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心に自然は必要か? 心の発達と自然体験・環境教育

地域に根ざしたネイチャーセンターの活かし方・育て方
『心に自然は必要か? 心の発達と自然体験・環境教育』札幌ワークショップ
(2013年5月12日開催)

《ゲスト》
キャロリン・チップマン・エヴァンスさん (シボロネイチャーセンター・エグゼクティブディレクター)
ブレント・エヴァンスさん (公認ソーシャルワーカー/心理療法士)
鵜飼 渉さん (札幌医科大学医学部神経精神科医学博士)
城後 豊さん (北海道教育大学理事)
小澤 紀美子さん (東京学芸大学名誉教授/東海大学大学院客員教授)

《進行》
山本 幹彦 (当別エコロジカルコミュニティー代表)

《通訳》
森田 靖子さん (当別町キッズアカデミーえいごくらぶ講師)
伊藤 伸哉さん (青山TGセミナー代表)

*肩書きは2013年当時のもの

心の豊かさに自然は必要なのでしょうか。

アメリカ・テキサス州シボロネイチャーセンターには、元気な子どもから心にダメージを抱えた子どもまで、さまざまな子どもたちが自然と親しめるような豊かな環境があり、そのためのたくさんのプログラムが用意されています。小さい頃の自然の中での体験が、子どもたちの心と身体の発達にどのような影響を与えていくのでしょうか。

シボロネイチャーセンターの取り組みの紹介を踏まえて、地域に根ざしたネイチャーセンターの可能性について、精神科学の視点から、教育の視点から、それぞれの分野の専門家のお話しを通じて考えていくワークショップです。



Cibolo Nature Center, Texas

A Hopeful Story

山本 幹彦 ようこそ、お越しいただきありがとうございます。私は北海道の当別町で、当別エコロジカルコミュニティーという環境教育やまちづくりの活動を行う団体の代表をしています。

北海道には大自然がたくさんあるのですが、近くの自然で子どもたちが遊んでいる姿ってあんまり見ないですよね。学校の授業の一環として、自然の中での体験を行っているところもあまりない。それをなんとかしないと、いくら環境教育だと言っても足下が空洞化してしまうんじゃないかと、ずっと懸念を持ちながら環境教育に取り組んで20数年になります。

2012年の3月に、『ネイチャーセンター あなたのまちの自然を守り楽しむために』(キャロリン・チップマン=エヴァンズ/ブレント・エヴァンズ 著、山本幹彦 監訳、田畑世良 訳、人文書院)という本を出版しました。翻訳のきっかけは、カナダを旅行していた時、この本の原著『The Nature Center Book』をたまたま見つけた時でした。あまり英語は堪能じゃないんですけれど、なんとなくパッと見て、これは是非日本で紹介したいと思ったんですね。それから著者のエヴァンスさんご夫妻に連絡を取って、「会いに行ってもいいか」とお願いをして押しかけて行って、そこで翻訳の許可をいただきました。そういった経緯で10年かかって、日本語での出版、そして今回日本でのワークショップが実現しました。

それではさっそく、お2人からお話しいただきたいと思います。

キャロリン・エヴァンス これから私がお話しするのは「A Hopeful Story」、小さなことでも大きなインパクトを与えることができるという希望の話です。これは私にとっての希望でもあります。

32歳の時、私は2人の小さな子どもの母親でした。心配性で環境問題に対して危機感を持っていて、何かできることはないかと思い、シボロネイチャーセンターを始めました。当時はここまで大きくなるとは思っていませんでしたが、しかし同時に、社会に対して何らかのインパクトを与えることができると確信していました。

それから25年が過ぎ、職員やボランティアに支えられながら、ネイチャーセンターは大きく成長しました。今では小学校の課外授業として年間4万5千人の子どもたちがネイチャーセンターで学び、他にもたくさんの人たちが自然と良い関係を結ぶための150ものプログラムが実施されています。小さな赤ちゃんから小学校のクラス、サマーキャンプや家族を対象にしたプログラムなど、外に出て自然の中で遊べるプログラムを実施しています。身体が不自由でネイチャーセンターに来られない子どもたちには、直接彼らの学校の教室に出向いてプログラムを行い、また学校の先生やボランティアには、実践でのトレーニングと学びの場を提供しています。私たちが目指すのは、子どもたちが自然と親しむこと。また、子どもだけでなく大人にとっても、自然の中で遊び、学ぶことが大切だと思っています。

