見出し画像

都会のカワセミ

我が家の近所に小さな川がある。
川と言っても、生活排水由来の人工的な川であり(昔は大きな川から流れが通じる船着き場だったらしい)、途中で海からの水と交わり半ば汽水と化している。
鳥類保護区を内包する公園の外周を流れる川で、河岸にはそれなりに緑が多い。

いつの頃からか、この人工的な川の淡水域にカワセミが棲むようになった。
カワセミと言う鳥はその美しい緑青色の羽毛から非常に人気が高い鳥であり、バーダー(探鳥家)が探鳥にハマる【切っ掛け鳥】のひとつとして名高い。
お陰で我が家に近いこの河川は、今やバーダーの間ではちょっとした穴場扱いだ。

カワセミと言えば、ワタクシが幼い頃は【清流が流れる山の中でしか見られない幻の鳥】と言うイメージが強かった。
それも道理で、カワセミと言う鳥は餌の小魚が豊富に居る水域を好んで住処とし、しかも営巣の為に護岸されてない土の崖が必要なのである。カワセミは餌場たる水域が近い土の崖に長い横穴を掘って巣と為し、そこに卵を産んで繁殖する。そうした環境が清流を有する河川に多かった事から、一時はカワセミを【環境汚染のバロメーター】とする向きもあったのだ。

ところが高度経済成長期(1960〜1970年代)、上記に列挙した環境は開発により済し崩しに失われていく事になった。治水の目的で護岸工事が進んで土の崖が失われ、更に水質の悪化により餌となる小魚がどんどん減少していったのである。
嘗ては東京都内でさえ、何処の河川でもその姿が見られたと言うが、1950年代以降、河川の水質悪化と共に棲息域が西部へ移動して行き、1970年にはその分布が五日市市以西に限られる状況となってしまった。
現在でもカワセミは、東京都区部では絶滅危惧II類 (北多摩、南多摩、西多摩は準絶滅危惧)、千葉県では環境省の絶滅危惧II類に相当する要保護生物(C)扱いである。
こうしたネガティブな動きは全国的に広がり、カワセミは追い立てられるように自然が豊かな奥山に避難していった。そして遂にはヒトの居住区が近い場所からはほぼ姿を消していたのである。

そんなカワセミが、近頃は我が家の近所のみならず、都市化した河川流域に進出して数を増やしているのだと言う。
水質については、高度経済成長期よりもだいぶマシになったとは思うのだが、それでもお世辞にも高度経済成長期前と同じ水準になったとは言い難い。それに護岸は今もされたままだ。そんな状況下で、カワセミはどうやって生きているのだろう。

その【鍵】となる存在がいる。それは生活排水に強い魚類…モツゴやカダヤシと言った小魚達だ。
特にカダヤシは繁殖力が桁違いに強く、海水並みの塩分濃度にも耐性がある為、極端な話ドブのような止水域でも爆発的に増える(因みに、カダヤシは特定外来生物のひとつでもある)。
どうやら都会に進出したカワセミ達は、こうした生活排水に強い魚を餌にして生き延びているらしいのである。カワセミ達の側からしたら、生きる為には魚が育った水質の良し悪しに頓着などして居られず、手っ取り早く飢えを凌ぐ為の已む無き選択だったのかも知れない。
また、外来生物と言えばウシガエル(これも特定外来生物のひとつだ)のオタマジャクシや、アメリカザリガニの若い個体もカワセミの献立に並ぶ事があると言う。カワセミのボディサイズから考えるとかなり大きな獲物では無いかと思うが、カワセミは自分と目方が変わらない獲物を嘴で強く咥えて木の枝や石に叩きつけ、全身の骨や外殻を砕いて丸呑みにすると言う大胆な食事法の持ち主である。ウシガエルのオタマジャクシやアメリカザリガニの稚エビ程度なら、赤子の手を捻るより容易く捕食出来るのだろう。
とにかく、新たな餌資源を確保したカワセミは、再び都市部にその美しい姿を見せるようになったのである。

【住宅難】の問題にも動きがある。
1992年度(平成4年度)に北海道旭川市で、石狩川にかかる秋月橋付近に【カワセミが巣穴を掘り進む為の入り口の穴を開けた】護岸ブロックが設置された。この試みはカワセミの住宅難解消に多大な効果があった。旭川市での試みの成功を受け、同様のカワセミ営巣ブロックが日本の各地に設けられた。
丁度愛鳥週間が提唱され、日本のあちこちに小鳥の巣箱が設けられた動きと同じ動きがカワセミにも起きた訳である。
上記のような動きとは別に、都市環境の河川のあちこちで、護岸の水抜き目的で据えられたパイプの穴(勿論、現行で本来の目的に使用されていないものに限られようが)を巣に利用するカワセミも増えているらしい。

そう言えば、我が在所のカワセミは何処に巣を構えているのだろうか。
実は、我が在所の人口河川は近年鳥類保護の一環として護岸の片側を撤去し、土の崖に切り替えたのである。
ワタクシは未だ確認出来ていない(と言うか体が不自由になった為行きたくても行けないと言うのが正直なところであるが)のだが、もしかしたらあの人口河川の土手の何処かに、カワセミが巣を構えているのかも知れない。

小さく可憐な姿に似合わぬしたたかさ。
カワセミの意外な一面を見せられた思いがする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?