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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第3話

【前回の話】
第2話 https://note.com/teepei/n/n10a9b34314be

***

「というわけで、私は宇宙人でも世界の向こう側でもなく、この物語の作者だ。そして君にこの物語を壊して欲しい」
「物語ったって、だとしてもまだ何も始まってないし、え、ってことは俺の方こそ創作の産物で人間じゃないってことか」
「人間じゃない、ってのは正しくないんじゃないのか。この物語で人間として設定されている以上は。無論、私はそう設定しているが」
「いやいや突然言われても…、って言ってるこの科白も俺が言ってるんじゃなくて、あなたが書いてるってことか」
「まあ、書いてはいるが、君が言うに任せてる。次に何を言うかを決めるのは私じゃない、君だ。厳密には俺の中で作られようとしている物語の中の君だ。それはつまり、まぎれもない君自身だ」
「もう困惑しかない」
「そうだろうな。君ならそういうだろう、しかし、君には次元の裂け目を担ってもらう」
「既に胸焼けしてる」
「はい」
 また自動応答か。心の中で舌打ちするがこれも結局聞こえているのだろう。というよりも、これは相手が書きつけているのか。
「確かに書き付けてはいるが、心の中の舌打ちは言い回しなので、実際に聞こえない」
「うるさいな」
 しかし確かにそうか、と納得もしつつ、次を促すのを躊躇する。そして諦める。
「諦めるって、今、強引に書き付けたよな…分かったよ、分かった、それで、次元の裂け目って何、って聞けばいいのか。今度はもうちょっとマシな答えを返してくれよな」
「そうだね、つまり、物語を壊すことによる何かしらの作用によって、君が私の世界に踏み入ることだ」
 聞かなければよかったという激しい後悔のもと、確かにこいつは気が狂っている、と認める。
「あんたの中で創作した俺が、あんたの世界へ」
「そう」
「自分で何言ってるのか分かってんのか?って分かってるか、自覚的に気を狂わせてんだもんな」
「自覚的、は伏せて欲しい部分だが」
「それで、俺はいったい何をすりゃいいんだ」
「それが、私にも分からない」
 無言の間。どうしてこの場面を黙らせたのか問い質したい衝動に駆られるが、聞いている限り相手も衝動的に書き付けているようだから理由なんてないのだろう。
「そろそろコーヒーも飲み終わったはずだ」
 次への切り口を見つけたんだな。だが、どう転ぶかまでは分かっていまい。というよりも考えちゃいない。
「その通りだ。とにかくコーヒーは飲み終えたんだ、今は物語を進めるより他はないだろう。つまり、物語を作り続ける。なんせ、作らなければ壊せないからね」
「分かったよ、お好きなように」
 そう言うと俺は、木を囲うベンチから腰を上げた。見上げた樹木の向こうは青空だ。葉擦れの隙間に、まだ淡い朝の青が覗く。
「朝だったのか」
「そういうことにしておいた。これから始めるのだとしたら、時間も必要だろうから」
「そんなもん、あんたの匙加減ひとつでどうにでもなりそうだが」
「言っただろ、我々は無意識にも論理的に生きてしまう。望まなくてもね。さあ行ってくれ。私は退場する」
 全くもって無責任な作者だ。エンディングまで出てこないつもりだろうか。だとするなら、次に会うのは
「そう、私の世界で、だ」
「だな。それじゃあ」
 こうして俺は、戻ってきた横断歩道に再び向かったのだった。

 さて、横断歩道を渡ったのか渡らされたのか定かではないが、ここから改めて物語は始まるはずだ。どうしてくれるのか尋ねたいところだが、退場したというなら滅多な介入を望んではいないだろう。ただおとなしく起こることを待ち、街中を一人歩く。そう、ここは街中で、雑居ビルよりもゆとりある造りのオフィスビルが立ち並ぶ。おそらく主要な交通施設、大抵は駅だろうが、そういったものが近いのだろう。人影がほとんどなく、どれだけ早い朝に歩かされているんだと責め立てたくもなる。広めの歩道には石畳と街路樹。行く先にはひとりの少女。
 これか。
 これほどわかりやすい起点でよいのだろうか。そもそも細かい設定を設けようとする意思が感じられないからそんなものなのだろうが、それにしてもシンプルだ。このまま無視して通り過ぎたらどうだろうか。そんなふとした思いつきで、俺は少女の横を通り過ぎる。何も起こらない。通り過ぎてしばらくしてから振り返り、少女もこちらを振り返っていることを確認するが、俺を呼び留めるでもなく、追いかけるでもなくそのままだ。一体俺に何をさせたいのだろう、この状況にはありきたりなそんな疑問が湧くのを覚え、かぶりを振る。やれやれ。こいつは迷ってやがるな。作らなければ壊せない?そもそも作るのだってままならないんじゃないのか。しっかりしてくれよ。

***

 ここで再び手が止まる。

 壊すための物語を作るったってな。

 そもそも作ることだって脂汗滲ませながら必死に絞り出してきたのに、それを壊すために作るのか。ちょっとした罰ゲームのような響きがあり、僅かな憂鬱を思う。それだけに設定も作りこまず、いや、待て。そうだった、そもそも設定を作りこむことばかりに注力した物語に野暮ったさを覚えて、そういうことじゃないんじゃないのかって、そんな風に思ったはずだ。物語を意識的に作りこめば作りこむほど何かから離れ、気付けばうず高く積まれたガラクタを望んで呆然としていた。我ながら言い過ぎかもしれず、それは単に力不足のあらわれにすぎないのだが、そのガラクタが自分の書いたものなのだとうんざりし、それで何もかも嫌になってしまったのだ。

何もかも捨てよう。

だからこのままでいい。このまま進めて行って、あとは物語がおりてくるのを待つ。物語は俺が作り出している、という自意識がおこがましいのだ。物語が、いつも最適な語り手を選ぶ。俺にできることは設定や整合性の構築などでは決してなく、ただ待つことくらいなのだ。従順な語り手。素直に口を開け、いつでも飛び込んできて頂いても構いませんので、好きな時にいつでも、と俺は代わりにすべてを差し出す。

さて、寄り道はこれくらいにしよう。

一度、少女の脇を通過させてみたものの、いま物語の起点となるのはやはり少女しかいないかな。他に思いつかないし、そもそも何も考えず少女が現れたってことは、それこそおりてきた物語の発端では?
ということで、やはり少女のもとに戻してみることにする。まあ、奴は非難ごうごうだろうが。

(続く)
【次の話】
第4話 https://note.com/teepei/n/n90aaaf608eae

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