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【Album Review】Tyler, The Creator / IGOR

この度新企画【Album Review】が始動します。
その名の通り、

「いつの時代も、ポップミュージックの中心は“ティーンネイジャー”だった。」

のキャッチコピーのもと、10代の中心となるような時代感覚に合ったアルバムのレビューをこれからしていけたらいいなと思います。

まずは以前行われた、あなたが選ぶ《21世紀にリリースされた》名盤(洋楽)で多くの票を獲得したアルバムをピックアップしていきます。

第一弾となる今回は、2019年リリース、

Tyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)/"IGOR"を取り上げていきます。

(レビューだけ見たい方は下記の目次から飛んでください〜)

"Tyler, The Creator"って誰?

Tyler, The Creator(以下タイラー)は1991年生まれのアメリカ合衆国カリフォルニア州出身で、ラッパー、音楽プロデューサー、それら以外にもデザイナーや映像作家も務めるマルチクリエイターです(名前にクリエイターって付いてるだけあります)。

2007年にオルタナティブ・ヒップホップ・グループOdd Futureを結成し、2009年に彼初のミックステープ「Bastard」をリリース。そのミックステープはPitchforkによる2010年のトップアルバムリストにおいて32位にランクインするなど、注目を集めました(ちなみにPitchforkの創設者も設立当時高校生だったらしい...俺らもそこまでなりたいなぁ)。

※脱線:「アルバム」と「ミックステープ」の違いは?

普段ロック聴いてる人からすると、「ミックステープ?」となりそうですが、ミックステープというものは定義が非常に曖昧で、誤解を恐れず簡単に言うのならば、「プレイリスト」に近い感覚です。
元を辿るとヒップホップ黎明期の1970年代まで遡り、最初はDJが勝手に人気の曲を繋げて作った非正規のコンピ盤みたいな感覚でカセットテープにして路上で売ったのが始まりです。
90年代にもなるとヒップホップはメインストリームの一派となり、ヒップホップ市場も次第に大きくなっていきます。
そんな中、レコード会社がラッパーを売り出すために、人気DJにミックステープを収録してもらい、それを流すことで新曲を知ってもらい、そこからアルバムを買ってもらうという戦略が登場しました。
ただ単に曲の寄せ集めにせず、ヒップホップ特有の掛け声やフリースタイルも収録したミックステープは大人気だったそうです。
現在では音楽市場のメインはインターネットとなり、音楽の売り方も大きく変わりました。
前述の通り、ミックステープは元々アルバムを買ってもらうための手段として人気を博しました。ただ現代では、「アルバムよりも自由に発表でき、自由に作れる」として、ミックステープを主軸に曲をリリースするアーティストも増えてきました。
今後も音楽形態の動向に目が離せません。

※脱線終了

その後、1stアルバム「Goblin」、2ndアルバム、「Wolf」、3rdアルバム「Cherry Bomb」、4thアルバム、「Flower Boy」をリリースし、来る2019年に最高傑作である本作をリリース、見事2020年のグラミー賞 最優秀ラップ・アルバム賞を受賞しました。

(隣は彼の母)

彼の特色として、独特のファッションセンスがあります。
ステレオタイプなラッパー像としては、

こんなんだったり

こんなんだったり

はたまたこんなんだったり

するわけですけど(これは流石に極端すぎたか...)

彼のIGOR期の場合、

このファッションがメインとなります。

黒人には似つかわしい(誰にとってもだけど)白髪きのこヘアーヅラ、素肌に水色のセットアップ。この印象的なファッションをアルバムのMVやリリースライブ等通してしています。
"GOLF WANG"というブランドを手掛けるだけあります。

ファッションに現れるように、アルバム毎に全体のコンセプトを定めるあたり、ロックキッズには親近感を覚えるのではないでしょうか。

"IGOR"について

さてやっと本題です(熱が入ってしまいこの時点で1400文字を超えています(普通こんくらいなの???))。

このアルバムの設定として、主人公の自分は、同性である男性に恋をしています。
ただその男性には好きな女性がおり、その女性は主人公の事を嫌っている、という三角関係が主軸となっています。

このアルバムのコンセプト(勝手な印象)は「ノスタルジックな愛」だと感じます。
その理由を紐解いていきたいと思います。

IGOR'S THEME

アルバムのスタートはうねるような歪んだシンセ和音から始まります。
耳がその音で埋め尽くされたタイミングで、まるでレコードを再生したかのようなガサツいてチリチリとしたサウンドのドラムビートや効果音が挿入され、アルバムの幕開けを宣言。

この、LO-FIサウンドがこのアルバムではとても重要な点となっていきます。

粗悪ともいえる音質の囁くようなボーカルや声の効果音が何層にも連なり、全体の空気感が結実した途端、"IGOR"と決めゼリフを放ち、存在感を放った後徐々にフェードアウトしていくと思った瞬間もう一度爆発し、強烈な印象を与えて次の曲へと移ります。

