付けだと『描いている』感覚だと思うんですが、土を削ったり乗せたりして絵を表現することは『手で作る』感覚に近いんです。それが楽しかったし、自分に合っていたんだと思います」

釉薬で色やニュアンスを表現したり、筆と絵の具で絵付けをしたりすることは、平面を描くことに似た感覚。それとは逆に田中さんの心をとらえたのは、手を動かし土に凸凹をつけることで生まれる、「作る」というプロセスのおもしろさでした。

自分が手を動かすたびに、目の前の土の塊が変化し、新しい表情が浮かび上がるーー。私たちが田中さんの制作風景を見て感じる気持ちよさやワクワク感に、田中さん自身も夢中になっていったのです。

落ち着いたアースカラーで、一歩引いた色作り

釉薬は、透明でマットな質感に仕上がるもの一種類だけを使っています。代わりに、多彩な色を表現するのはさまざまに発色する化粧土。化粧土を削る箇所と、削らない箇所を作ることで、モチーフを浮かび上がらせます。

「落ち着いた発色なので、色と色を組み合わせてもトーンがまとまります。昔の布の図録などは時々参考にしますね。テキスタイルやグラフィックデザインのように、うつわを考えていると思います」

ピンクも、ネイビーも、ミントグリーンも、「苔色工房」の手にかかれば優しくグレイッシュなアースカラーで表現されます。化粧土自体の発色は、チョコレートや抹茶の生地で焼き上げた焼菓子のようなもの。絵皿であってもどこか素朴な印象が漂うのは、色とうつわが一体となり調和しているからです。

ミントグリーンは、2021年にお披露目された新色とのこと

「食べ物を盛った時、背景になれるような色だったり絵柄だったり。カラフルで絵柄があっても、主張しずぎず、一歩引いている。そんなうつわを作れたらと思って」

「ちょっといいパン」がある朝のような楽しみを

その一方で、田中さんはこうも語ります。

「うつわって、食べ物をのせている以外の時間も長いですよね。食べ終わった後だったり、食器を洗ったり、棚に置いたり……。そういう時間も、眺めて楽しんでもらいたいんです」

近年取り組んでいるリース形のプレートや、金彩の作品もそんな思いの現れ。草花の輪郭を切り抜いたリムのプレートは壁に飾ったり、立てかけたり、キャンドルやアクセサリーを置いても絵になる造形です。金彩はごく小さな部分に施すだけでもポイントに。料理を盛る以外の時間にも、使う人が目にして幸せな気持ちになる、小さな仕掛けです。

「パン屋さんでちょっといいパンを買った時、次の日の朝食が楽しみになりますよね。『明日はこのパンがあるもんな』って。華やかなごちそうではなくて、そういう存在になれたらと思うんです」

特別な日のケーキではなく、ありふれた日々の中にある確かな幸せ。「苔色工房」のうつわがもたらすのは、そんな日常に寄り添う小さな喜びです。それがあるだけで毎日がちょっとうれしくなる、おいしいパンのようなうつわを一つ、迎え入れてみてください。(文・大橋知沙)


苔色工房

陶芸家・田中遼馬さんによる陶工房。2004年、大学在学中に陶芸に出会い、以後クラフトフェアや個展などで作品を発表する。2013年、北池袋に現在の工房兼ショップをオープン。各地で個展や企画展を中心に活動中。

Web site:https://kokeiro.michikusa.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/kokeiro/


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