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クジャクとシチメンチョウ

(ヘッダー画像及び文中の画像は全てウィキメディア・コモンズより拝借しました)

沖縄県の石垣島を始め、南西諸島の各地に近頃インドクジャクが定着して問題になっていると言う。
インドクジャクはその名の通り、インドを中心とした東南アジア各地を原産とする大型のキジの仲間である。昔から飼い鳥として名高く、鳥インフルエンザが蔓延する前までは学校で【生きた教材】として飼育される事も多かった。
石垣島のクジャクは観光用の飼育施設から逃げたものが繁殖して数を増やしたもののようで、石垣島の稀少な土着生物を捕食したり、畑を荒らしたり…と様々な実害が報告されている。キジの仲間なだけあって派手な見た目と裏腹にステルス能力が高く、猟銃を用いたハンティングが極めて難しい上に弱点の頭部を正確に狙撃しないとなかなか斃れないタフネスの持ち主との事で、捕獲には専ら箱罠が用いられる。

クジャクに限った話じゃないが、外来生物であるからとただ命を奪い"駆除"と銘打つ事への抵抗感があるのだろうか。近頃この駆除されたクジャクを食用に加工して出荷する動きがあると言う。野鳥なので肉はブロイラーよりも歯応えが強く(普通に煮たのでは固くて噛み切れないと聞いた。また皮もニワトリと異なり、弾力が強過ぎて歯が立たないらしい)また匂いもあるが、調理次第では結構美味しくいただけるらしい。
外来生物の食肉利用についてはこれがなかなかセンシティブな問題であり、肉を利用する為に外来生物たるクジャク(いやクジャクに限った話ではないのだけれど)の資源保護を…等と言う事になっては本末転倒なのであるが、その辺の法整備が待たれるところである。

実はクジャクの食用畜としての利用はそんなに目新しい話ではない。例えば古代ローマ人は、クジャクを食用畜として利用していたのだ。元々ローマではクジャクは愛玩畜として飼われていた(所謂白変種のシロクジャクはローマで生み出されたものである)のだが、ひとつの時代を【喰い倒れ】に費やした大食グールマンディーズ国家の古代ローマがクジャクの肉に目をつけない訳が無く、やがて食用にも用いられるようになった。
その肉の評価に対しては文献により様々で、古代ローマ人は肉を不味であるとした一方でクジャクの舌や脳を珍味としてありがたがっていた。他方、キリスト教圏では【クジャクは肉が腐らない】と言う伝承があり、ひいてはイエス・キリストの復活と結びつけられたりする一方で、所謂【七つの大罪】の内"傲慢"のメタファーとしてもクジャクが用いられた為にクジャク肉を忌避する動きもあったようだ。

そんなクジャクの肉が利用されなくなったのには、コロンブスの航海が切っ掛けになりヨーロッパにもたらされた鳥の存在が影響している。シチメンチョウである。

シチメンチョウ。
北アメリカ〜メソアメリカに広く分布する。
海外では飼育数が多い家禽であるが、
日本ではあまり飼われない

シチメンチョウはキジもくシチメンチョウ科に属する大型の鳥で、キジ目では最大の体躯を持つ(通常サイズでも5kg程度はあり、最大の個体ともなると10kgに及ぶ)。古くからメソアメリカの先住民により家禽として飼育されていた歴史がある。肉質はニワトリより脂肪が少なくあっさりとしていて、アメリカでは健康食品の材料としても良く用いられる。
シチメンチョウはヨーロッパにもたらされるや、それまでクジャクが担っていた食用畜としての立ち位置を代わりに担うようになった。近代になると一部地域ではクリスマスの晩餐にシチメンチョウの丸焼きを作る慣わしが生まれるまでになる(良く誤解されるが、アメリカではシチメンチョウの丸焼きはクリスマスではなく感謝祭での晩餐の饗応である)。

こうして一度は廃れてしまったかに見えたクジャク肉文化であるが、それが長年の時を経て日本で再び脚光を浴びるとは、誰も思わなかっただろう。
元々クジャクは暖かい地域に棲む鳥で、日本の冬に耐えられないと考えられていたのだ(その為動物園では、冬になるとクジャクを温室に移して寒さから守ったりしていた)。温暖化の影響で、今や南西諸島だけでは無く日本の複数の地域でクジャクが野生化しており、【要注意外来生物】として警戒されている。
石垣島でのクジャク食肉利用の試みが軌道に乗った暁には、他の地域のクジャクもまた同様に【猟鳥】の扱いを受けるのかも知れない。

余談だが、クジャクにはもう一種類、マクジャクと呼ばれる種類が居る。

マクジャク。
インドシナから中国南部にかけて棲息。
体の長さで言えばキジ目最長の種類

こちらはインドクジャクの分布域とは重ならない東南アジア(インドシナ)から中国南部に棲息する、全身が緑色主体の渋いクジャクである。意外な事に日本に入ったのはインドクジャクより早く、江戸時代にオランダ経由でもたらされて知られるようになった。
マクジャクはインドクジャクに比べると気性が荒く、飼育下でも殆どヒトに慣れない。その為かどうか、マクジャクはインドクジャクのように半家禽化される事も無く、現代に置いては環境破壊が原因でその個体数を減らしてさえいる。従兄弟(?)のインドクジャクが原産国を飛び出して害鳥扱いを受けているのとは対照的で、何とも皮肉な話である。

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