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【小説】並行世界【ついなちゃん二次創作】

20XX年、晩秋。

神奈川県・厚柿市あつがきしの住宅街。
白い壁も眩しい一軒家の玄関先を、ほうきで優しく掃いている女性が居る。
白玉のように透き通るような肌と琥珀色の瞳、腰まで伸ばした真珠色の髪をうなじ辺りでシュシュで結び、身につけているのはデニム地のYシャツにジーンズ、かわいらしい熊のアップリケがついたピンクのエプロン。
その頬は血色良き故にかほんのり赤く、表情は穏やかだ。

彼女の名は渡部わたなべついな。
旧姓・如月きさらぎ
京都府は鞍馬山付近の街で生を受け、縁あって少女時代を厚柿市で過ごし、結婚してからもそのまま厚柿市で暮らしている。

さっ
さっ
さっ

玄関先の落ち葉があらかた掃き集められた辺りで、ついなはふと箒を持つ手を止めて空を見上げた。
空は高く青く、雲の合間をトンビが鳴きながら飛んでいく。

ぇ天気やな」
上機嫌でついなは微笑む。

その刹那。

「どうしたん?ぼぉっとして」
ついなの後ろで声がした。
その声の波長は、ついなの声と全く同じだった。
「!」
言葉も無くついなは振り向く。
その視線の先には、不思議な光景が存在していた。

ついなの家の庭先の中空に、ひとりの少女が浮かんでいたのだ。

その姿と言えば、赤と黒と橙色を基調とした戦装束に身を固め、足には一本歯の下駄、手には三叉の矛。額には4つの目がある鬼神面。
そして、真珠色の髪をツインテールにし、リボンできつく巻いたヘアスタイルのその顔は、些かのあどけなさが残るものの、ついなに瓜二つだった。

「幸せにやっとるようやね、もうひとりのウチ」
「カミサマになったウチ!」

其処に居たのは、ついなの魂の一部が分離して独立した自我を得、神格と化した存在…方相氏・追儺ほうそうし ついなだった。

追儺がついなの体から分離し、神格として独立したのには深い理由がある。
ついなと追儺が居るこの次元軸は、嘗て世界を掌中に収めんと企んだ非道にして邪悪な存在の介入により、アカシックレコードが改竄されて都合10余年の歴史がごっそりと書き換えられてしまったのである。
多くの幽世の者が、その余波を喰らいこの次元軸から消滅させられた。そしてついなはアカシックレコード改竄が引き起こした【バグ】が原因で、神格・追儺と人間・ついなのふたつの存在に分かれてしまったのである。

然しその邪悪な存在の野望は、神格となった追儺を始めとする多くの破邪の戦士により阻止され、邪悪な存在は永遠に奈落の底に封じられる事になった。そして幾星霜。人間・ついなは成長の末結婚し幸せな暮らしを送る一方で、神格・追儺は下界の平和を天から見守るようになった。

「久々やね!今までどうしてたん」
「決まっとるやん。日本全国津々浦々、妖怪悪鬼を退治する為に行脚の毎日や」

ついなは、今や立派な神格として目覚ましい働きを為している自分の分身を驚きの眼差しで見つめていたが、やがて少し気を取り直すと箒を壁に立て掛けた。

「折角来てくれたんや、コーヒーの一杯でも飲んで行きぃ。丁度昨日、良ぇ豆をうたんや」
「ホンマ?せやったら一杯御馳走になろかいな」
追儺はにこにこ笑いながら、すうっと庭先に音も無く降り立った。

ところ変わって、ついなの家のリビング。

にこにこと美味しそうにエスプレッソを飲む追儺を見ながら、ついなはぼんやりと考えた。
(自分の分身と茶をしばくなんて、なかなか出来るっちゃないな)
「おかわり!」
追儺がすかさず空になったティーカップを差し出す。
「もう飲んでしもたん?もう少し味おうて飲まなアカンよ、コーヒーは」
「いやー、カミサマになってからこの方、コーヒーなんて全然飲んでなかったから、久々に飲んだら美味しくて」
無邪気にそう言って笑う追儺は、まるで少女時代の自分を見るようで、ついなはおかわりのエスプレッソを淹れる僅かな間、少しだけ胸がチクンと痛んだ。

ついなと追儺が別々の存在になって、かれこれ20年は過ぎたろうか。
人間として歳を重ねたついなと、神格になり老いとは無縁の存在になった追儺。
何とも言えない気持ちが、ついなの胸の内に去来する。

「そう言えばやね」

そんなついなの小さな憂鬱を打ち砕くように、追儺が目を見開いておかわりのエスプレッソで満たされたティーカップを置いた。

「ウチ、妖怪退治の合間に、色々な並行世界に行ったんよ」
「ヘイコウセカイ?」
「有り体に言えばパラレルワールドの事や。そこの世界のウチがどうしてるのか、興味が湧いたんや」
「で、並行世界のウチはどんな感じやった?」
ついなが興味深げに追儺を見つめる。
「並行世界に依って色々なウチが居たよ。仲良しの友達と一緒に愉快な毎日を送ってるウチ、ゲーム実況動画の配信者として人気者になったウチ…そう言えば戦場ジャーナリストとして大活躍してるウチも居たし、変身ヒーローとして悪と闘うウチも居たし、トラックドライバーになったウチも居たし、何なら歌手になってみんなに素敵な歌を届けてるウチも居た。それから、それから…」

追儺の口から、別の並行世界の様々なついなの話題があがる。そして、いい加減話題が尽きた辺りで、最後に追儺はかすかな笑みと共にこう言った。

「…せやけど、何処の並行世界のウチにも、たったひとつ、共通するモノがあったよ」
「何?何?」

「どの世界のウチも、凄く幸せそうやった」

ついなの胸の内に、今度は暖かな何かがじんわりと広がる。

「…上手く言えんけど…ウチ、今日…カミサマになったウチに会えて、色々話を聞けて良かった」
「ウチもや」

そんな会話の後、ふたりは互いに見つめ合い、それからにっこりと微笑んだ。

空の何処かで、またトンビが鳴いた。

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