EARFQUAKE

"earthquake"=地震をもじったタイトルであるこの曲は本アルバムのハイライトの1つとも言えるこの楽曲です。

前曲から引き継がれる強烈なLO-FIサウンドがとても印象的です。
ただ、単に音質が悪いだけではありません。普通音が潰れるとなると、耳を埋めつくすような音圧も失われがちですが、逆にかなりの音圧が存在しています。
これが、現代の技術を用いた意図的なLO-FIサウンドを結実しています。
同例を挙げるならば、同年リリースのBillie Eilish/bad guyも同じようなサウンドメイクです。

腹に響くようなローの出方がとても酷似しています。

私はこのアルバムのコンセプトを「ノスタルジックな愛」と表現しました。
この「ノスタルジック」をこのサウンドで表しています。
例えるならば、「ウォークマンにMP3音源で入れた曲やCDをMDに焼いた曲を聴く若かりし頃」を表しています。
昨今のティーンカルチャーで、このような昔を懐かしむ姿勢が1つのテーマになっていると感じます。
海外での日本の70's80'sシティポップのブームや、ヴェイパーウェイブの隆盛などが良い例です(他にもセーラームーンとかの90'sアニメの画像をインスタやLINEのアイコンにするJKなど)。
このように、世界規模でノスタルジックブームが起きているわけです。その中で、iPodやMDなどの低音質な媒体で音楽を聴いていたあの頃を懐かしむ、それがこの曲、そしてアルバム全体のテーマだと私は感じました。

この曲は全体を通して、「君は俺の『地震』を引き起こすんだ」という歌詞にも現れるように、心を揺さぶられた自分と揺さぶった相手について、「本当に君を愛してるんだ」と言った風に歌っています。全体を通してラブソング調の歌詞が
LO-FIサウンドに現れる昔を懐かしむ感情、そして歌詞、これらの部分が「」を表現していると感じます。

I THINK

前曲から繋がっていて、それでいて急に曲調が変わるような4発の掛け声から曲はスタート。
このように急に曲調が変わる手法は昨今多い気がします。
Travis Scott/STARGAZINGとか。

歌詞の内容は前曲から続いており、「今回は本気で君を愛してるんだ」的なことを言ってます。

急に曲が止まったかと思えばまた再開する、これもよく聴く感じですかね?

(急に曲が止まるで思い出したのがこれなんで(21世紀関係ないけど許してみんな))

EXACTLY WHAT YOU RUN FROM YOU END UP CHASING

次曲へ繋がるインタールードとなるバカクソゲロとんでも激烈超長最強最悪ネ申タイトル曲。
てかインタールードっていう考え方自体も前述のミックステープあーだこーだの話と繋がって来るかもですね。

RUNNING OUT OF TIME

「時間を使い果たす」と言うタイトル通り、相手との時間(相手を自分に惚れさせる)を使い果たしてしまった主人公、とった行動は、"Wade in your water"=「君の水の中を進むこと」、ここで言う「」とは「」のこと。実はこの言葉、1901年に発表されたスピリチュアル(黒人霊歌)の「Wade in the Water」が元ネタで、旧約聖書内の出エジプト記についての曲となっています。イスラエル人がエジプトから逃げていくように、主人公自身も「何か」から逃げていた、と解釈することができます。

自分自身に嘘をついていた事を知り、正直になろうとする主人公。メロウな曲調で雰囲気を醸し出しています。

NEW MAGIC WIND

グラミー賞授賞式でEARFQUAKEと共に披露した本曲。

メロウな雰囲気から一転、急激に感情を露わにし、重たいシンセベース音と16分のカラカラとしたビート、歪んだ高笑いと共に狂気を演出しています。

動画のサムネからも重々伝わってくる発散されたフラストレーション、「頼む、1人にしないでくれ」という歌詞からも嫉妬の念が伝わって来ます。

A BOY IS A GUN*

はいきた俺が1番好きな曲。ということでA BOY IS A GUN*でございます。

"No don't shoot me down"=「やめろ、俺を拒絶するな」がフックとなり印象づけてるのが気持ちよすぎてほんとに。

前項での彼のファッションについての話に戻りますが、このMVでもわかるように、彼のファッションにはハイカルチャーなな高級感を感じさせます。
ステレオタイプなヒップホップスタイルでは、ゲットーでギャングカルチャーと結びつき、スニーカーやジャージのストリートスタイル、または金のネックレスやグリルで自分の裕福感をギラギラと主張するスタイルなどが一般的でありましたが、
宮殿の中での撮影や、清潔感溢れるまるでハイブランドモデルみたいな登場人物、その空気感までもがハイファッションブランドの広告のように高尚なものへと昇華されています。

事実、A$AP Rocky(エイサップ・ロッキー)Iggy Pop(イギー・ポップ)らとGUCCIの広告塔を務めるなど、彼のファッションセンスには留まることを知りません。

PUPPET

アルバムも後半になるにつれてメロウな曲調が占めていくます。
ソウル・R&B風味が強いこの曲が、アルバム全体の調整役として溶け込んでます。
私が思うにこういう曲ってアルバムにはとても重要だと思うんですよね。アルバムの印象の肉付けを行っているという意味で。

