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蛇に非ず、魚に非ず?

(ヘッダーはウィキメディア・コモンズより)

Instagramでリール動画を流し見していた時の事。
突然スマホのスピーカーから「ハングイラ!」と叫ぶ声がした。
見るとリール動画の一本の中で、東南アジア系の若者が泥の中から黄褐色の細長い生き物を引き摺り出して居る。それが、ヘッダー画像にも表示したこちらの生き物だった。

驚くなかれ、この生き物は列記とした魚類である。
だが、このヘッダー画像を見て、これが魚類だと判る方はどれだけ居るだろうか。

これはタウナギと魚である。
【ウナギ】と名がつくが、ウナギとは何の所縁もない。タウナギ目タウナギ科に含まれる魚(ウナギはウナギ目ウナギ科)で、類縁としては寧ろトゲウオの仲間に近いとする説がある。最も、タウナギを一瞥してトゲウオとの類縁を察する事は先ず不可能であろう。タウナギには棘は愚か、鱗も鰭も鰓蓋も全く無いのである(鰓蓋に当たる部分には小さな穴が空いている)。
見かけは寧ろ頭がやや大きく、革状の外皮に包まれたヘビそのものだ。
目は退化して非常に小さく、視力についてはほぼ盲目に近いのではないかと思われる。夜行性で昼間は巣穴に引き籠もって殆ど外には出ず、夜になると巣穴から這い出してミミズや小魚、カニなどの獲物を捕食する。夜行性故にタウナギにとって視覚はそれ程重要じゃないのかも知れない。
口の粘膜を介して大気中から空気呼吸をする事が可能である。まるでハイギョ(肺魚)のようだ。
…特徴を列挙するに、何処まで行っても魚らしくない魚である。

因みに【ハングイラ】と言う語はどうやらタウナギの東南アジア圏での通称らしい。そして…何の偶然なのか、ラテン語でウナギの事を【Anguilla】と呼ぶ。もしかして語源が同じなのだろうか?
(附記。東南アジアでは【ウナギ】と言えばタウナギの事を指す位にタウナギがメジャーであると言う。それと関係があるのかも知れない)

さて、タウナギについて古代中国には、こんな民間伝承がある。

タウナギが、陸の生き物と水の生き物を対立させ、争わせた上で自らが王者になろうと言う野心を抱いた。タウナギは水中にあっては魚の振りをして水の生き物を騙し、陸ではヘビの振りをして陸の生き物を騙し、両者の対立を煽ろうとした。然し、眼力が鋭いカエルがそれを見破り、水陸両方の生き物にそれを知らせたので最悪の事態は回避された。タウナギは水陸両方の生き物から散々に痛めつけられた挙句、陸にも水中にも留まる事を禁じられて追放された。だからタウナギは今でも浅い水がある土手に穴を掘って住み、他の生き物が寝静まる夜にしか出てこないのだ―。

この物語はタウナギの魚類とは思えない外見と、夜行性である習性を巧みに解説している。

日本ではかなり昔に大陸から奈良県に持ち込まれたのを皮切りに数度移入されたらしく、日本各地に定着している(但し、琉球列島の個体群は土着である可能性が高いそうだ)。奈良県では田圃の畔に穴を空けるので農家の人々に嫌われる生き物のひとつだ。
世界各地にも移入されており、地域に依っては生態系に悪影響を齎している(ゆえに一部の学者はこの魚を【悪夢】と呼んでいる)。

日本では近年、釣りの対象として頓に注目を集めているらしく、近頃はyoutubeで関連動画を多数見かけるようになった。仕掛け作りが簡単で、引きが強いのが人気の理由のようである。
食用としての利用も可能だそうだが、名前が似ているウナギとは肉質が全く異なり、捌くと身は赤黒くて脂の乗りに乏しく、全く魚肉に見えない。
味については「魚と鶏肉の中間」と言う評価を何かで見た記憶がある。
当然、肉質が違うのでウナギのような蒲焼には全く適さない。東南アジア各地では香辛野菜と共に炒めて餡掛け麺の具にしたりして賞味する。また細かく刻んでタレに漬け、ホルモン焼きの要領で焼いて食べても大変美味だと言う。

タウナギは、メスが生んだ卵をオスが孵化するまで守る習性がある。その習性が地域によって微妙に差異がある事でも知られ、それはそのまま【種が異なる】事にも直結する可能性が極めて高いそうである。
古くから知られているタウナギだが、まだまだ謎は尽きないようだ。

※2024年4月、タイトルを変更しました

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