ネイチャーセンターのプログラムは、自然にあまり興味がない人でも楽しみを見つけることができるものばかりです。例えば、彼らはバードウォッチングに興味がなくても、音楽は好きかもしれません。そのためコンサートなどのイベントを通して、自然に目を向けるためのきっかけづくりをしています。

私たちはこの豊かな土地を守っていけるパートナーと一緒に活動しています。政府や行政からは資金を受け取らず、個人や企業、基金などとパートナーシップを結び、彼らの協力や寄付によって運営しています。また、ボランティアの役割はネイチャーセンターにとってとても重要で、彼らの協力なしでは成り立ちません。建物の修復や掃除から、子どもたちへの教育に至るまで、彼らの助けが及ぶ範囲はとても大きいのです。自分たちだけではできないことも、パートナーと一緒に取り組めば可能になります。

私は、土地は私たちの宝だということを信じています。しかしその宝が急速に失われつつあります。私たちの社会はものすごい速さで成長を続け、道路は拡張され、商業的な開発が土地を浸食しています。なのに政府は土地を守るために何もしない。じゃあ私たちがやろうと、この活動がスタートしたのです。この豊かな土地を守ることができるのは、ネイチャーセンターに希望を抱く人どうしのつながりだと思います。私たちはその人たちと共に、楽しみながら仕事をしています。

シボロネイチャーセンターでは、市民農園のプロジェクトが進行中です。これからの時代、持続的に生きるためのスキルとして有機農園が重要な役割を担うと思っています。

自然と関わることは倫理観を身につけること

山本 次はブレントさんからのお話です。シボロというのは川の名前で、昔のネイティヴ・アメリカンの言葉でバッファローを意味するそうですね。ブレントさんはネイチャーセンターの活動の傍ら、自身は心のケアに関わる仕事をされています。

ブレント・エヴァンス こんにちは! 私は、精神的に不安定な子どもたちをケアするソーシャルワーカーです。自閉症や躁鬱、多動など、心の不安定さを抱えた子どもをケアしていますが、彼らの振る舞いは幼く、本能的で、衝動的なものです。科学的に言えば、それは脳の後ろの部分の働きによる行動と言えます。人間の脳は依然としてこの部分がよく使われていて、それは衝動をつかさどり、その働きは時に倫理的な思考を妨げるものでもあります。衝動的思考と倫理的思考は常に緊張関係にあり、互いに引っ張り合っていますが、しかしながら、多くの人びとは衝動的思考にコントロールされてしまいがちです。彼らは一時的な満足感に満たされているのです。その結果、倫理的思考が衝動をコントロールできず、それは時に自己を貶めることにもつながってしまいます。

私が関心を持っていることは、人間のあり方や振る舞いといったものも、ある状況では皆同じような働きをしてしまうということ。人はストレス状態にあると、原始的で幼稚な振る舞いをしてしまうのです。例えば、霊長類などの動物を動物園のような抑圧された環境におくと、特徴的な5つの変化が見られます。攻撃的になり、落ち込みやすく、一人で物を抱え込み、育児放棄や虐待をするようになり、病気に対する免疫力が低下する、といった特徴です。皆さんも同じような経験はないでしょうか。また、刑務所の中の囚人に置き換えるとどうでしょうか。

しかし、これはとても興味深いのですが、自閉症など心にダメージを抱えた子どもたちを自然の中に連れていくと、その問題は和らぐのです。それは医学的に説明できる何かがあるのかもしれませんが、私は経験としてそのことを知っています。自然と触れることは、子どもたちの心を満たす上でとても重要なことなのです。自然の中で詩を読んだり、虫眼鏡を持って森の中を歩いたり、小川で水をすくってみたりすること。そうやって自然に目を向ける機会を与えてあげると、今度は自分から自然に入っていくようになります。そして、次第に自分の問題に向き合っていくようになるのです。自然の中で少しの時間を過ごすだけでも、彼らが抱える問題は小さくなっていくはずです。