WHAT'S GOOD

ハードなシンセ音、オールドスクールなビートに乗ってこれまた始まりました激しめな曲。
かと思えばメロウにも思える二面性をもちあわせた楽曲。
特徴的なシンセリフによって曲は一気に怒りをむき出しに、二面性どころではない状態に。

そしてアルバムは、我々にとって最も注目すべき曲へと突入していきます。

GONE, GONE / THANK YOU

"/"でタイトルが別れてる通り、この曲は2部構成となっており特に後半部が注目すべき点です。
曲自体はオクターブ上に加工したボーカルのポップなメロディから始まります。
軽快なリズムに乗せ「君は行ってしまった」と歌い、対照的な印象が際立ちます。


4:36から始まるTHANK YOU部、
Thank you for your love〜からの部分、コアな邦楽ファンなら気づいたのではないでしょうか?




そうです、あの山下達郎の曲をサンプリングしているのです。

タイラー自身もポッドキャストで山下達郎の曲を流したことがあるほどのファン。

実際のところ、これは正確にはサンプリングではなく、歌い直してる(歌詞・メロディを引用している)ようです。

山下達郎御本人もラジオで「あれは健全な使い方ですけどね」と発言してました。

こうして日本人アーティストが世界規模に影響を与えてるのは嬉しいことです。

"I DON'T LOVE YOU ANYMORE"

タイトル通り"I don't love you anymore"という歌詞がフックになった曲。
主人公は「君」を愛することを諦めてしまいます。
ここまで来ると主人公の感情も曲調と同調するように段々とダウナーへと近づいてきています。

こういう曲、自分は結構好きなんですよね。絶対にアルバムの序盤には置けないような、曲単体で聴くことはあまりないけど、アルバムには不可欠な曲。

アルバムは最終曲へと歩みを進めていきます。

"ARE WE STILL FRIENDS?"

そして12曲目、前曲で愛する事を諦めてしまった主人公。でも彼は「君」とどうしても繋がっていたい。恋人でなくても、せめて友達として一緒にいたいという気持ちが現れています。

まさに、ラストが似合う曲だなぁと思います。
The 1975のABIIORでいうI Always Wanna Die (Sometimes)とか

まさに大団円って感じです。

最後に

タイラーは本アルバムリリース1時間前にInstagramにこのような投稿をしました。

IGOR。コレはBASTARDでもない。GOBLINでもない。WOLFでもない。FLOWER BOYでもない。IGORだ。読み方はイーゴアー。ラップアルバムだと思ってコレを聴くな。如何なるアルバムと一緒にするな。とりあえず聴け。初めはアルバムを全て通して聴いてこそ良さがわかるはずだ。スキップせず、隅から隅まで聴け。流し聴きはダメだ。携帯を触るのもテレビを見るのも話すのもダメだ。全ての神経を曲に向けて、アルバムに対する自分の感想や感情と向き合えるようにしろ。散歩に行くもよし。ドライブに行くもよし。ベッド上で横になるもよし。全てを吸収しろ。何であれ結局君たち次第だ。音量を上げてあとは好きにしろ。
僕が、絵を描き自分の好きな瞬間を君たちに伝えたいように、君たちにも同じことをやって欲しい。もし何かに巡り合ったとき、記憶が新しいうちに、それが自分にとってどんなものだったのか明確にしておいたが良い。オプラ(アメリカの慈善家)の話みたいだけどな。
君ら臭うぞ、臭いマッチョめ。(ありがとう)

要するに、このアルバムを「聴け」ということです。
聞け」ではありません。

昨今の音楽シーンは、ネットの普及によりスマホ中心となりました。もちろん音楽はより手軽になり、他のコンテンツと同一視されるようになりました。

そして人々は音楽を真面目に、一生懸命聴こうとしなくなりました。

タイラーはその、音楽を「聞く」行為に警鐘を鳴らしたわけです。

初めはアルバムを全て通して聴いてこそ良さがわかるはずだ。スキップせず、隅から隅まで聴け。流し聴きはダメだ。

ですが、ただ「聴く」だけで終わりにはしません。それを糧にアウトプットして欲しい、ということです。

全ての神経を曲に向けて、アルバムに対する自分の感想や感情と向き合えるようにしろ。散歩に行くもよし。ドライブに行くもよし。ベッド上で横になるもよし。全てを吸収しろ。何であれ結局君たち次第だ。音量を上げてあとは好きにしろ。
僕が、絵を描き自分の好きな瞬間を君たちに伝えたいように、君たちにも同じことをやって欲しい。もし何かに巡り合ったとき、記憶が新しいうちに、それが自分にとってどんなものだったのか明確にしておいたが良い。

何かと忙しい現代社会ですが、一息ついて、真剣に音楽に向き合ってみるのもいかがでしょうか。
そして、その音楽を吸収して何か自分でもアクションを起こすのも良いのかもしれません。


ライター:タカレン

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