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貝食のスペシャリスト

(ヘッダー画像及び挿入写真はいずれもウィキメディア・コモンズより借用)

猛禽類(ワシやタカ、フクロウ、ハヤブサなど捕食性に特化した鳥類、その中でも特にワシやタカの仲間)は、生きる為、一生の間に数多くの他の生き物を捕らえて食べる。

彼等の世界を詳しく知らない我々人間は、猛禽類は餌になりそうな生き物ならどんな生き物でも無差別に襲うものと考えがちである。実際、猛禽類の大多数は獲物の選り好みをせず、食べられる獲物なら何でも襲う。
自らは獲物を屠らず、大型の肉食哺乳類の食べ残した残骸や自然死した動物の屍を食べるハゲワシのような例もあるが、彼等も目の前の骸がどんな動物であるかまでは頓着しない。屍肉であればゾウもキリンもシマウマも、何ならライオンやハイエナでさえも、彼等の嘴の前では平等である。

然し、一方で特定の獲物(食資源)を食べる事に特化した猛禽類も少なからず存在する。

例えば、ヨーロッパから北アフリカに住む大型の猛禽類・ヒゲワシは屍肉の骨ばかりを食べる。一説には食事の95%を骨(骨髄)で賄ってると言われており、まさに"鳥類版ハイエナ"とでも呼びたい趣きである。飲み込めるサイズの骨は丸呑みし、飲み込むには大きな骨なら足で掴んで舞い上がり、空中から岩に叩きつけて、飲み込みやすい大きさまで砕いてから食べる。
骨を食べるだけあってその胃酸は猛禽類の中でもとりわけ強力で、飲み込まれた骨はあっと言う間に溶かされて消化されてしまう。鳥好きとして有名な漫画家・岩本久則先生は自著でトビの胃液について触れ「胃潰瘍にでもなったら七転八倒するのではないか」と述べて居られるが、ヒゲワシが胃潰瘍になったら更に悲惨な事になりそうだ。

探せばこうした【偏食家】の猛禽は他にも幾種類か存在する。ほぼ陸棲のヘビしか食べないヘビワシ(日本・琉球列島のカンムリワシに近い仲間)と言う種類が居る。巣篭もりのハタオリドリの雛を狩るのに適応した特殊な関節を脚に備えたチュウヒダカと言う種類が居る。魚しか食べないミサゴは有名であろう。所謂【海ワシ】の一種であるシロハラウミワシはウミヘビが大好物だ。スズメバチの幼虫を食べる事に特化したハチクマと言う種類も居る。

中でも、最も変り種の猛禽類が中米から南米の湿原に棲んでいる。
彼等はスクミリンゴガイと言う巻貝だけを専門に食べる(但し貝類が得られない時はカニ等の小動物を襲う事もあるらしい)。スクミリンゴガイと言えば日本では田を荒らす要注意外来生物として知られ、【ジャンボタニシ】と通称されるあの淡水性巻貝である。前述の通りスクミリンゴガイが安定して狩れる限りは、他の獲物には殆ど目もくれない。
ユーカリしか食べないコアラ並みの偏食家である。

そこでついた名前が【ニシクイトビ】。
漢字で書くと【螺喰鳶】。
タニシトビ、カタツムリトビとも呼ばれる。

ニシクイトビは全長40センチ程度の中型の猛禽類である。イメージはヘッダー画像を参照されたし。因みに雌雄異型(ヘッダー画像の個体はメス)で、オスは全身ダークグレーで尾羽根が白く、脚と嘴が赤い。
発達した脚部を持ち、上嘴が下嘴より長く、その上嘴は下方へ深くカーブしている。

彼等の狩りの時間は夕方辺りだ。夕方になると獲物のスクミリンゴガイが活発に動き出す為である。
隠れ家から這い出し、湿原に姿を見せたスクミリンゴガイを見つけると、ニシクイトビはいとも容易くこれを掻っ攫う。
そしてお気に入りの止まり木まで運ぶと、驚いて軟質部を引っ込めたスクミリンゴガイが頭を覗かせるのを辛抱強く待つ。
そしてスクミリンゴガイが頭を出すが否や、自慢の嘴で殻の入り口からスクミリンゴガイの頭に嘴を突き刺して留めを刺し、器用に中身だけを引き摺り出して食べる。後に残った殻は破壊せずに止まり木の下に捨てる。

因みに南米には、ニシクイトビの他にもう一種貝食性に特化した猛禽が棲息している。
カギハシトビと言う種類がそれだ。


カギハシトビ


カギハシトビはニシクイトビ以上の貝食専門家で、ニシクイトビのそれよりも発達した、スクミリンゴガイの身を突き刺し瞬殺するのに適応した長い上嘴を持っている。

獲物となるスクミリンゴガイが豊富に棲息する中米・南米の湿原は、ニシクイトビやカギハシトビには天国のような環境だろう。

そして、南米には猛禽類とは別の系統の貝食性特化型鳥類が存在する。ツルモドキと言う鳥がそれだ。


ツルモドキ



ツルモドキの狩りはニシクイトビやカギハシトビと比べると、どちらかと言えばパワー型だ。つまり、鋭く長く頑丈な嘴でスクミリンゴガイの貝殻を突き刺して破壊し、中身を貪るのだ。
同じ地域に、同じ獲物を主食にする鳥類が3種も存在して、良く競合が起こらないものだ…と思うが、逆に貝食に特化した鳥類が3種も共存出来る程にスクミリンゴガイと言う食資源が豊富と言う考え方も出来るだろう(天敵が存在しない日本でのスクミリンゴガイの爆発的な個体数増加を鑑みれば、それも頷ける話である)。

こうした、特定の獲物に適応して進化した捕食者の事を、専門用語では【スペシャリスト】と呼ぶ(逆に獲物の選り好みをしない捕食者は【ゼネラリスト】と呼ばれる)。
こうした動物は、進化を促すに至った環境が破壊される事に対して極めて弱い。
嘗て広範囲に棲んでいたニシクイトビも例外ではなく、現在ではその分布域が以前よりずっと狭くなっていると聞く。特にフロリダ・エバーグレーズ公園には以前は沢山のニシクイトビが棲息していたが、近年は減少傾向にあると言う。悲しい話である。


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