【エッセイ】美味い話 後編
前回の続きです。
僕達がテーブルや椅子を元に戻して着席すると、運営者達は書類を配り始めた。僕達はさっきまでのテンションが抜け切れず、次はもっと楽しい事があるんじゃないかという何らかの期待感を持っていた。
「まず私達は何を売っているのかについてご説明したいと思います。」
司会者が意気揚々と説明をし始める。
「私達はこのようなサプリメントを売っています。」
司会者が指し示した卓上には何の変哲のない瓶の中に白い丸状のサプリメントがぎっしり入っていた。
「これは何かと言いますと、端的に言えば健康食品になります。ちゃんと専門家が監修していますし、健康食品なのでどなたでも食べることができます。なので、危ない食品なんじゃないかといった危惧は心配無用です。ほら、ちゃんと健康食品マークがついているでしょ?しかも資料をご覧ください。こんなにたくさんの栄養素を含んでいます。このサプリを一日3錠飲むだけでも必要な栄養素を簡単に摂取することが出来るんです。この商品はれっきとした健康食品なんですよ。ここまでで質問ある方はいらっしゃいますか?特になさそうなので話を進めますね。あなた達にやってもらう事は簡単です。まずこの商品を、今日この会に紹介してくれた友人から買ってあげて下さい。そしてその買った商品をさらにあなた達の友人に売って下さい。そうすれば、あなたが友達から買った事によって使ってしまったお金があなたの友人達から回収することができますよね?そうなんです。この方法を使えば誰も損することが無いんです!あと、実はこの方法で有名になった商品があります。皆さんも知ってると思いますよ?中井〇一がやってるCMですよ。わかります?そう!その通り!ミキプル〇ンです!実はあの商品は三十年前にこの方法で大きくなったんです!ですから、この方法でやる事には何の問題も無いんです!私達もミキプル〇ンをベンチマークとし、日々努力を重ねています!あっ、でも皆さん。こう思っているんじゃないですか?これで儲かるの?はい、ハッキリ言いましょう。儲かります!今日、僕が何処から来たか分かります?実は、六本木なんです!嘘だと思う方、いますよね? 残念ながら嘘じゃないんです。実は次のイベントは二週間後、私の住まいである六本木の高層タワーでやる事が決まっているんです!次回の開催場所は資料の最後のページをご覧ください。六本木の高層マンションの三十階です。凄いでしょ?嘘じゃないんですよ、本当にやるんです!」
どんどん空気がこの司会者に支配されていく。それくらいこのプレゼンは田舎から出てきた無知な学生達を惹きつけるのに十分だった。
「今すぐやりたい!という方は本日配布したこの用紙の記入欄に記入の方お願いします!今日ハンコをお持ちの方は、もうこの場でハンコを押して頂き、ご友人から商品をご購入下さい!まだ決心がつかないという方は、次回六本木でお会いしましょう!」
ハンコ? 持ってくるって言ってたっけ?そもそも友達に商品を売りつけるってどうなんだ?
「何だよてふなむ。ハンコ忘れたのかよ。」
A、J、Zはハンコを持ってきていたらしい。どうやら僕だけ忘れたようだ。周りを見渡してみると、物凄い勢いで用紙を記入して、受付に提出して商品を受け取っている人達がいる。
僕は用紙に何も書けずにいた。何か引っかかる。せっかく稼いだ金でMからこんなの買うのも心理的に嫌だ。
「あれ、てふなむ。何も書いてないやん。」
Mが僕が書けてないのを気づいた。
「書きたく無いなら今無理して書かんでええよ。家帰ってじっくり考えとき。」
まあ、Mがそういうならと、僕はこの場で書かず家に持ち帰った。しかし違和感より今日の楽しかったテンションの方が優っていたので調子に乗っていた。
「意外と友人達も買ってくれるんじゃ無いだろうか…AもJもZも乗り気っぽいし。皆んなで力を合わせたら何とかなるんじゃないか…」
帰りながら、僕の心は完全に罠に落ちていた。
家に帰り、今日の出来事を兄に話した。
「僕、お金持ちになれるかも!」
「そんな一攫千金みたいな話が世の中にあるわけねーだろ!お前は騙されてる。」
浮かれてる僕を兄は言葉で張り倒した。
「でも、本当に次は六本木でやるって…」
「だとしても、お前が金を稼ぐ事は出来ない。美味い話には裏があるんだよ。」
僕は兄に諭されながら、やっと正気に戻った。インターネットで資料の商品名を検索したところ、トップに「ねずみ講」が出てきた。
この時ほど自分を呪った事はない。自分の馬鹿さ加減もそうだが、何よりMが僕にこのような誘いをしてきた事に対して本当に落ち込んだ。Mとは大学入学してから、友人として一番一緒に遊んだ奴だった。一番仲の良かった相手だっただけに、こんな幕引きになるとは思っていなかった。僕はMにLINEでネットワークビジネスをやらない旨を伝えた。
★
後日、学校の食堂で僕とMは向かい合っていた。春はもう終わり、キャンパスの脇道に咲いている桜の木々は青々と茂っていた。
「不安な事があるならなんでも言ってくれ。」
Mはいつもと変わらない調子で言った。コイツに心はあるんだろうか。
「友人を売るような行為はできない。」
僕は緊張しながらも答えた。Mはそういうと思ったよとでも言いたげな顔をして答えた。
「それは縺雁燕縺九i雋キ縺」縺溷膚蜩√r縺雁燕縺ョ蜿倶ココ縺溘■縺後∪縺溷」イ繧後?縺贋コ偵>蜆イ縺九k縺励?√♀蜑阪′螟壹¥縺ョ蜿矩#縺ォ蝠?刀螢イ繧後?螢イ繧狗ィ九♀蜑阪′蜆イ縺九k繧?s縲ゆサ悶↓險?縺?◆縺?%縺ィ縺ゅk?」
僕はMの言葉の表面だけ聞いていて、彼が何を言っているか理解できなかった。いや、理解したくないと心が遮断していた。とにかく僕はネットワークビジネスをやらない。何を言われてもやらない。理屈なんかじゃない。やりたくないものはやりたくない。
話は三十分くらい続いただろうか。Mはとうとう堪忍して
「またやりたくなったら連絡くれよ。」
と言い、その場を去った。
その後、僕からMに連絡をしないよう距離を取り続けた。僕とMは興味・関心が近いためその後も何かしらやり取りは発生したが、大学卒業後はもう僕から連絡をすることはない。
金の切れ目が縁の切れ目。この言葉が強く僕の心に重くのしかかった。
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