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『ダイの奇妙な冒険』

第一編「Strange Japanese Noodle Shop」



身体が痛い。

朝方ビニールシートの間から溢れる殺人的な直射日光によって目覚め切る度に毎度そう思った。

自分で言うのも何だがそれなりに屈強な肉体を要している。しかし、そんな事はお構い無しに薄っぺらさ極まりない段ボールで作られたベッドは充分な休息と安眠を得れるようには出来てはおらず、充分過ぎる程その屈強な筋繊維を痛め付けていた。そんな事を考えながらその段ボールベッドの上で寝返りを打ち、床とほぼほぼ変わらない硬度のそれの上で目覚め切っていない瞼を擦り大きく伸びをする。

スギヤマは漢であった。

男でなく、漢であり、ホームレスであった。

口上を言い切ってしまった手前アホ丸出しな文体にはなるのだが、正確に言うと彼は"ホームレス"では無い。彼に"我が家"は存在する。毎月ローンを支払い、今後まだ十数年は払い終わらないであろう金額の金を対価として購入した、名義スギヤマダイの一軒家は確かに存在している。彼は世間一般的に言われる"ホームレス"達とは少し違い、自己から進んでこのビニール"我が家"で衣食住を行い続けていた。

凡そ黄色人種とは思えない、まるでサモア人すら彷彿とさせる浅黒く焼け焦げた肌。丸太ぐらいはあろう筋繊維を纏い過ぎの腕や足腰。身長は二メートルと数尺はありそうなもので、毎度七十から八十歳あたりの初老のジジイ店主が一人で切り盛りしている理髪店にてこれまた毎度毎度プログラミングされたかのように『ジョニーデップにしてくれ』と決まって頼む彼のその様相は前述した通りの人間離れした肉体と相まって最早ジョニーデップと言うよりはマーベル映画のラスボスキャラ、みたいになってしまっていた。

スギヤマはそのどデカすぎる肉体をゆっくりと起き上がらせ、青色のビニールシートで形作られた"家"とは余りにも呼べる代物ではない"我が家"から這いずり出て、安眠を妨害してきた直射日光を体一杯に浴びる。周りには同じように段ボールの床と同じような色調の青色のビニールシートで形作られた『我が家』が不規則な距離を保って乱立しているのが見えた。そして、同じように直射日光に安眠を妨害されたのか、その"我が家"達から"家主"達がゾロゾロと這いずり出てくるのが確認出来た。

変わらない日常、変わらない非日常。

スギヤマはそんな彼等を尻目にポケットをまさぐり幾許かの銭金を手に取る。少し考えて、今日も蕎麦だ、と思い丁度正面に目をやると、狙い澄ましたように"蕎麦屋"と書かれた立ち食い蕎麦屋の看板が二つ程目に入った。思い立ったようにその蕎麦屋に向けて脚を進めようと、ぐんと力を入れた。しかし、次の瞬間その力とは逆方向に力を働かせ、そのはじめの一歩をすんでの所で止める。

二つ程?

スギヤマはいつも"我が家"の真前で朝方九時半ごろから営業しているその立ち食い蕎麦屋で朝飯を食うのが日課だ。しかし、スギヤマの記憶が正しければ"我が家"の真前には一店舗のみしか立ち食い蕎麦屋は経営されていない筈だった。

しかし、あろう事か彼の目に飛び込んで来たのは二つの蕎麦屋の看板である。

良く見てみると一店舗はいつも朝飯を貪り食らう立ち食い蕎麦屋なのだが、その隣の蕎麦屋はどうやら立ち食い蕎麦屋では無いらしく、看板も薄汚れ、硝子貼りのショーケースに陳列された食品サンプル群もなにやら年季が入っている。如何にも俺は旨い蕎麦以外は食わせねぇ、新そばにワサビを合わせるな、風味を殺しちまう、等と言った海原雄山の教えを恥ずかしげも無くそのまま口にしてしまえる老いぼれ店主が経営してそうな街に良く在る、拘りの老舗蕎麦屋という外観だった。

別にそこまで驚くような光景でもなかったのだが問題はその立地と"年季"である。前述した通りスギヤマの記憶が正しければ"我が家"の目の前に蕎麦屋は一店舗しか存在しておらず、ましてや年季の入った老舗の蕎麦屋など存在している筈も無いのだ。真新しい店舗ならまだわかるのだが、昨日の朝には存在しなかったその"老舗蕎麦屋"はあたかも十数年前からもそこに存在し続けているような雰囲気を醸し出していた。

小銭を掴む掌に少しばかり手汗が滲む。寝惚けているのか、と何度か擦った眼球には擦る前と何ら変わらずいつもの立ち食い蕎麦屋と、その隣に突如出現した老舗の蕎麦屋が映ったままだった。

彼にとって異常とも思えるその光景を通行人はおろか周りの"家主"達も全く意に介していないようだった。

スギヤマは少しだけ俯き、少しだけ考えて、ゆっくりと、先程は止め掛けたはじめの一歩を踏み出した。いつもの立ち食い蕎麦屋では無くその異質とも思える"老舗の蕎麦屋"の位置する方向へ、と。

続く

現在3ヶ月連続ワンマン中です。
次は2021.10.15(火)@新代田fever

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