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【掌編】カルチャードミート

トラックが、人間の居住区の外でハンティングしたと思しき獣の骸を荷台に積んで、荒野の果てにある巨大なドーム状の建造物に向かってひた走るのを、武装バイクに跨った青年はエアフィルターつきのヘルメット越しに、無言のまま見つめていた。

あのドームが、【メギドの日】を過ぎたある日、偵察任務に就いていた軍人達に再発見されてぼちぼち半年は過ぎたろうか。

【メギドの日】。
さる大国が核爆弾の取り扱いをしくじり、世界の半分を壊滅させた大事故を、人々はそう呼ぶ。
【メギドの日】よりこっち、生き残った人間達は先ず自分達が生産活動を永続出来るよう、様々な行動に移った。【メギドの日】以前の娯楽映画で、崩壊した世界に生きる人々が乏しい資源を巡り血みどろの争いを繰り広げる描写が多く見られたらしいが、そんな荒んだ未来にならなかったのは幸いと言うべきだったのか。

【メギドの日】を生き延びた者達にとって幸いだった事がもうひとつある。【メギドの日】以前、殺生を忌み嫌った完全菜食主義者ヴィーガン達が世界のあちこちに培養肉カルチャードミートの製造工場を建造していたのである。大多数は核爆弾の暴発に巻き込まれ木っ端微塵になってしまったが、爆発を免れた工場はほぼ無傷で残されていた…本来工場を動かす筈だった完全菜食主義者達はほぼ全て【メギドの日】の到来と共に姿を消してしまったが。食糧の選り好みが困難な時代、一切不殺を貫くのはなかなかに容易では無いのだろう。

【メギドの日】以来、人間達が居住区として建造した要塞の外は大気が放射能汚染されている危険性があった為、牧畜は要塞の内部で小規模なものが実施されるに留まり、大規模な牧畜など最早遠い昔の話になってしまった。そこで人々が目をつけたのが、放射能汚染により過剰進化した野生動物の骸である。野生動物の骸から蛋白質や脂質等を抽出し、培養してカルチャードミートに加工する。完全菜食主義者達が目指した一切不殺の一環たるカルチャードミートの製造工場が、皮肉にも野生動物の命に依って支えられている事を思い、青年は軽い目眩を覚えた。

但し、野生動物を狩るのはたやすい事では無い。大多数の野生動物達は祖先だった大昔の動物よりも体が巨大化し、それに比例して凶暴になっていたからだ。
それにカルチャードミートは、普通に屠殺した家畜の骸から得られる肉より量が取れるので、頻繁に狩りを行う必要が無い。
何より人々の間には「野生動物を乱獲して絶滅させる事になっては、嘗て自分達の祖先が冒した愚を繰り返す事になる」と言う共通認識が生まれつつあった。

斯くして、ハンティングと言う行為は自ずと【野生動物による人間への直接的な被害があった場合にのみ行われる駆除活動】となり、獲物は飽くまでその駆除活動による副産物と見做されるようになった。そして、得られた獣の骸は直接解体され消費される事は無く、多くの消費者の胃袋を充たすカルチャードミートの【原材料】として扱われるようになったのである。
これには別のメリットもあった。野生動物の肉には寄生虫が多く衛生上の問題がある上に、適切な処理を施さないと味が悪くなったり臭みが出たりする事が多かった。が、純度の高い蛋白質や脂質のみを抽出し、培養・成形したカルチャードミートには最早ジビエの面影は微塵も残されていない。人々は、ジビエ由来のカルチャードミートを安心して食べる事が出来るようになったのである。

トラックは、開かれたドームのゲートを潜り、そのままゲートの向こうに消えた。カルチャードミートの製造工場は大気を介した放射能汚染や細菌の侵入に対する懸念から、一般人には立ち入りが禁じられている。青年がドームの中の構造を知る機会は多分無いだろう。確かなのは今しがたドームに運び込まれた野生動物の骸が複雑な工程の末に大量のカルチャードミートを生み出し、それにより多くの人間を飢えから救うと言う事だけである。

かすかに残された血の匂いを嗅ぎつけたのか、ドームの周囲には野良犬や腐肉食性の鳥が多く集まり、耳障りな鳴き声を立てていた。

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