ネイチャーセンターの活動は、多くの人たちが自然と関わり、その中で自分の行いが未来にどんな影響を与えるのかという倫理観を身につけていけるものだと確信しています。空調のきいた箱の中で生活している子どもたちは、自然の中に出ていくこともなく、自分の行動がどう環境に影響を与えるのかを想像できないのです。だから私は、ネイチャーセンターの活動を通して、子どもや大人に自然と関わる経験を与えることが大切だと思っています。それは癒しの経験でもあり、私はそのようなチャンスに関わることができてとても嬉しく思っています。

自然が脳と心を豊かにする

山本 おもしろいですね。衝動と倫理観が互いに引っ張り合ってるんだ、というお話でした。

続いては鵜飼さんに、このことを精神科学の視点からお話しいただきます。

鵜飼 渉 札幌医科大学精神科の鵜飼といいます。私は、今話していただいた内容を医学的に、実際に脳の中でどんなことが起きているかということをお話ししたいと思います。

日本でも鬱病に罹る人が増えてきています。小児の鬱も増えていて、社会問題にもなっています。鬱病の人たちの脳では何が起こっているのか。少し脳の中を覗いてみると、鬱病の方の脳は、アルツハイマーの方と同じように海馬が小さくなっています。そしてこういった、脳の中の海馬が小さい子どもの存在も分かってきています。脳がこんな風になっていったら、心はどうなるのだろう。

​脳の中では、楽しい、嬉しいという「快」を感じる部分と、悲しい、良くないという「不快」を感じる部分が異なっています。2つの反応をそれぞれ見ていくと、鬱病の人は元気な人と比べて「快」の部分の反応が小さく、「不快」の部分が大きいという結果が出ています。どうせ何も楽しいことは起きないだろう、あるいは何かもっと悪いことが起きそうだ、という「予測」を立ててしまう。そんなふうに、鬱になると脳の中の機能まで変わってしまうということが分かってきました。

どうしてそんな脳になってしまうのか。人間は逃げられないストレスが来た場合に、細胞の中で神経栄養因子(BDNF)というものを作るシグナルが減少してしまうんですね。このBDNFは細胞どうしをつなぐ機能を持っていて、神経のネットワークをつくり、脳の再構築を進める大事な物質です。豊かな環境や複雑な環境によってBDNFが増えるということが分かっていて、そういった刺激の代表が自然なんですね。我々がつくり出せない刺激の代表です。つまり、子どもたちを森や自然に連れて行ってたくさん遊ばせると、神経がたくさん作られるということなんです。

人間は狭いところにいるとストレスホルモンが高まって息苦しくなるんですが、豊かな環境で育った人にはストレス耐性があるんですよ。ストレスホルモンが上がらないんです。子どもたちを自然いっぱいの環境で育てるということは、大人になった時に、いろんな苦しい環境の中でも「それでも明日いいことがある」と思えるような脳をつくるために大事なんだろうと思います。

もうひとつ、他者とのコミュニケーションを活発にするオキシトシンという物質があります。この物質も、種々の自然体験によって増えることがわかっていて、日本でも自閉症患者に対してオキシトシンを使った臨床試験が進んでいます。

自然体験活動による脳の変化が、豊かな心、マインドフルネスにつながっていると思っています。自然との触れ合いや森での活動は豊かな脳の発達を促すだけでなくて、私たちはそこに治療的な効果を見出そうとしています。神経の再生を促す効果まであるんじゃないかということを考えています。これからも皆さんと一緒に、自然活動を通して、豊かな脳や心の発達について、実践と理解を深めることを続けていけたらと思います。

心の中の川のせせらぎを聴き取る

山本 続いて城後先生と小澤先生から、子どもたちの教育についてお話しいただきたいと思います。

城後 豊 私の専門は保健体育の教員なんですが、以前はアメリカで体験学習や野外教育、環境教育のリサーチを15年ほど続けていました。そういったプログラムをどうやって日本に持ってきて教材化するかという研究です。そういう関係で、現在は子どもたちの教育に携わって研究をしています。

