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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第2話

【前回の話】
第1話 https://note.com/teepei/n/n9059c105395b

***

 ここまで書き進めて一旦止まる。

 もうめんどくせえな、さっそく物語を壊しちまうか。

 俺はこの物語の中で困惑のさなかにいるそいつに、物語を壊してもらおうと思っている。それをどの機会に、どんな風に、なんてのは全く考えていない、ノープラン。だから早速壊してもらっても俺としては問題ない。壊すなら、わざわざ作る必要なんてないじゃないか、と思うかもしれないがそれは違う。壊すために作る。壊されるものは作られなければ壊せない。単純な理屈だ。でもそいつに壊してほしいものは物語にとどまらない。

 何かが起きてほしい、と思う。

 そいつが物語を壊すことできたその瞬間に、この世界も、存在も、次元も、何もかも。
 そして次の新しい何かが始まればいい。
 本気でそう思っている。そう思うようにした。

 人間いっそ気なんて狂ってしまった方が楽になれるのかもしれない、と高校時代の国語の授業で担当教師が放ったそんな一言を、今でも思い出す。それは扱う作品に対する評の一部だから、この部分だけを取り上げると随分なことを言っているな、という印象を受けるが、名誉のために行っておくと、この教師は生徒と同じ目線で問題を見つめることができる稀有な人だった。そういった柔らかく豊かな感性は、時として繊細な部分を拾いあげる。それには世界が美しいものだけで満たされているわけではない、という暗示が含まれていた気がするが、とにかく、何もかもうまく行かないと決めつけた俺は、気を狂わせてしまおうと思い至った。
 しかし気が狂うったって、日常生活を突然放棄する勇気もない。そこで、狂わせ方を思案した。日常生活がある。それでも気が狂っている状況は成立するのだろうか。しばらく考えたり忘れたりしながら、ふと気づく。

 常軌を逸したことを本気で信じる。

 これはなかなかいい。これならば日常生活を送りつつ、一皮むけば狂気の沙汰、という最適な状況が得られる。狂うことに最適も糞もないが、それでは『常軌を逸したこと』を何にするか、という検討に入る。
 その前に、まずは俺の何がうまく行かないのか説明しなくてはならない。
 それは『常軌を逸したこと』の題材に繋がるからだ。
 話はまた前述の国語教師に遡るが、その人が言った科白でもうひとつ、いつまでも頭の隅にこびりついているのものがある。

 結局、最後までしがみついた者が勝ちなんだ。

 自らやりたいことがあれば、とりあえず人はやってみる。しかしその先を続けるにあたり、幾重にも分岐点が訪れる。その度に、成功しているかどうかの基準に照らし合わせ、大抵は諦める選択肢を取る。諦める、とは後ろ向きな表現だが、その中には人生に対して建設的で前向きな選択肢も含まれるわけで、だからその全てを否定的に考えてはいけない。

 だが、しかし。

 選択肢を選び取る局面で、成功への到達度だけが基準ではない、と誰が言ってくれるだろうか。
 その点で、この台詞は妙な力を持っていて、『ずっと心の中で掲げている座右の銘なんです』と言えば嘘になるが、時折思い出されては俺をもう一つの選択肢へと促していた。

 つまり、俺は続けることを選んでいた。
 そして俺のやりたいことというのは、物語を作ることだった。

 そうは言うが、毎日全力で邁進している、というわけでなく、どちらかと言えば細々としている。そして妙な力を与えてくれるとはいうものの、正直なところ続けているのかいないのか自分でも良く分かっていない時もある。

 それでも、俺は続けていた。

 物語はなかなか結末を迎えず、最初はそんなものばかりだった。それでも続ける選択肢を選んでいたわけだから、あの科白の妙な力というのも納得して頂けるだろう。
 物語を結末まで導く、という必要最低限にまで到達できるようになったのは比較的最近の話だ。それこそ、ようやくスタートに立てた気がした。だが、そのスタートには既に無数の人間が立っている。次の一歩は、そこから抜きんでることだろう。つまり、然るべき承認を得ることだ。あいつは物語を書いている、あいつは語り手なんだ、それもとびきり面白いものを書く。そんな風に周りや、然るべきところからお墨付きを得ることを夢見て、いつの間にかそれだけになった。SNSに渦巻く承認欲求の嵐を鼻で笑いながら、俺自身はもっと鼻持ちならない承認欲求の沼で溺れていることに気づかず、それこそ鼻で笑われるべきは俺だったのだ。自覚のない承認欲求はたちが悪く、気付けば認められないことへの無視できない不満を拗らせていた。
 あの科白の持つ妙な力もとうとうここまでか。
 やりたいことを放棄した。何もなく、ただ生活するだけに生活し、あらゆる時間を惰眠で貪り、暴飲暴食を続け、生活は破綻しかけていた。諦めるにしても建設的で前向きな選択肢だってあることは既に述べたが、それにもかかわらず最悪な選択肢を選んでいたのだ。
 すべてがうまく行かない。
 こうして俺は、そう決めつけるに至る。そして話は始まりへと巡る。
 気を狂わせてしまえばいい。
 では何を以てして気を狂わせるのか。
 俺は、この世界以上の世界を本気で信じることにした。
 そしてそれ以上があるならば、それ以下の世界があってもいい。
 ちなみに言っておくが、以上や以下というのは程度のことではない。
 ここでは敢えて『次元』と表現しておく。
 この慎重な言い回しは、この言葉の扱いを未だ持て余していることを指す。
 それは良いとして、そうしたものを信じるのはいいが、それだけに留まるのは気が狂うにしては退屈だった。
 だから、世界を壊してみることにした。
 俺は、俺の作る物語を壊す存在を生みだす。
 そして、そいつにこの世界も、この世界以上の世界も壊してもらおう。
 その時何かが起こるはずだ。
 ここに来て、教師の放った二つの科白は奇妙な力の混合を見せた。
『本気で信じる何か』は、『その時起こる何か』へ到達したのだった。
(続く)
【次の話】
第3話 https://note.com/teepei/n/ne457fed02618


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