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ベンジャミン・フランクリンに嫌われた鳥

【国鳥】と言う概念がある。文字通り、その国を象徴する鳥の事である。
例を列挙すると、日本の国鳥はニホンキジ、中国の国鳥はタンチョウヅル、インドの国鳥はインドクジャク、スリランカ(セイロン)の国鳥はセイロンヤケイ、フランスの国鳥は(家禽の)ニワトリ、南アフリカ共和国の国鳥はハゴロモヅル、グァテマラの国鳥はケツアール(カザリキヌバネドリ)、トリニダード・トバゴの国鳥はショウジョウトキ、ニュージーランドの国鳥はキーウィ…と言った具合だ。

そして、アメリカ合衆国の国鳥がハクトウワシである。

ハクトウワシは日本のオジロワシに近い系統の猛禽類で、黒っぽい焦茶色の体と真っ白な頭と尾、鮮やかな黄色の嘴と脚を持つ大型の鳥(翼開長は時に2メートルを超える)である。英語圏では【Bald Eagle】と呼ぶ。【Bald】の語は現代英語では【禿頭】と言う意味であるが、ハクトウワシの場合は寧ろ古い英語の【白髪頭】と言う意味合いが由来のようである。昔、とある雑誌でハクトウワシを現代英語通りに翻訳して【ハゲワシ】と表記しているのを見た事があるが、これは誤りである(ハゲワシの英名はVulture)。近頃では【American Eagle】と呼ばれる事もあるようだ。

所謂【ウミワシ(海鷲)】であり、主に魚を食べる。水面にあがった魚…主にサケの仲間を一瞬の早業で捕まえる姿は見事だ。

ハクトウワシの意匠は様々な局面で目にする事が出来る。キャラクター化されたハクトウワシの【イーグル・サム】はワタクシと同年代の方なら或いは名前だけでも聞いた事がある方も居られるかも知れない。その他の局面でもしばしばシンボリックな扱いでハクトウワシが採用されている。

これはハクトウワシがアメリカ合衆国では馴染みが深い猛禽類であるのみならず、DDT問題で一度は絶滅寸前まで個体数が減ったにも関わらず、その後保護活動の成果が稔って劇的に個体数が増えた事にも起因して居るのではなかろうか。文字通り【不死鳥の如き】ハクトウワシの復活劇は、鳥類の保護活動の中でも取り分け特筆すべき成功例なんじゃ無いかと思われる。

ところで、ハクトウワシがアメリカ合衆国の国鳥に選定された際に、それに異を唱えたのみならず口を極めてハクトウワシを貶めた人物が居る。【全てのヤンキーの父】、ベンジャミン・フランクリンその人である。
ハクトウワシが国鳥に選定される運びになった際、ベンジャミン・フランクリンは自分の娘や関係各位に以下のような書簡を送りつけている。

私は、ハクトウワシが我が国の象徴に選ばれなければ良かったのにと思う。ハクトウワシは道徳心の欠片も無い鳥で、正直に生計を立てていない(これはハクトウワシがミサゴ等の他の猛禽類から獲物を奪い、産卵を終え力尽きたサケの死骸を啄む事を指している…筆者註)。その上酷い臆病者であり、スズメほどの大きさもない小さなタイランチョウが、大胆にハクトウワシを攻撃し、縄張りから追い出す程である。

英語版Wikipediaより

随分な言われようだ。

ハクトウワシが他の鳥から獲物を奪い、死んだサケを啄むのは事実であるが、これはハクトウワシの生活のほんの一側面に過ぎない。ハクトウワシは確かに時にはアグレッシブな簒奪者として、また時には屍を啄むスカベンジャーとして振る舞う事もあるが、大抵の獲物は自ら狩って得ている。様々な魚は言うに及ばず、水鳥を狩る時の手際は圧巻としか言いようがない。崖にコロニーを作り集団で繁殖するウミガラスを巧みに掻っ攫い、或いは湖に舞い降りてカモ類をパニックに陥らせ、疲弊した個体を容赦無く捕まえて餌食にする。そのスキルは「伊達に"鷲"と呼ばれるだけの事はある」と言う他無いが、実は映像技術が進歩した最近までなかなかヒトの目に触れる機会が無かったのである。恐らくベンジャミン・フランクリンは、ハクトウワシの狩人としての側面を殆ど知らなかったのだろう。

序でにつけ加えるなら、他の捕食者から獲物を奪ったり、死んだ無抵抗の獲物で手軽に腹を満たすのは何もハクトウワシの専売特許では無い。生態系ピラミッドの最上位に位置する強捕食者ならば至極当たり前に行う習性である。
例えばヒグマはオオカミが狩った獲物を力づくで奪い、屍を見つければ種類の別を問わず平らげる(知床の浜辺では秋になると寄りクジラにたくさんのヒグマが群がる光景が見られる)。ライオンはブチハイエナやヒョウ、チータ、リカオンの獲物を奪い、密猟で牙を引き抜かれたゾウの屍を見つけるとそれが腐りかけであろうと何日もかけて貪る。これらの例をベンジャミン・フランクリンが知ったら、ハクトウワシと同じように非難するだろうか?

実のところ、大多数の肉食動物は絶対的で潔い狩人などでは無く、生きる為に必要最低限の命を奪い、時には屍も積極的に利用する日和見主義者なのである。
それをあげつらい、貶めるのは極めて"人間的"な主観と言わざるを得ない。
ベンジャミン・フランクリンのハクトウワシ嫌悪は、その最たる例と言えるだろう(そう言えば太古の肉食恐竜ティラノサウルスは、しばしばその巨体から狩りが下手で屍肉漁りしか出来なかったと評される事がある。同じSomethingを感じるのはワタクシだけでは無いだろう)。

余談になるが、ベンジャミン・フランクリンがハクトウワシの対抗馬として国鳥に推薦していたのは、面白い事にシチメンチョウだったと言われている。
英語版Wikipediaによると、ベンジャミン・フランクリンがシチメンチョウを推していたと言う直接的な証拠は見つかっていないそうだが、ベンジャミン・フランクリンが身内に宛て「シチメンチョウこそアメリカを象徴する鳥である」と書簡を送っていたと言う巷説はかなり一般に流布・介入しており、複数の書物にて言及がある。

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