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【小説】晩酌【ついなちゃん二次創作】

遥か空の彼方、雲の上。

瓦葺き、朱塗りの柱、まるで神社のような造りの大きな屋敷の一角。呉座ござを敷いた上に座布団を乗せ、きちんと正座して食事をしている四人よたりの影がある。

ひとりは白髪交じりのざんばら髮に灰色の着物と言う姿の壮年男性。平安時代の異能者にして剣豪、今は神格のひとりとして破邪遍歴に勤しむおとこ…【鞍馬天狗くらまてんぐ】こと鬼一法眼きいちほうげん

いまひとりは、真珠色の長髪と琥珀色の瞳、赤と黒と橙色の和洋折衷な戦装束に身を包んだ可憐な少女。鬼一法眼の子孫で、つい最近神格の仲間入りをしたばかりだ。
彼女の名は方相氏・追儺ほうそうし ついな

残る二人は、そんなふたりよりも体が大柄な男女だった。額を割ってツノが二本伸びている。明らかに鬼神である。男の鬼は浅黒い肌と赤い髪を持つ美丈夫で、女の鬼は色白で豊満な肉体を持つ青い髪の美女だ。簡素な忍び装束を身に着けている。
この男女の鬼は夫婦で、追儺につき従う式神である。男の鬼は前鬼ぜんき、女の鬼は後鬼ごきと言う。

給仕を受け持つ女の端神はしたがみ(高位の神格に仕える位の低い神)が、空っぽになった追儺の御飯茶碗に視線を向けた。
「追儺様、お代わりは如何ですか」
「おおきに…あ、ちょっと待ってね」
追儺は、御飯茶碗についた米粒を丁寧に箸で摘み取り、口に入れてから、空っぽの御飯茶碗を端神に差し出した。
「今日のご飯、おいしいね」
「奈良は橿原かしはらで採れた米だそうです」
そんな短い会話の後で、程良く炊き立ての白米が盛られた御飯茶碗が追儺の手に渡される。

他方。
前鬼と後鬼は、頻りに酒坏さかずきを傾けていた。
時折皿に盛られた茄子や胡瓜の漬物やら、焼き魚やら、青唐辛子を炙ったものやらを摘んでは、グイグイと酒を飲む。追儺はその様子をまじまじと見ていたが、ぽつりとこんな事を漏らした。

「前鬼も後鬼もようけ飲むなぁ。そないに飲んで明日に響かんの?」
「二日酔いなど儂等には無縁だて」
前鬼が呵々大笑する。
「近頃、下界で鬼一法眼様を祀る社に供えられる神酒みきは、ヒトの子が飲み易いように清水で薄められておるからな。醸したての新酒ならばともかく、神酒として供えられた下界の酒は儂等には水も同然じゃ」
「肝臓壊しても知らんで」
「ご心配なく」
後鬼がくすくす笑う。
「私や前鬼みたいに、ヒトから鬼に転生した身の上ではあまり聞かないけれど、生粋の鬼の一族では"産まれた赤子の産湯に酒を用いる"と言われている位なのよ」
「ホンマに!?」
後鬼の言葉に追儺が呆れる。後鬼は、とってつけたようにひと言つけ加えた。
「後世に至っては"鬼が赤い皮膚を持つのは、常に飲酒して血の巡りが良いから"なんて巷説も生まれたそうね。まぁ、これは流石に冗談だろうけれど」
「鬼にはそれこそ様々な色の皮膚を持つ者が居るからな。赤鬼の他にも青鬼、黒鬼…中には儂等みたいに、ほぼヒトの子と変わらぬ者も居る。その全ての鬼に共通するのは、どの鬼も酒に強いと言う事だな」

つ国には、主食代わりに酒を日常的に飲む事で穀物由来の栄養を賄う文化を有する国があると、風の噂に聞いた事がある」
食事を終え、食後の酒をしんみりと楽しんでいた鬼一法眼が、ぽつりと呟いた。
「鬼も、或いは酒から穀物由来の栄養を賄う事が出来る存在なのかも知れぬな」
「そうかも知れません」
鬼一法眼の言葉に後鬼が返答した。

「そう言えば」
追儺が前鬼と後鬼の顔を見る。
「御先祖様に供えられたお酒やのに、ふたりが率先してガブガブ飲んでぇんかいな」
「良いのだ、我が子孫よ」
追儺の言葉を、鬼一法眼がやんわり遮った。
「私は食後に枡酒を一杯しか飲まぬから、どうしても酒が余ってしまうのだ。だから、前鬼と後鬼が残った酒を余さず飲んでくれた方が、酒を供えた民草の意に適うと言うものだ」
「そう言う事じゃ、御主人」
前鬼がニヤリと笑った。その後で後鬼が続く。
「御主人ももう少し大人になって、お酒の味を覚えたら、少しは考えが変わるかもよ」
「嫌やわ。ウチ、酒粕を鼻先に近づけられただけでメロメロになる位に酒には弱いねん。同じ飲むなら、酒より珈琲コーヒーの方が良ぇ。…御先祖様、食事が終わったらウチ、食後の珈琲淹れて来るけど、御先祖様も飲む?」
「今日は酒を飲んでしまったから辞めておくが、いつぞや飲んだ珈琲は美味かったな。いずれ機が訪れたら頼もう」
「判った。…ほなら、ごちそーさん」

追儺は手を合わせ、食後の挨拶を済ますと、食器類が乗った膳を手に立ち上がり、庫裏くり(台所)に向かって歩き始めた。

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