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紀尾井町と霞が関のシステム標準化事務に従事する中央省庁職員に伝えたい事

 リソース不足によるデスマーチは珍しくもありませんが、そうしたプロジェクトが真に崩壊する時は目標の達成の見込みが無くなった時です。
 具体例として名前を出して申し訳ありませんが、過去の特許庁や京都市のシステム更改案件などが典型です。
 デスマーチに陥ったプロジェクトにおいて、出来ることと出来ない事を整理し、優先順位をつけて対応するのは重要な事です。しかし、その結果目標達成の見込みや効果が見いだせなくなった時、モラルハザードに陥りプロジェクトは急速に崩壊に向かいます。

 その意味で、全国のシステム標準化プロジェクトは今極めて危うい状況です。

 "全国のシステム標準化事務に従事する自治体職員に伝えたい事"にも書きましたが、システム標準化の表向きの目標は標準化基準への適合ですが、真の目的は国の重点計画にあるトータルデザインの実現です。
 言い換えれば、今多大な労力をかけてこのシステム標準化を遂行し、標準化基準に適合させたとして、本当にトータルデザインの実現に向かっているのか。そこが揺らいでいるということです。

 国はシステム標準化の効果やメリットについて、当初以下のように説明していました。

○ ガバメントクラウド上に共同利用方式の標準準拠システムがたくさんあり、自治体はその中から好きなものを選んでSaaSのように利用できる
○ レゴブロックのようにシステムを入れ替えることができるため、ベンダロックインが解消され、競争性が働いて運用保守費が安くなる
○ 自治体職員はシステム運用保守の業務から解放され、住民サービス等の本来業務に専念できるようになる
○ 標準化の結果、先進事例の横展開が容易になる
○ 標準化されたシステムから国の情報連携基盤に連動して、新規のシステムを1週間で立ち上げることが出来るようになり、国民は諸々の手続きをスマホで60秒で完了できるようになる

 いかがでしょう?今この中で実現できそうだというものは幾つあるでしょうか?
 今この状況で1つ以上実現できると信ずる人はほとんどいないと思います。典型的なプロジェクト崩壊の予兆です。

 決定打となったのが、"地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化に関する共通機能等課題検討会(第1回)"とそれを受けての自治体向け説明会でした。
 「共通機能標準仕様書やデータ要件・連携要件の標準仕様書に記載されていないデータ連携に関する事項は、従来とおり事業者間協議にて解決を行うこととする。」という説明があります。
 連携部分は標準化で最も重要視すべき部分であり、最後の希望でもありました。神は細部に宿ると言いますが、連携仕様の細部を国は決めないとの宣言したわけです。事実上の標準化の放棄とネット上では話題になりました。
 そして今、全国の自治体からは以下のように認識されてしまっているわけです。

○ 標準準拠システムの調達にあたっては、データ連携の詳細について従来どおり自治体が調整する必要があり、またネットワークアカウントを介した接続もあり、SaaSのように簡単に利用できるわけではない
○ 協議や調整により構築された自治体ごとに独自プロダクトがロックイン要素になり、ベンダロックインは解消されない
○ 自治体職員は従来通りシステム調達の際に仕様作成や調整を行う必要があり、負担は軽減されない
○ 連携の仕組みが個別調整になるため、外付けシステムで実現する先進事例の横展開は容易ではない
○ 履歴管理等の仕様が統一されていないため、国の情報連携基盤に連動する際も都度データパッチが必要となり、新規システム1週間や手続きスマホ60秒の実現も怪しい

 現に全国の自治体からは「何一つ良いことが無い」「莫大な税金を投入しているのに何のためにやっているか分からない」といった声が聞こえてきます。そして「この先どうなってしまうんだ」というような不安の声も聞かれます。

 私的な妄想ではありますが、このまま何も手を打たずに放置すると、移行困難団体が激増します。これは厄介なことに中核市等が中心で、小規模自治体は数値上には余り反映されず、2026年4月を迎えても標準化基準に適合できていない。でも移行困難としての届出がされていない、という団体が相当数出ると思います。
 2026年度、国はこの実態把握に奔走することになります。数値に反映されないため、子ども家庭庁や厚生労働省が「まだまだ余裕やん」と制度改正を連発し、福祉系業務において標準化完了の終わりが見えなくなります。