環境教育や野外体験は、「点と線と面」という捉え方でプログラムを進めていきます。ある一カ所の部分だけを体験しても何もならないという考え方なんですね。例えば「水の循環プログラム」では、川の流れといったテーマに沿ってプログラムを組むべきだということです。その川の循環の中で、生きものたちがどのように息づいているのか、またその土地の汚染の原因や開発による変化など、川の文化や地質学、生態学といったさまざまな要素をプログラムとしてどうやってまとめていくかということが大事になってきます。そしてそういった自然の循環の中で、子どもたちの自然に対する思いや感性をどう育てていくのか。知覚や感性、直感というものをどのように体験の中で身につけていくのか。そういうことをプログラムの点と線の中に位置づけていくことが大切なんだろうと思います。

子どものコミュニケーション能力というのは、行動を通さないと、体験をしないと言葉が生まれてこないということをつくづく感じています。行動を通して言葉が生まれ、それが実際の言葉と一致するような体験が、自然の中ではたくさんできるだろうと思います。その中で、子どもの行動というものを、我々大人や指導者がその場その場でどのように評価しながら言葉を投げかけていくのかということが大事です。親の態度やしつけによって、子どもの心情は大きく変わっていきます。子どもを責める人がいれば必ず助ける人もいないといけない。そして、プログラムそのものの筋道がきちんとしていないと、その責め方も、叱り方も、助け方もなかなかうまくいかないんです。

先ほどの話にもあったように、脳と心と言葉について、子どもたちの感性の中の小さな川のせせらぎをどうやって聴き取るかということは、自然に起きることと、そこで経験すること、またいろんな人たちの感性の違いなど、それぞれの五感がどのように交錯して、一つのプログラムとして学んでいくのかが非常に大事ではないかと思います。

キャロリン・エヴァンスさん

子どもたちの人間力を育てていく

小澤 紀美子 皆さまこんにちは。私は北海道の旭川生まれで、今は東京に住んでいるんですが、東京学芸大や東海大で教員をしていました。他にも日本環境教育学会の会長をしていたり、今は子ども環境学会の会長をしています。

私たちは戦後、2つの自然破壊をしてきました。一つは、外なる自然の破壊。緑の消失や大気汚染など、目に見える自然破壊です。これは私たちの暮らしや生産活動によって失われてきたものですね。もう一つは、内なる自然破壊。もともと地球上に生まれてきた私たちは、遺伝子の中に自然を持ってるんだということですね。それが破壊されている現状をどうするか。この2つの自然破壊は、相互に関連してると思います。それなのに、自然消失だ、あるいは大気汚染だと、そういうことだけを言っている。そうではないと思います。

子どもたちの内なる自然を考える上で、学力テストを見てみると分かりやすいんです。学力テストの全国1位は、秋田や福井県です。なぜか。自然体験が豊かで、自然に触れることによって学習意欲が増すということなんですね。でもそこが分かってなくて、未だに多くがカタログ的な知識を詰め込んだ教育をしています。暗記ばかりのテストを重視した受験学力で、その後はどこどこを出たっていう名刺だけで仕事をしている。そんな人には日本の将来は任せられないんですね。そんなことではダメだろうということが、だんだん明らかになっています。

子どもの成長にはある程度の順番性がありますから、私は乳幼児期から自然に触れさせるべきだと思います。自然の中の、葉っぱのざらざらした感じとか、オタマジャクシのぬるぬるした感覚とか、そういった皮膚感覚や五感を育てていくことが必要です。知識だけを入れるんじゃなくて、そうではない感覚も大事なんですね。そして、ただ自然に触れるだけではなく、いろいろな人たちと接することで、とても豊かな子どもが育つんです。要するに内なる自然破壊っていうのは、自然とか他者との関わり、つながりが薄れてきているということなんですね。そういう関係性の中で、子どもたちの人間力を育てていくこと。それが一番大事ではないかと思います。

