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【小説】ボウドク【ついなちゃん二次創作】

神奈川県・厚柿市あつがきし
とある雑居ビル様の建物。

一階部分にある、骨董品や古美術品を売る店舗の店先で、白い狐を思わせる背の高い美女・八蜂鞠やちまりククリは思わぬ報告に目を丸くした。

「それじゃ何かい?今、白山びゃくせん展望台は完全に封鎖かい」
「そうなんですよ、ククリ様」
ククリの問いかけに頷いたのは、青い髪を持つ美女。ククリ直属の部下で、そのまま【アオ】と言うコードネームで呼ばれている。
「展望台に人が至ると、突然物陰から何者かが現れて突き飛ばす。このひと月だけでも同じような事件が8件報告されているそうですよ。死人が出ないのが奇跡的な位で」
アオの言葉に続くのは、黄色い髪を持つ美女。こちらもそのまま【キイロ】と言うコードネームで呼ばれている。
「ふうむ」
ククリは顎に手をやった。

白山展望台とは、本厚柿駅からバスで30分程かかる場所に位置する、丹沢山系の東端にある風光明媚な展望台である。晴天の時は相模湾や江の島は勿論、遠く関東平野までもが一望出来る場所で、観光スポットとして名高い。

この白山展望台に、夏頃から謎の者が姿を現し、展望台に来た人々を不意をついて突き飛ばす事件が頻発していると言う。ひとりが滑落して両足を折る重傷、数人が背中に酷い打撲を作って病院に担ぎ込まれた。事態を重く見た厚柿市は当面の白山展望台の封鎖を決めた。

アオとキイロの話を聞く限り、どうやら突き飛ばしの犯人は同一人物(?)であるようだった。そして、警察の懸命な捜査にも関わらず犯人は見つかっていないらしい。ただ、キイロが呟いた以下のひと言が、ククリの心に妙に引っ掛かった。

「現場に、強烈な臭気が残されていたそうなんですよ。クレゾール液と言うか、何か薬品のような独特な臭気が」

***************

ククリや、アオやキイロは、【狐面党こめんとう】と呼ばれる秘密結社に所属している。特にククリは、この秘密結社の筆頭幹部だ。

狐面党が何を目的に活動しているのか、内実を知る者は多くない。少なくとも善人の集まりでは無いようだ。
…だが、狐面党筆頭幹部のククリは、常日頃から周囲にこんな内容の啖呵を切っているのだと言う。

「悪党にはね、悪党の矜持ってモンがあるのさ」

だが、裏の社会にはたまにその【悪党の矜持】を忘れ粗暴な振る舞いに及ぶ輩が少なくない。目的も何も無く、場当たり的にヒトに仇為す者だ。
殊に幽世かくりよに座する者で、修行まったからず畜類の域を逸脱していない個体には特にそうした傾向がある。人間の世界で言えば快楽殺人に溺れるような輩である。

狐面党が悪党の集団である以上に、ククリは幽世の者として長く生き、ヒトの愚かさをまざまざと見せつけられて今日まで生きてきた。
それ故ククリは被害に遭った人々に何の感情も持たなかったが、だからと言ってその正体不明の存在による狼藉を看過する気は更々無かった。

(悪党としての矜持を守れない輩は、巡り巡っていずれ自分達にも害を為すか知れない)

…ククリは立ち上がった。

「ちょいと白山展望台まで行って来るよ。留守は頼んだ」
「ククリ様…!」
「心配は無用だ」

*****************

ククリは、白山展望台の見晴らしの良い場所に仁王立ちになっていた。
既に夕陽が落ちかけ、気の早い月が空に姿を見せている。

風が一陣吹く。
ククリの鼻腔を、かすかな異臭がくすぐった。キイロが述べていた通り、クレゾールが気化した時に発せられる匂いそのものだ。
同時にククリの耳に、何か獣の息遣いのような音が聞こえた。

(来る)

咄嗟にククリは振り向いて、背後に風のように迫った何者かを両手でがっしと捉えた。ザラザラとした感触がククリの掌に伝わる。良く見ると、それは三日月刀シミターを思わせる長大な何かのツノだった。

ツノを生やした何かは、自身の体当たりを相手が察し、寸前のところで身を躱しツノを掴んだ事に驚いた様子だった。ククリは全身に力を込め、握ったツノを根元からポッキリとへし折った。
「ヴェエエエッ」
ツノを折られた勢いで相手は異様な叫びと共に体勢を崩す。ククリは握ったツノを放り、素早く相手の首を小脇に抱えて締め上げた。剛毛に覆われたしなやかな皮膚の持ち主である事が手の感触から判った。
ククリは、展望台から少し離れた場所にある大きな岩を睨みつけた。