 そして、現行システムの保守問題が出てきます。担当ベンダの事業撤退により現行システムのサポートが切られてしまう事例が出てきます。そうした自治体はサポートが切れた現行システムを何とか運用はしますが保守は出来ず、制度改正に対応できなくなり、差分をEUCやアナログ管理する運用が始まります。
 こうした団体は、標準準拠システムの移行の際にも余分なデータ起こしが必要となり、事業者からも敬遠され移行が更に難しくなります。事務処理誤りや未処理の問題も全国で激増します。

 政令指定都市の一部は明示的に標準化に対応しない宣言をするでしょう。フルスクラッチシステムであれば、パッケージのサポートが切れる心配が無いからです。2025年から2026年にかけてシステム標準化のトラブルがマスコミに取り上げられ、標準化は悪だという世論が形成されると相当数の政令指定都市は造反するでしょう。
 巻き込まれたくは無いですが、弊社も今からこの対策を考えねばなりません(´・ω・`)

 事業者側にも大きな変化が起きます。
 公共分野が万年デスマーチの地雷だと認識され、人材の確保が困難になります。公共以外で事業を継続できる大規模事業者は生き残りますが、公共全振りの小規模地場ベンダの事業撤退や倒産が増え、大規模事業者の寡占状態になります。その結果市場は硬直し、コストは高止まりとなります。
 本来システム標準化によって救われるべきだった小規模自治体は高止まりしたコストに耐えられず、次々と財政再建団体に転落します。間接的に、システム標準化以外の分野の公共サービス低下につながります。劇薬として、令和の大合併が促進されます。

 最終的に数兆円を投じて日本の基幹業務システムインフラを破壊した、後世、毛沢東の文化大革命や四害駆除運動と並ぶ悪政として語り継がれることになるでしょう。

 これを避けてソフトランディングするにはどうすれば良いのでしょうか?

 まず急務なのは、自治体と事業者の信頼関係を修復する事です。
 標準化に限らず、DXはツールありきのキラキラではなく、人と人が腹を割って話し、調整して、説得して進める事業です。仮に弊社で各局のシステム所管課に「何で出来ないんだ!つべこべ言わずやれや!」とか言ったらおしまいです。
 残念ながら、今デジタル庁は自治体から(言葉は悪いですが)ウソ付きのオオカミ少年と認識されています。解消するには現状がこうなってしまった原因を正しく分析し、それを認めるところからスタートです。

 現状がこうなってしまった原因は何でしょうか?
 それは言うまでもなく2025ピン止めです。VRSを引き合いにして、100m10秒で走れるからフルマラソン70分で走れるだろう的な発想で始めてしまったのがそもそもの間違いなわけです。

 期限が短いことによる悪影響は無数にあり、というよりはシステム標準化の課題を深掘りすると、政治的な理由も含めてほとんどはこの2025に集約されます。

 まず短い期間での全国一斉対応により、事業者の人的リソースが確保できず、新規案件を受注する余裕が無いため、現行事業者しか対応できないケースが多くなり、競争性が失われます。
 自治体は事業者の言い値で受けざるを得なくなります。

 期間が短いため、マージンの無い無理な計画を立てざるを得ず、本来文字や連携等のコア部分を確定させてから進めるべきところ、同時並行で行わざるを得ませんでした。
 結果として方式部分の細部を決めるのが遅れ、決めると手戻りが生じて間に合わなくなるという袋小路に陥り、現場に投げて将来的に強制力のないリファレンスを提示するという方針になってしまっています。

 非機能要件に対する検討も時間が足りないため十分ではなく、実情を反映したものではありません。法律による義務規定であるため、過剰な要件水準によるコスト増の原因となっています。

 前述の理由により、諸々の部分で自治体現場で事業者間の調整が発生するため、それがリスクと見込まれ、見積額の高額化を招いています。

 ガバメントクラウドについても、アーキテクチャのモダン化に対応する余裕が無いため、十分にパブリッククラウドの良さを引き出せておらず、コスト増の要因になっています。

 そしてガバメントクラウドにはGCAS運用を始めとする諸々の独自ポリシーがあり、かつ三層分離もあって、既存のベストプラクティスが通用しないことが多いです。公共分野で独自のリファレンスアーキテクチャを構築する必要がありますが、このための時間もありません。

 共同利用方式は元々調整が多数発生することを課題として常々提起してきました。
 代表的なものはクラウド利用料の費用按分や非機能要件水準ですが、CSPを事業者が決定するためマルチクラウドになりやすい点もあります。