アメリカの場合は、ネイチャーセンターのようにボランティアやいろいろな人たちが対応してくれる場が多いと思います。しかしボランティアにしても、土地の所有制も寄付の制度にしても、日本ではなかなか厳しいところがある。公園なんかで遊んでいても、そこを管理するお年寄りなんかに「自然を触っちゃダメ、葉っぱも抜いちゃいけない」って言われたりする。そういった対応の部分から、みんなで考えて変えていく必要があります。

でも日本の学校のすごいところは、どこでも校庭に畑がありますよね。だから例えば、子どもが少なくなって学校の畑が余ってたら地域の人たちが集まって使えるようにするとか、地域にある公園で農業ができるようにするとか、そういった場が必要です。私は、我々の持ってる内なる自然は、墓に入るまで成長すると思ってるんですね。そういった人間力が育っていくような場所を、私たちは作っていく必要があるのではないかと思います。

ネイチャーセンターとは自然と人をつなぐ土地

山本 ここからは、皆さんからいただいた質問をもとに、ゲストのみなさんとディスカッションをしていきたいと思います。

質問 ネイチャーセンターを作るきっかけとなったターニングポイントはなんですか?

キャロリン 個人的なことをお話しすれば、始めた当初は私は小さな子どもたちの母親で、そして環境問題に対して危機感を持っていて、子どもたちの将来のために何かできることはないかと思っていました。私ができるようなことは小さなことかもしれない、森林破壊や原子力を止めることはできないかもしれないけど、それは生活に身近な、地域に根ざしたものだと思っていたんです。私は環境教育についてのキャリアや学位は持っていませんでしたが、たくさんの人たちからのアドバイスによって学んでいきました。始めはすべてのことが分かっていたわけではなく、何も知らなかったとさえ思います。それでも進んで私を助けてくれる仲間がたくさんいたんです。

シボロネイチャーセンターは今年(2013年)で25周年を迎えます。始めた当初のことを少しお話しすると、最初は数人の友人やボランティアと共に活動していました。次第に学校の先生もボランティアとして参加してくれるようになり、徐々に学校のクラスがネイチャーセンターに子どもたちを送り出してくれるようになりました。そうして少しずつ私たちの活動が人々に認知され、好んで協力してくれるようになり、ネイチャーセンターは成長を続けました。

質問 公立の学校では、どのようにして子どもたちの自然体験を増やしていけばいいのでしょうか。

キャロリン アメリカのいくつかの小学校では、校庭に自然のエリアを作っています。コンクリートをはがして、遊具の代わりに子どもたちが遊べる小さな池や畑などを作っているのです。そういった身近な自然が必要になってくると思います。

山本 なかなかその辺の仕組みはアメリカと日本で違うと思いますが、日本の学校はどうでしょうか。

小澤 日本の学校教育には、小学校1・2年生に、理科と社会を一緒にしたような生活科という授業があるんですね。そして3年生になると総合的な学習の時間がある。その中で校外学習として外へ出たりもしています。ですから学校教育では、案外バラバラに行われているようで、どういうふうに外で活動するかということが計画されてきたんですね。

兵庫県では、小学校3年生になると年3回の自然体験、5年生には自然学校での5泊6日の宿泊学習が組み込まれています。それを地域のNPOがサポートしています。そしてその後、中学校に進むとトライアルウィークとして社会体験をするんですね。その後のデータなどを見ていても、そういった取り組みは非常にいい成果が出ています。やっぱり子どもの発達は連動していて、自然に触れることは重要だということなんですね。

山本 そこが北海道ではなかなかうまくいかないですね。ちょっとツッコミなんですけど。

城後 札幌市では、5年生になると1泊2日の自然体験がほとんどの学校で実施されています。でもやっぱり1週間や2週間程度の体験学習を確立していかないと、1泊2日では何もならないんじゃないかと思います。それから教員養成系の大学にはフィールド研究というものがあるんですが、体験型のフィールド研究というよりは学校ボランティア型のものが多くて、地域のNPOや野外活動をしている団体へのインターンも含めて指導者養成をしていかないと、体験学習の良い指導者が学校教育の中で育っていかないんじゃないかといつも思っています。学力や体力も含めての低下が北海道では問題視されていますが、その両極ではなく、もう少し行間の力をつけていくには、教室の中だけではダメだろうと思います。そういったプログラムをどのようにして開発していくのか、大学のカリキュラムそのものを変えていかないと、良い教育はできないと思っています。

