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古代南米の猛獣達

(ヘッダー画像はウィキメディア・コモンズより、最も有名と思われる砕歯目の肉食動物、ティラコスミルス)

【収斂進化】と言う言葉がある。
隔てられた大陸で異なる系統の動物が、その環境下で担っているニッチェ(生態的地位)に適応した結果、外観が似通った姿になる進化の事である。
オーストラリアに棲息する有袋類(嘗ては【有袋目】と言うひとつの目にまとめられていたが、現在では双門歯目、フクロネコ目、クスクス目等に細分化されている)と、他大陸に棲息する動物との収斂進化はしばしば動物図鑑で言及されるところである。例えばフクロネコはイタチやテンに似ている。タスマニアデビルはクズリ(大型のイタチ類)に似ている。フクロモモンガはモモンガに、フクロムササビはムササビに、コアラはナマケモノに、フクロシマリスはアイアイ(マダガスカル特産の原始的な霊長類)に似ている。絶滅したタスマニアタイガー(フクロオオカミ)はイヌにそっくりな外見をしていたし、そのタスマニアタイガーの近縁種にはキツネに似た姿に進化したニンバキヌスと言う絶滅種が存在する。

オーストラリアの有袋類と並んで、収斂進化の例として名高いのは古代爬虫類の【イクチオサウリア】(魚竜)だろう。復元図を見たら誰しもが「サメだ」「イルカだ」と言う第一印象を抱くのでは無かろうか。イクチオサウリアがサメやイルカに似たボディプランを獲得した歴史や、何故そのボディプランが詳しく判明しているのか、その逸話は大変興味深いものであるが、此処で仔細を語ると長くなる為、今回は割愛させて頂く。

イクチオサウリアの一種、プラティプテリギウス
こう見えて爬虫類
(ウィキメディア・コモンズより借用)

そんな収斂進化の例の中でも、最も興味深い例は古代南米に棲息していた【砕歯類さいしるい】(スパラソドンタ)と呼ばれる哺乳類の一群である。

砕歯類は有袋類と非常に近縁(学者によっては有袋上目に含め、広義の有袋類として扱う説もある)な動物群で、ほぼ全ての種が肉食性だったと考えられている。
砕歯類が繁栄していた当時の南米大陸は他の大陸から孤立した巨大な島大陸だった。他の大陸からの干渉を受けない環境は、独自の生態系を構築する事となった。ゾウ程に巨大な地上棲ナマケモノ、軽自動車並みの体躯を持つ巨大なアルマジロ、他の大陸の有蹄類とは接点が全く無い蹄を有する植物食動物の数々、そしてダチョウ並みに巨大な肉食性のノガンモドキ類。
そうした独自の生態系の中で、他の大陸の肉食哺乳類の生態的地位を一手に担っていたのが砕歯類である。

砕歯類の多様性は、オーストラリアの有袋類に引けを取らない。
カワウソのような生態的地位にあったとされる小型種のクラドシクティス、フクロオオカミに瓜二つな姿に進化したプロティラキヌス、クマ並みに巨大化したアルミリヘリンギア、そして蹠行性しょこうせい(四肢の【足裏】を全体的にぺったりつけて歩く歩行法)である事を除けばハイエナに似た姿をしたボルヒエナ。
中でも特筆すべきは、ヘッダー画像にも採用したティラコスミルスだろう。一見するとこの動物、所謂【サーベルキャット】(剣歯猫類)にそっくりな姿をしている。これはティラコスミルスが、サーベルキャットと同様の生態的地位にあった事を雄弁に物語るものである。サーベルキャットは、長い犬歯を獲物の頸動脈目掛けて振り下ろし、深い傷を与え失血死させてから捕食したと考えられている。ティラコスミルスも同様の狩りの方法を用いたのだろう。
ただ、ティラコスミルスの身体的特徴の全てがサーベルキャットに似通っているかと言われるとそうでもない。ティラコスミルスの牙は、ネズミの門歯のように終生伸び続ける歯だった事が判明している。これはつまり【牙が折れても再生する】と言う事である。サーベルキャットの牙は現存のネコ科動物同様、折れたら二度と生え変わらない。そう言う意味ではティラコスミルスの牙の方がサーベルキャットのそれより生存的には有利だったかも知れない。
近年、このティラコスミルスの近縁種で、アナクリシクティスと言うより小型の砕歯類が報告された。アナクリシクティスはティラコスミルスが地上で暮らしていたのとは対象的に、ほぼ樹上で生活していたらしい。Instagramにて公開されていた復元図は、牙が長い事を除けばマダガスカルのフォッサ(マングースにやや近縁の肉食動物)に似ている。フォッサは樹上のハンターとして知られているが、アナクリシクティスの暮らし振りも似た感じだったのかも知れない。

然し、後に南米と北米が陸橋で繋がり、北アメリカで進化した動物が一気に南米に流入すると、砕歯類を始め南米独自の系統の哺乳類は殆どが絶滅してしまった(僅かに地上棲ナマケモノや巨大アルマジロ、巨大ノガンモドキが生き延びて、一部の種が北米に進出したが、それも人類時代黎明になると全てが絶えた)。
獲物となっていた植物食動物も、それを狙っていた肉食動物も殆どが総入れ替えしてしまった訳で、これ程の規模の生態系の変遷は他大陸では例が無いのではなかろうか。今は化石だけが、彼等の存在を示すよすがである。


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