 元々システム標準化については、マルチベンダ、その結果生ずる過渡期連携やマルチクラウドの課題検討が足らないと指摘してきました。これらを解決すべきリファレンスも提示が遅れており、これも検討の時間が足りない悪影響です。

 そして2025も結論も動かせないが、その時点での成果を出さなければならないため、国はその説明に苦慮します。
 空虚な机上論を振りかざさるを得なくなり、結果として自治体からは「国は実態を分かっていない」と捉えられ、信頼を更に失うことになります。

 これら全てが期限を2025と定めてしまったがために起きてしまっている事象です。

 「いや移行困難の制度があるじゃないか」と言われるかもしれませんが、同じ事です。自治体にとって移行困難は不名誉な例外であり、ベンダが申し入れをしても幹部が頑として認めないというケースも聞きます。疎明資料の作成や役職者を引っ張り出してのヒアリングはそれ自体が自治体の負担になります。そもそも小規模自治体はそれどころじゃないのです。

 誤解を恐れずに言えば、現状ほぼ全ての自治体が潜在的な移行困難団体だと確信します。届出がされているかどうかの違いだけです。生き残るのは体力がある事業者が20業務全部をオールインパッケージで提供しているところぐらいでしょう。

 大多数が適用される例外規定に意味はあるのでしょうか?

 そもそも正式な期限は主務省令で規定されます。例外としての移行困難は別表で定められるでしょうが、そこに1000以上の団体を載せて都度改正主務省令を出してメンテしていくのは非現実的です。

 もうやめましょうよ(´・ω・`)
 2025で誰が得をするんですか? 誰も得しないでしょう。2025をピン止めしたのが誰かは知りませんが、その当事者ですら責任を問われかねない状況となり、皆が不幸になっています。今がゴールを動かすラストチャンスです。

 例えば2030等、大きく後ろに倒し、そうでなければ実質的な期限を2030にして2025を骨抜きにするよう画策します。その上で、軌道修正のシナリオを全国の団体に示します。

 総務省は移行手順書を大幅にアップデートし、マルチベンダや共通機能を踏まえて、管理の工程を見直します。それに合わせてPMOツールも更新します。約束は出来ないでしょうが、2026以降も補助金の確保に尽力すると宣言します。
 移行時期・移行困難については事業者がスケジュールを主導的に握っている側面もあり、そうした側面からも管理を行います。

 マルチベンダ、過渡期連携があるのを前提とし、事業者間調整とせず、しっかりと課題を吸収できるリファレンスを示します。

 共通機能は当面リファレンス提示としますが、ここは国が作るべきというのは自分の持論であり、国が提供するデジタル共通基盤との接続の際に巻き取ります。これにより標準準拠システムのSaaS化を実現し、2025は無理でも将来的に実現できるというのをしっかり示します。

 非機能要件および各業務の機能要件と帳票要件は競争領域として標準化基準から外し、業務フローと同様なリファレンスにします。あくまでデータ要件・連携要件を策定するための参考ドキュメントとします。これにより事業者の負担を軽減します。
 
 制度改正に関しては制度所管省庁の責任を明確にしてより深く関与させます。具体的には制度改正により標準化の遅延が発生し、それにより発生するコスト(現行システムと標準準拠システムの二重改修等)については制度所管省庁が負担するようなルールにします。

 事業者については、システム標準化にかかるインセンティブ設計をしっかり行い、制度化します。
 例えば、パッケージの標準化対応が完了し、自治体で本番稼働が達成できたものについては、優先的に移行困難団体の情報を提供して営業機会を確保したり、システム最適化によりコスト削減が実施できている場合には、優良事業者としてデジタル庁HP上で公表する等です。

 まだまだ他にもありますが、細かい各論になってしまうため割愛します。

 自分は官僚では無いため、的外れな意見と捉えられるかもしれません。きっと国の官僚の方が、もっと良いアイディアを出せるでしょう。また紀尾井町や霞が関の力学があり、そんな簡単な話ではないと反論されるでしょう。
 ただ言いたいのは、上記のような取り組みを行う事により、自治体と事業者との関係を修復し、重点計画に示した目標が達成できるよう軌道修正を行い、ちゃんと2040に向けた対策になっていますよと、未来に希望が持てるような状態に戻すことが重要だと言うことです。

 これが出来るのは中央省庁の官僚の方々しかいません。全体の奉仕者たる国家公務員として、是非今一度何をすべきかを考えてみてください。

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