「悪党の矜持も判らず、いたずらに快楽殺人を試みる莫迦うつけにはキツいやいとが必要だねぇ。悪く思いなさんな。精々来世ではもう少しマシな生き方をするった」

そのままククリは、暴れる相手を小脇に抱えて大岩まで恐ろしい程の速さで駆け出し、相手の頭を力一杯大岩に叩きつけた。

相手は、一瞬で動かなくなった。
大岩の岩肌には、べっとりと血がついていた。

いつしか辺りには夜の帳が降り、月が辺りを煌々と照らし出す。

ククリの足元には、一頭の雄山羊やぎが血塗れになって事切れていた。この雄山羊が突き飛ばしの犯人であろう事は犇々ひしひしとククリにも伝わった。何故なら。

雄山羊の体から少なからぬ妖気を感じたからだ。

ククリは、以前洋行帰りの部下から聞かされた、欧州の噂話を思い出した。

(欧州には高い山が多く御座いましてね。その山には、野生の山羊が沢山住んでいるのです。この山羊がですね、年を経ると日本の獣同様化けるんだそうで。猟師が崖の際まで歩んだ後ろからそっと回り込んで頭突きをかまし、崖下に突き落として殺してしまうのだとか。人間の猟師達は、本気で恐れていました)

「歳を経ると化けるのは、狐狸の類のみに非ず…か」

ククリはそう呟くと、折れた山羊のツノを懐に仕舞い、山羊を軽々と担いで下山した。

***************

ククリが狐面党のアジトに戻った時は、既に夜の20時を過ぎていた。
アオとキイロは、ククリが戻るのを夕飯も摂らずに庭先で待っていた。

「おかえりなさいませ、ククリ様」
「ご無事で何よりです」

アオとキイロが手を取り合い無事を喜ぶ、その目の前の、庭先の空間にククリは頭をかち割られ絶命した雄山羊をドサリと放り出した。

「掛け値無しに驢馬ろば位の目方があるんじゃないのかねぇ。成る程化け物だ」

呆気にとられるアオとキイロに、ククリは白山の山頂で起きた出来事を話して聞かせ、懐から折れたツノを取り出した。磨けば良いインテリアになろう。

「この山羊…半ば妖怪化していますね」
「ああ。少なからず妖怪化している。然し悲しいかな、畜類の域を脱せないまま徒にヒトを襲うだけの中途半端な化け物となっている。いずれアタシ達にも悪影響があるかも知れない。だから、気の毒だが永遠に眠って貰う事にした」
「どうして山羊の骸を持ち帰ったのですか」
「考えても見な。この山羊の骸は妖気の塊なんだよ。これを鼬なり野鼠なりが喰ったら、今度はそいつが同じように中途半端に妖怪化してしまう。肉に残った妖気の力でね」
ククリは、軒下に仕舞ってあった山刀を手に取り、山羊の腹を割いてはらわたを除き始めた。
「台所に長葱と玉葱、大蒜にんにくがあるだろう?持ってきてくれ」
「まさかククリ様、この山羊を…」
「アタシが食べる」
「食べるのですか!?」
「中途半端な化け物の骸はね、より強力なあやかしが食べて始末をするのが一番手っ取り早いんだよ」
ククリの即答にキイロは驚き、アオは取り敢えず言われた通りに台所から長葱等の野菜を持って来た。
ククリは野菜を切ったり皮を剥いたりした後に山羊の腹の中にそれらを全て押し込み、陰火を発して庭先の石を焼き温めるとそれも山羊の腹の中に詰め込んだ。そして自らの髪の毛を一本引き抜き、ふぅと息をかける。髪の毛がそのまま縫い糸と化した。それで山羊の腹を縫い合わせ、焚火の上にドサリと乗せた。

「ひと晩も熾火で炙れば、食べ頃になる。…蒙古モンゴルの調理法で【ボウドク】と呼ぶらしい」

アオとキイロは、焚火の中で毛皮が焦げて行く雄山羊の骸…いや、調理済みの肉塊を目を丸くして見つめていた。クレゾールのような雄山羊の体臭はいつか掻き消え、香辛野菜と獣脂が焦げる芳しい薫りに変わっている。明日の朝には、美味いボウドクが出来上がっているだろう。

アオとキイロが、意を決したようにククリの前に進み出た。
「ククリ様」
「なんだい」
「…ククリ様ひとりに、穢れた獣の肉を食べさせる訳には行きません。我々も御相伴に与って宜しいですか」

ククリは、アオとキイロの真面目くさった表情を見て少しだけ相好を崩した。

「潰したての肉だから少し固いかも知れないよ。歯が折れないよう精々気をつける事だね」

***************

【ボウドク】(ボウドグ)はモンゴルに実在する料理で、本来であればヤギの革袋に肉や野菜、焼き石を詰め(もっと本格的にやるならば、屠殺したヤギの肛門から内臓や肉を抜き、残った皮の中に肉や野菜、焼き石を詰めて)外側から火で炙る豪快な料理です。ヤギの他タルバガン(モンゴルマーモット)で作る事もあります。ブリキ缶に肉と焼き石を重ねて蓋をし、ガスバーナーで炙るのも(広義では)ボウドクの一種とされます。

ククリさんが作ったボウドクは過程が簡略化されていますが、そこは幽世の猛者たるククリさんなので、陰火を操って毛を焼き切り皮を焦がしつつ、良い感じに焼き上げているのでは無いかと思います。

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