二、ルール

そう言った次の瞬間、先生の顔に緊張が走り、先生は口を閉ざしてしまった。
何だ?自然と俺の眉間にシワが寄る。その異様な空気は俺だけでなく、他の生徒たちも感じ取っていたようでざわざわとしていた教室が一気に静まり返った。

すると、

「すまん、みんなの夏休みを俺に欲しい」

先生が立て続けに話した。

「先生、病気なんだ。おそらく新学期にはもう学校には来られないと思う。だから、最後の夏休みをみんなと一緒に過ごしたい…。みんなの時間を俺にください」

先生が申し訳なさそうにそう口を開いてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。ほんの十秒ほどの時間が俺達には五分にも十分にも感じられたが、誰も先生が何を言っているのかが分からなかった。

正面に座っているクラス委員の菜月が手を挙げ先生に、「それは、死ぬってことですか?」と尋ねる。よくそんなストレートに聞けるもんだと思ったが、先生はゆっくりと首を縦に振り、「あぁ、そうだ」と言った。

「死ぬとかそんな事、急に言われてもどうしていいかわかんねぇよ。だいたい、俺たちにとっても最後の夏で大会だってあるし」 サッカー部の恭輔が菜月の後ろからボソボソとそう言うと、体育会系の男子達がそうだそうだと同調している。

ガタッ!

突然、大きな音がなり、視線を左に向けると飛鳥が机に手をつき立ち上がっていた。

「先生、私たちでいいんですか? 先生は結婚もされていて、小さいお子さんもいらっしゃいますよね。それでも本当に私たちとの時間を優先していて後悔はしないですか?」飛鳥が真剣な表情で先生に問いかけた。

すると、さっきまでは緊張で強張っていた先生の顔が緩み、いつもの優しい笑顔に戻った。「俺は、今まで二十年間教師をしてきて、教師という仕事に誇りを持っている。だから、最後までみんなの先生として生きたい。みんなにとって中学最後の夏だってことも、したいこと、やりたいこと、今しかできないことも色々あるのはわかってる。でも、それでも先生の最後のわがままに付き合ってはもらえないかなぁ…」

最初は力強く話していた先生の言葉に力がなくなっていき、目頭が熱くなっているのが一番後ろの席からでも分かった。

「分かりました。私、なんでもします。でも、具体的に何をしたらいいんでしょうか。まさか、夏休みに授業ってこと?」飛鳥があえて明るい口調で話したこととで、暗い空気にしてはいけないんだと悟った。

「授業は嫌だけど、先生に元気な顔を見せにここに来たらいいんじゃない?」

「だから、それじゃあ部活はどうするんだよ。練習の時は来られても試合の時は来られないだろ。」菜月の発言に対し、恭輔がまたもや文句を言っていると

「あのー、」懍が窓際の席から控えめに手を挙げた。「えっと、部活があったり、家の予定が、あったり、どう しても、毎日は、来られない人も、いるかも、しれないから、ルールを作ってみたらどうかな?えっと、例えば何日に一回は来るとか、この日だけはみんなで集まるとか…あとは、野球部とか、サッカー部が、試合の日はみんなで、応援しに、行くとか。私はそういうの行ってみたい、かも…」

「いいね!懍、いいこと言うじゃん!先生、学校じゃなくても課外授業ってことで外で集まるのもいいですよね?」飛鳥がすぐさま先生に質問した。

「あぁ、もちろん問題ないよ」

「よっしゃ、それじゃ俺はバシッと完封でもしちゃおっかなー。恭輔、お前試合が試合がって言っといて、一点も取れなかったりしたら恥ずかしいぜー」と横の席の優に言われ、恭輔は「うるせーなー、とってやるよ!」とむくれている。

「で、ルールだけどどうするの?ちゃんと決めといたほうがいいんじゃない?」斜め前のいつも冷静なこの声は志保だ。

「みんなでなにか作ったりするのも思い出に残るかも」

「いいな、それ。何をするかはまた考えるとして、とりあえず三日に一回は必ず学校に来るようにとかでいいんじゃね?先生、他は?」真ん中の一番前に座っている野球部の青大だ。

「せっかくの夏休みなのに俺のわがままに付き合ってもらって本当にありがとう。
先生からはいつでもみんな仲良く楽しんでほしいってことをお願いしたい。あと、一応クラスの人以外には話さないように」

「じゃあ、先生は絶対に病気を治すこと!みんな、それでいいよな?」と優。

「まとめると、三日に一回は学校に来ること。部活の応援はみんなで行くこと。何か思い出に残るものを作ること。いつも仲良く笑顔でいること。病気を治すこと。これが三年二組のルールってことね」菜月がそう言った時、飛鳥がこちらに微笑みかけているのが分かった。
飛鳥の笑顔は好きで嫌いだ。いつも何か良からぬことを考えている。

「もちろん、来れる人は毎日来ること!私とあそこの貴俊くんは毎日来るみたいだからみんなもなるべく先生に会いに来るように!」

何勝手に言っているんだよ。と反論しようかとも思ったが、今回ばかりは飛鳥のおかげで先生も救われただろうことを思い、素直に従うことにした。

キーンコーンカーンコーン

下校を促すチャイムが鳴り、教室を出る際誰かがボソッと「先生、…………………」っと言う声が聞こえたが、あまり気にも留めなかった。

先生がいなくなり、生徒だけになると各々がただ、がむしゃらに家に向かって歩いた。



続く












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