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書きたい病

エッセイ【私説博物誌】でのひと言だったかと思うが、小説家・筒井康隆先生がこんな事を綴られていた記憶がある。

「…小説家が小説を書き続ける理由は様々ある。生活の為と言うのも勿論あるだろう。然し、最大の理由は【書きたいものが溜まっている】からではなかろうか」

己の思いを言語化して残したいと考える人間と言うのは恐らく世間が考える以上に多く存在していて、しかも以前は紙媒体の原稿に手書きと言う頗るアナログな方式でしかそれを実現する術が無く、それ故に余程の文豪でも無ければ発表の機会すら与えられなかったのが、近年はSNSやブログと言う形式で誰でも気軽に着手する事が可能になった。更に言えば、趣味でやる分には編集者と言う存在を気にする必要も無く、思うまま気ままに書く事が出来る(最も実生活に影響が出ないように、執筆に際し慎重さを求める必要はあるが)。
noteと言う存在の登場で、更に間口は拡がっているのではと想像を逞しくしてみる。
便利な事にnoteは隙間時間にスマホがあれば少しずつ文章を構築し、タイミングを見計らってポンと公開する事が出来る。修正も容易だ。
この辺の手軽さは、他の追随を許さないのでは無かろうか。

斯くワタクシも「書きたい病」に罹患したひとりである。
空想科学的な掌編や既存キャラクターの二次創作、詩、ジュブナイル…実に色々と書いてきた。勿論素人の手習いであるから、その文章は自ら見返してみても荒削りで拙く、もし仮に…そう、仮に(此処は強調したい)書籍化…なんて事になったら大幅な加筆・書き直しになる自覚はある。
それでも書くのを辞められないのは、矢張り書きたいものが頭の中に沢山存在するからだと思う。ボルヘス的な表現を用いるなら「法外な想像力」とでも言うべきか(ボルヘスとはアルゼンチンの稀代の文筆家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの事)。

そんな事をつらつら書いていたら、凡そ30年余り前のある出来事を思い出した。

北海道・札幌市に住まっていた父方の祖母が急逝した。かなり若くして亡くなったと記憶している。
当時ワタクシは奉職していた職場を辞め、静岡県浜松市に移住した家族の元に身を寄せていた。次の職場が決まる前にワタクシひとりで祖母の元を訪ねる話を進めていた矢先の報せだった。取るものも取りあえず、慌てて家族と共に北海道まで夜行列車で向かった。

葬儀が終わり、通夜となった。
それまで会った事も無かった遠方の親戚と、故人を偲んで話をした。

そんな親戚の中に、絵に描いたように風体が下品な中年男性が居た。禿頭で中年太りした、如何にも偏屈で片意地の悪そうな外見の親爺だった。したたか酔っていたのだろう、うっすらと記憶に残るその顔は茹でたタコのように紅潮していた。

そのタコ親爺がワタクシの目の前にふいと座った。何を話したかはあまり記憶に無いのだが、何故かこの時、話の流れからワタクシが絵を描く事を趣味としていた旨をカムアウトしたのだけは覚えている。するとタコ親爺、座った目でワタクシを睨みつけ、そこらにあった裏白のチラシ紙とボールペンを手に取った。
「だったらお前、これに龍を描いてみろ」
慣れた事だったから、ワタクシは言われるままにボールペンを手に取り、さらさらと龍を描いて手渡した。タコ親爺はその絵を黙って見つめていたが、突然その絵をビリビリに破ってゴミ箱に放り込んだ。
「ダメだダメだ、なっちゃいねぇ。お前の絵は本物じゃねぇ」
タコ親爺が声を荒げた。
「所詮は若気の至りよ。後10年も生きて再びこの絵を見てみろ。お前、恥ずかしくて死にたくなるぞ」
呆気にとられているワタクシを他所に、タコ親爺の熱弁は続く。
「俺も今のお前位の歳の頃にゃよぉ、小説家になりたくて、そりゃ沢山原稿を書いたさ。でもな、結局普通のカタギになって、後からその原稿を見返したら顔から火が出るかって位恥ずかしくなってよぉ。…その時の原稿?とっくに燃やしちまったよそんなモン。…俺の事は良い。今にお前にも判る日が来る。絵を描くだなんだと浮ついた事を言ってないで真面目なカタギになれ。悪い事は言わない。これは忠告だ」

その後どんな会話をしたか、残念ながら失念してしまった。ただ、通夜が明けた朝にタコ親爺の奥さんからしきりに詫びを入れられた事だけは記憶している。曰く「酩酊して若い者を捕まえる度にあんな説教を垂れる」らしい。きっとワタクシの他にも、タコ親爺に故無く頭ごなしに説教を喰らった若者が多数居たのだろうと、今になって思う。

通夜の晩から30余年、あれきりあのタコ親爺には会っていない。今頃はとうに墓の土だろう。
もし、彼の霊前に立つ事が可能なら、
「あなたも生まれた時代が違かったら、堅苦しい事は抜きにして趣味で気楽に自分の言いたい事を文章にして残せたのかもね」
と言って、スマホの画面に映るnoteを示してみたい気がする。

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