質問 私は公立学校で教えている教員です。私のクラスにはADHDのような症状を持つ子供がいて、彼らを自然の中に連れていきたいのですが、どうしたらいいでしょうか。

ブレント ADHDの子どもたちは多動性障害と呼ばれ、衝動をコントロールする部分に発達障害が見られます。そのためすぐに興奮してしまい、問題を起こしてしまいがちです。問題は興奮しすぎてしまうことです。他の子どもたちは、どうすればいいのか分からなくなってしまう。

彼らを自然の中に連れて行くときには、なにか興味を引くような投げかけをする必要があります。例えば虫眼鏡を手渡して、「隠れた宇宙を探してきてごらん」って言ったりする。そうやって想像力や好奇心を引き出すことが必要です。逆に困難なテストや課題などを与えると、たちまち大きな問題を起こしてしまったりする。だから私たちは、彼らには「A Bag of Trick」(不思議なトリックの詰まったカバン)が必要なんだ、という言い方をしています。

最初は自然の中に入ることを怖がっている子どももいます。でもそれはとても大事なことで、きちんと向き合わなければいけない恐怖でもあります。土は汚いものだと思っていたり、虫は攻撃してくると思っている。そういった子は、不安に直面して頭の中のチャンネルを切り替える必要があります。いろんなきっかけを通して、自分の恐怖心に目を向けてくことが必要です。恐怖心に直面して、それがもっと大きくなっていく場合もありますが、そういった時には「グループのみんなと一緒においで。カエルの卵を触って取らなくてもいいから、それを数えるのを手伝って」と言ったりするんですね。

質問 アメリカの子どもたちは、だんだん弱々しくなっているんでしょうか。

ブレント アメリカという最も工業的な国では、私たちは未だにアニマルのようで、子どもたちは次第に弱々しくなっています。衝動に支配され、物事を短期的に捉え、つまらない欲望を追い求めてしまっています。脳の一部しか使っていない。そこに創造性のようなものは何も起こらない。

しかし私たちは、将来を見通す力を脳の中に持っているはずなんです。コンピューターを使って予測を立てることができれば、自分たちの行いが未来にどんな影響を与えるのかを考えることができる。そうしなければ、私たちの行いはどんどん原始的になっていくでしょう。それなのに、優秀な大学の学生でさえ、車や冷蔵庫、テレビや洗濯機を追い求めています。

大学が持つ機能は、地域のコミュニティの未来を作っていくことだと思います。人間を含めたいくつかの生物が、自分たちの王国を作っては滅びていきました。これからの課題は、今使っているのとは別の新しい脳を使うことなのです。

山本 私たちのイメージだと、「ネイチャーセンター」って聞くと、やっぱり建物があって、そこに人がやって来る場所を想像するんじゃないかと思います。でも翻訳しながらやり取りをしていると、ネイチャーセンターとは建物のことではなくて、土地のことなんだ。自然と人をつなぐセンター(中心)なんだということを聞いてちょっと驚きでした。だから、ネイチャーセンターという言葉をそのまま使うと、うまく伝わらないんじゃないかとも思います。

ブレント ネイチャーセンターはどこにでも作ることが出来ます。開発によって水が溢れてしまっているところでも、かえってネイチャーセンターの最適な場所なのです。私たちは全米のネイチャーセンターを調査して、『The Nature Center Book』にまとめました。その中には、ニューメキシコの白い砂漠の中に建つ、トイレを改装したネイチャーセンターだってあります。素晴らしい自然である必要は全くないのです。

山本 今日はネイチャーセンターの可能性について、また子どもの発達や成長について、とても興味深いお話を聞くことができました。どうもありがとうございました。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

主催:当別エコロジカルコミュニティー
協力:北海道教育大学札幌校

文・編集:山本風音

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